第七話
ギター、マンドリンの研究発表会は、前記直後の昭和23年6月23日に行われた、
ギター、近藤輝夫、丸山よつ、田丸寿吉、
マンドリンは、大関広治、西巻美末である、
ギター独奏、合奏と、ほとんど出演した。
上記演奏会は、何れも品川工場内の会場で、
多数の従業員の方々に集っていただき盛況だった。
これらのプログラムや感想は三共の社報である、
三共ニュ−スの23年7月20日号に、
品川工場文化部ニュースとして記載されている。
また、8月20日号ではギター講習会が、
僕の指導のもとに開始されたとの記事も出ている、
何れも当時庶務課にいた、田丸君が載せてくれたものだ。
しかし、これらの発表会は、結局上記の昭和23年だけで終わってしまった、
僕も昭和24年9月には本社の農薬部に転勤となり、
品川工場における音楽活動はここで終了した。
このころ小倉先生のところでちょっとした話があった、
「ベニスの商人1000回記念公演でギターを弾く場面があるから近藤君出なさい」
と、先生がおっしゃった、
昼間は仕事があるので僕の出番は夜の部ということで、
ギターは、僕と小倉先生、もう一人二人加わることがあったが
最初から最後まで出演したのは僕だけだった、
10日間ぐらい出演した。
場所は、有楽町の読売ホールだった、
読売ホールは有楽町駅の目の前にあり、連日満員のお客さんだった、
合わせる相手はプロのヴァイオリニストで、
なんとも大変楽しい出来事だった
こういうことにはめっぽう強く、まったく緊張はしなかった。
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