冷たい雨が降る午後は



ゆっくりと目を閉じる



古い文庫本からは甘い匂いがする



茶色く褪せたページから



かわいたチョコレートのように



かすかに匂い立つ



昭和60年 第34版の永井荷風よりも



昭和56年 第12版のサリンジャーよりも



昭和52年 第21版の宮沢賢治は



甘く漂う



記憶の中の目覚めはいつだって




明るい日曜日の午後



繰り返したおやすみとおはようのあとに



のそのそと布団から這い出し



いつだって眩しいひかりの中にいる



下着をつけてちっちゃな車に乗り込み



3駅離れたケーキ屋さん



いつもの店に向かう



あの道はどこへだって続いていた



窓をいっぱいに開けて



カーステレオにカセットを押し込む



ウサギのバイクで逃げ出そう



優しいあの娘も連れて行こう



最初から最後まで覚えてるアルバムを



ごきげんに助手席で歌う



マンモス広場で8時 わざとらしく声をひそめて



ふくらんだシャツのボタンを



ひきちぎる隙など探しながら



歌声が風に乗って



雲が流れて



花壇のマリーゴールドとキスをする



店の片隅のテーブルで



ときどき大あくびをしながら



午後のモーニング・コーヒーを飲み



木漏れ日が揺れて



クリーニング屋さんのバイクが通り過ぎて



おねーちゃんの好きなイギリス風のお菓子も買った



再びキーを回すと



同じ歌声が流れ出す



で・でん・でん でっかいお尻がだーい好きだ



ゆっくり歩こうよ



いつだって一緒に歌った



あの道はどこへだって続いていた



いつだってひかりの中にいた



うんざりな嘘の世界は嘘だった



寒い日にはコートのポケットで手を繋いだ




バンドエイドを指に巻いてキャベツも刻んだ



分厚い図鑑を開いて花の名前も覚えた



本当のさよならの意味も知った



セピアに褪せた記憶はいつだって



遠く甘く 



近く甘く







     *一部引用:スピッツ「名前をつけてやる」より