ひさしぶりに会社をやめた人に会った。
       納得のいかない人事によって自らやめていった一年先輩の人だ。
       「しばらくゆっくりして東南アジアを旅行しようかな」と言っていた。

       「元気ですか。どうしてました?」
       彼は一冊の本をとり出して
       「この本に載ってる店にすべて行ってきたぞ」と語った。
       それは世界中の五つ星レストランが紹介されている本だった。
       「どの店の料理もすばらしかった。でも最近それ以上にうまい店を見つけたんだ。今から行こう」

       そこは東京のはずれにある町。
       細い十字路の角にその店はあった。

       6人も座るといっぱいになるカウンター。
       お世辞にもきれいとはいえない店。
       自分達の他にお客はいない。入ってくる気配もない。
       とりたてて特徴のないおばあさんがひとりでやっている。

       メニューは定食の1種類だけのようだ。
       「とにかく食べてみてくれよ」

       どんぶりに盛った白いご飯ときゅうりの漬け物がでてきた。