ずっと気がかりな事があった。

        でもその事からは、少しずつ距離が出来始めていた。

        たった数日間、テレビを見なかっただけだというのに。



        ニューヨーク貿易センタービル。

        アメリカの繁栄の象徴のような建物に飛行機が突っ込んだ。

        5000人を越える命が一瞬にして失われた。

        その信じられない衝撃的な映像は

        日本のテレビで、何度も何度も繰り返し放送された。

        アメリカによる報復攻撃の開始も秒読みのようだ。

        報復攻撃が始まれば、更に多くの命が失われる。



        日本を出発して三日目。

        始めてテレビを見た。

        もの凄く久しぶりのような気がする。


        日本と大して変わりばえのないトレンディ・ドラマ。

        王朝を舞台としたベトナムの時代劇。

        つまらないギャグを繰り返すビールのCM。


        世界はどうなってるのだろうと、何度もチャンネルを変えた。


        しばらくチャンネルを変えていると

        聞き慣れた、しゃがれ声が聞こえてきた。


        アコースティック・ギターとブルース・ハープによるシンプルな演奏。

        薄暗いステージには

        たくさんのキャンドルが置かれ炎が揺れている。

        スプリングスティーンのしゃがれ声が物悲しく響く。


        一瞬にして、それは、テロで失われた命への追悼の歌だと分かった。



        ブルース・スプリングスティーン。

        ボスと呼ばれる、アメリカの象徴のような男。

        75年に「走るために生まれてきた」でブレイクした。

        奇しくも、ベトナム戦争が終結した年だ。

        星条旗をバックにしたアルバムでは

        「アメリカに生まれてきた!」と拳を突き上げた。

        翌年、多数のアーティストが参加した

        アフリカ難民救済のチャリティー「U.S.A for AFRICA」では

        「私達は、ひとつだ。私達は、ひとつの世界だ。

        より良い日々が始まるんだ」と歌った。


        今、彼はどんな気持ちでいるのだろう。


        「想像してごらん。国境のない世界。

        すべての人たちが、平和に暮らす世界」

        現在、ジョンレノンの「イマジン」は放送自粛曲になっている。



        スプリングスティーンは、これから先も

        星条旗を背負いながら生きてゆくのだろう。

        自らの意志とは関係なくても。


        高校生の頃、好きだったスプリングスティーンが

        遠く色あせて見えた。