渡辺さんの俳句傑作選


2021年 10月の俳句

ロボットに抱かれる介護文化の日

最近ロボットによる人間の代わりをするというのが、
よくニュースに取り上げられている。
遠隔操作によるウェイトレスの役割。
介護はもちろん人間の補助ではなくて、
ロボット本体が担うという時代にきている。
少し前はロボットによる受付が、
なんだかかなり物珍しくなっていた。
もうすでにそこは飛び越えて遠く九州にいる人が、
銀座のカフェのウェイトレス業務をこなす・・・。
それがほぼ間違えることなく遂行される。
身体に障害持った人が、
日常の仕事にかかわることができる。
これは画期的なことだなとニュースを見ていた。
人口減少が言われて久しい日本にとって、
大きな戦力にあっていくんだろうと思う。
一番待ってるのが福島の原発処理の方だろう。
人間が入れないところで作業をしてくれる。
これはほんとにおいしいだろうな。
一番期待が持てるのは戦場なのかな。
近未来は人間が戦争をするのではなく、
ロボット同士の戦争になるかもしれない。
ロボットの優劣で勝敗が決まる。
そんな時代が来る可能性は大いにある。
また月とか火星に人間が行く前に、
ロボットに作業させる。
結構ありうる話だと思う。
そして行くところまで行くと、
ロボットの人権派という問題が出てくると思う。
今の地球温暖化もいくところまでいった結果で、
おっとり刀でとりあえず話し合うという感じ・・・。
まあ、これは解決しないだろうから、
火星移住のほうが早いかもしれない。
ロボットの活動によって得られた情報が、
火星での生活に意味を持つだろう。
ロボットが介護全般を担う頃老人になっていく自分としては、
なかなかどう気分をコントロールしていくか悩むところだ。
そこまで生きていればの話だけど・・・。





巣ごもりで無聊をかこつ秋の暮れ


巣ごもりですねぇ・・・。
いや正確には巣ごもりだったというべきか・・・。
今や感染者の数は激減している。
緊急事態宣言も解除された。
徐々に人も出てきている。
今のところまだおっかなびっくりの状態かな。
政府のほうはもうノリノリになってきて、
GoToキャンペンーンを大々的にやるつもりだ。
去年のあの状況はもう忘れ去られている。
その裏では第六波を懸念する声もあるが、
だんだんそういう声は聞く人がいなくなる。
少々忘れた頃出てくるんだと思いますね。
実際どういう状況になるかは、
誰も分からないわけで、
分からないならできるところまでやろうと、
そのへんが落としどころになるんですね。
実際気持ちが潤み切ったところで、
また感染者増の状態になるんじゃないですかね。
だいたいこういうことは忘れたころやってくる、
というのが普通ですね。
ただ巣ごもり状態をどう過ごしたかで、
これからは差が出てくるかもしれない。
巣ごもり状態で新たな自分の世界を築けた人は、
そこそこ勝ち組になりそうですね。
もうコロナ前とは世相の状態は、
かなり変わってくると思うので、
いち早く順応性を発揮した人が、
勝ち組になる世の中が来ますね。
ほんとかぁ…と言われると、
まあ、若干引いてしまいそうなんですが、
コロナは消えることはないので、
やはり今後大流行がないとは言えない。
まあ、関東大震災より身近な感じなんですね。
さあ、ここまでの巣ごもり生活を総括して、
次に備えましょう!!
備えあれば患いなし。
転ばぬ先の杖です(^^)v





サザエさんマスク外せず秋深む

サザエさんとはなんだか懐かしいお言葉が出た。
今もテレビで放映されてるのかな・・・。
サザエさんと言えば長谷川町子。
半蔵門線にあるサザエさん博物館だっけ・・・。
名前は違うかもしれないですが、
娘と行ったことがある。
内部のことはかなり忘れてしまったが、
サザエさんの街に自分たちの名前を入れてきた気がする。
当然もう無いと思いますが・・・。
サザエさんという漫画の世界でも、
マスクが出てくるんですね。
サザエさんがマスクをすると、
なんだか漫画自体がなんとなくと遠くなりますね。
サザエさんファミリーの一人一人の表情も、
インパクトの要素ではあるわけで、
それがほぼ隠れてしまうとなんだかつまらなくなりそう。
でもコロナ菌との戦いの中では、
やはりサザエさんファミリーもマスクで、
アピールしなければならないわけですね。
でもなんだかサザエさんと聞くと、
懐かしい思いが沸いてきますね。
記憶に残ってる最初というのは中学生くらいかな。
朝日新聞で連載していたと思うのですが、
新聞の中身なんてその当時は、
全然読まないですからね。
テレビ番組表とかやはり漫画ですよね。
笑える時も結構あって面白かった。
映画の記憶もあって、
それはもうほんとに小学生の低学年のころ・・・。
姉たちと一緒に町の映画館に見に行ったのですが、
座る席がないほど混んでいた。
平日の夕方ですよ。
通路に新聞紙を弾いてみた記憶がある。
場面も少し覚えている。
二本立てでもう一本は石原裕次郎か、
赤木圭一郎の映画だったと思う。
テレビでやっていたことがあって、
これを見たんだと驚いたことがある。
今はもう皆さんいなくなってしまいましたね。
サザエさんという言葉から、
けっこういろんなことを思い出すもんですね。





