渡辺さんの俳句傑作選

2026年 8月の俳句

六畳間ルンバをかけて夏書かな

ルンバという言葉をよく聞くようになりました。
いわゆる自動掃除機ですyね。
便利だろうなぁ・・・と思う反面。
掃除も人間の手から離れたかという、
一種なんとも言えない感慨がありますね。
世の中どんどん便利化が進んでいる。
人間の仕事というのが、
どんどん機械にとってかわられている。
これが良いことなのかどうか・・・。
まあ、人間が楽になることに間違いはない。
しかし、楽になるということは、
やることがなくなっていくということと、
イコールじゃないかな。
ちょっと視点を変えてみてみると、
人間のやることを楽にする、
と、いうことは、
人間は楽になる側と、
それを提供する側とに分かれていくわけです。
提供する側は常に頭を使って、
忙しく動き回るわけです。
提供される側はどんどん楽になって、
動かなくてよくあるわけです。
いわゆる2種類の人間世界が出現するんですね。
この状況が固定されるかというと、
けっしてそうではなくて、
提供される側と提供する側というのは、
ぐるぐる回ってるんですね。
無限の円を回り続けるわけです。
この円を外れてしまうと、
金を得るための犯罪が起こすというわけです。
いわゆるとくりゅう犯罪ですね。
人間便利を追及していくと、
便利で楽な世界を得るものと、
そこからはじかれてしまう世界が、
出現するんですね。
ルンバというのは黙っていても部屋を掃除してくれて、
自分の出発したところへ戻っていく。
箒を持ってそうじするという姿は、
なくなっていくんだろうと思う
「酷暑来る昭和は遠くなりにけり」
「降る雪や明治は遠くなりにけり」という、
中村草田男の句がありますが、
時代を置き換えていくと、
永遠不滅の句ですね・・・。





三越のライオンかけるサングラス


銀座の三越の入り口にあるライオン像。
百貨店の前になぜライオン像があるんだと、
なんだか不思議な気分ですが、
これは大正時代の作ということですね。
関東大震災、戦争の時も無傷で残ったということで、
奇跡のライオン像と言われてるようです。
このライオンに触れると、願いが叶ったり、
商売繫盛ということがあるようです。
まあ、Googleで調べた結果ですが・・・。
もともとは英国のトラファルガー広場にある、
ネルソン記念塔がモデルのようですね。
ネルソン提督というと、
フランス、スペインの連合艦隊を、
トラファルガー海戦で破って、
イギリスの制海権を待ったという、
イギリスの英雄ですね。
そこから商売繁盛祈願ということで、
設置されたようです。
百貨店業界のトップを目指すという気概を、
表現したようです。
ただ昨今の猛暑に置かれていると、
なんだかとにかく暑そうですね。
出身のイギリスでも猛暑で、
大変なことになっている。
この猛暑の日差しには気をつけようという、
警告がある感じ・・・。
昔の火の用心は現代でも変わりないですが、
それプラス太陽の光に気をつけよう、
火の用心にプラスされてきてますね。
実際にどっかの動物園で、
3頭のライオンが熱中症で死んだという、
ニュースが流れてました・・・。
百獣の王ライオンでもこの猛暑は、
耐えられないものになってるということですね。
猛暑でライオンが死んだというのは、
はじめてじゃないかな・・・。
この猛暑は抜き差しならないものとなってきている。
恐竜が絶滅した理由の一つに気候の変化がある。
このまま気候変動が続けば、
人間も危ない庫もね・・・。
ま、そこまで生きてることもないから、
いいと言えばいいけど、
こんな気候の異常事態を迎えても、
戦争なんかしてるのは、
人間の愚かさを具体的に見てるようですね・・・。