いわし雲正岡子規の墓三基

いわし雲というのは秋の季語。
この言葉を聴くと秋だなと思います・・・、
が、今頃の気温を見るとこの時期としては、
少し気温が高い気がしますね。
湿度もそこそこあるので日中は結構暑く感じます。
昼間教室に来る人では半袖で来る人もいますね。
夕方以降は気温が下がるので、
しっかりコートなど着てきます。
温度差が極端なんですね。
11月に入っての気温て、
こんなに高かったのかって思うところもあります。
やはり地球温暖化は進んでるんですね。
地球滅亡までの時間はあと一分だそうです。
まごまごしてられないと思うのですが、
国によってエゴが丸出しになりますね。
COPの集まりでも日本は化石賞を、
めでたく受賞したそうです。
やる気のない国ナンバーワンということですね。
はたしてこの地球温高はどこへいくのでしょうか・・・。
まあ、大きな謎になっていくんでしょうね。
正岡子規という明治の俳句、短歌の偉人の名前が出てきました。
個の方がいなかったら俳句も、
どんな運命をたどったんでしょうか・・・。
最近この正岡子規の俳句集を買ってみたのですが、
つらつら読んでみると、
それほどたいした句が並んでるわけでもないんですね。
そういうと怒られそうですが、
今の人の句のほうが味わい豊かだったりします。
子規の弟子の高浜虚子の句集も買って読んでみてますが、
有名な句はもちろんすごいのですが、
それ以外は普通な感じなのです。
しかし、この普通な感じを俳句にもたらしたのが、
子規ということなんですね。
いわゆる見たものをしっかり見たまま表現する。
誇張せずにしっかりと見たままを写生する。
これって意外に難しいですよ。
そこから現代俳句へつながってるわけです。
俳句が一般化したのはこの子規からなんですね。
素直な見たまま俳句というのが、
子規の革命だったんですね。
才能のない自分でも俳句を、
楽しめるようにしてくれたわけです・・・。






愛猫の耳そうじする秋日向

コロナの感染がひと段落して、
気持ちに少しの余裕が生まれてきましたね。
ひどい時には5000人なってこともありましたからね。
かなり暗い気分にさせられたんですが、
個々のところの少ない人数で、
だいぶ気分が上向きになった気がします
この二年間は鬱々とした気分が蔓延してましたよね。
外へ出る気もせずに、
なんだか籠ってボケッとしている。
こういう気分というのは、
なかなか得難い経験ではあるのですが、
あまり年取ってからの経験だと、
経験値というわけにもいかない。
こんなところで経験値が上がったところで、
特に何もいいこともない。
将来の語り部にでもなるのかな。
コロナウィルスの猛威とかいうことで・・・。
縁側に出ると秋の日差しが燦々と届いてくる。
なんともどこか緊張していた気分が、
音を立てて緩んできそうだ。
どんな音かは分からないが・・・。
普段あまり気が付かないこともある、
猫の耳掃除をしてみるというのものもありなんですね。
猫の喜ぶのかな・・・。
猫を飼ったことがないので、
そこのところはちょっと想像外になってしまうのですが、
耳そうじって人間でも結構気持ちいいもんですよね。
一か月前くらいに突然耳が遠くなったように聞こえが悪くなり、
あれ?!やばいと思い耳鼻科に行ってみた。
なんか言われるかなと思って、
びくびくしていたのですが、
耳垢を掃除してみましょうということで、
きれいに掃除してくれた。
かなりの量が出てきて、
ちょっと驚かれたのですが、
まあ、50年分の耳垢ですから、と言ったら、
お医者さんもびっくり!!
その後は普通に聞こえてるから、
50年分の耳垢もきちっとそうじされて今は快適!
猫もあまり耳垢をほっておくと、
聴こえ側くなるのかもしれないですね。
やはり体のメンテナンスは隅々あるんですね。


主催者吟


雲海を歩きて富士へ雷鳥と

秋晴れや目で追う鳥の行き戻り

江ノ電のブレ写真出る秋旅行

駅で見る月変わらずに古希の秋

雲割れて秋の彩光こぼれ差す



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