愛猫と会話の弾む端居かな

煉「日本の夏、金鳥の夏」という、
昭和の時代の蚊取り線香のコマーシャルがありました。
美空ひばりがうちわで、あおぎながらの、
コマーシャルだった・・・。
まあ、その時代は団扇であおいで、
夕涼みなんて風情があったのですね。
令和の時代は、
ハンディファンを片手に涼を取る・・・。
若い子がうちわを持ってる姿というのは、
まあ、見ないね・・・。
それだけ涼を露るということも、
機械化されてるわけですが、
昨今の猛暑は団扇では、
対処できなくなってるというのもありますね。
猫を相手に部屋の隅に陣取って、
日差しを避けての静かなひと時。
蝉がまだ鳴いていて、
なんとなくそれを聴きながら、
猫を相手に一時の夕を過ごす・・・。
日がとっぷり暮れるまでのわずかな時間を、
特に気を遣うこともなく、
愛猫とともに過ごす。
なんだか純日本的な風情ではありますが、
今の時代になると、
ボケるんじゃないかという、
いらぬ心配を誘うような、
なんともマイナーな雰囲気を醸し出すのかな。
とにかく令和の方達との会話が難しい・・・、
と、感じるところから、
ジワッとボケというのは進むらしい。
部屋の隅で猫をなでながら、
ぶつぶつ言葉を発し続けてると、
現代の人は間違いなく、
ボケを心配するだろう・・・。
それほどいまやボケというのは、
老国民全体の気になる現象だ。
それにしても最近自分のボケ加減に、
なにやら不安の足音を感じるんです( 一一)





オムレツの歪にできる終戦日

今年も終戦の日が来ますね。
この終戦の日は子供のころ、
必ず夏休みにテレビに映るんですよね。
まあ、テレビには映りますが、
子供としては特になんの興味もないわけですよ。
両親は戦争という時代を、
現役で生きているわけですが、
特に何か会話をするということもなかった。
一度も聞いたことはないが、
この戦争という時代を生きてきて、
終戦の日を毎年迎えていて、
どう思っていたのかなぁ・・・。
それを聞くという雰囲気にはならなかった。
戦争中の話は断片的には聞いてましたが、
終戦の日が来たからと言って、
特になんの話もなかった・・・。
戦争中の報道とか、
そういうもののいい加減さを、
身を持って体験してる世代だから、
このたぐいの報道には、
特に感慨はなかったかもしれない。
とにかく一億正義の戦争に進め、
という報道の中で過ごしてきて、
ボロボロになって終戦・・・。
そして終戦記念日だからと言われても、
なんだか何かを感じるということも、
なかったのかもしれない・・・。
美味しいオムレツのゆがみ・・・。
美味しいオムレツにいきなり現れた歪み。
オムレツの歪みはなかなか元には戻らない。
綺麗なオムレツの美味しさを知っていると、
そこにできる歪みというのはなんだか、
受け入れるのが難しい。
その歪みが戦争という記憶を、
よみがえらせる・・・。
きれいなオムレツをゆがませてしまう、
終戦記念日に対する両親の気分というのは、
そういうものだった気がする。
令和の時代になって、
戦争世代はどんどん少なくなっていく。
戦争が身近から遠ざかる世代が、
世の中にあふれると、
戦争への道というのは、
だんだんはっきりしてくるんですよね・・・。
人間というのは懲りない動物ですからね。





スマホ打つ指の迷走酷暑かな

スマホも持ち慣れてずいぶん経つ。
慣れたかと言われると、
なかなかそうとも言えない・・・。
なんと言っても使える機能がやたら限られていて、
まあ、スマホの持っている機能の、
殆どは使えない・・・。
ゲームなどはとんでもないという感じ。
若い人たちとスマホの話になると、
なんだかほぼ分からない・・・。
どうしても必要になると、
わかるまで食い下がって使い方を教えてもらう。
それでも二~三日すると忘れてしまうのです。
使い方に関しては全然成長しない。
それほどの機能は使わないというのがある。
スマホも今は結構大型化してきている。
見る画面のインパクトを、
あげようとしてるのかなとも思える。
ただ少し小型の機種もあって、
これは持ち運びには便利。
その小型の機種を愛用してるのですが、
文字を打つキイーというのか、
とにかく小さい・・・。
急いで文章を書き入れようとすると、
とにかくミスタッチが多くなる。
一行をうって読み返すと、
まずいくつかの間違いがある。
そのままメールで送ってしまうと、
相手はなんだか分からいだろうな。
そう思うとまた一つ一つ修正していく。
急いで送ろうとしてるのが、
結局ご破算になってしまう。
とにかく的が小さいから滑るんですよ。
けっこうイラっとすることが多い。
指の迷走というか・・・、
なんだか的確に的をうつことができない。
これを歳のせいだとしてしまうと、
なんだかちょっと寂しい。
でも、それなら機種変をして、
大型に買えればいいという意見もある。
しかし、今度は持ち運びがどうもいけない。
どうも歳とともに何事も両立というのが、
難しくなってくるんだと思う。
それも受け入れていくと、
なんだかおもしろいという気がしないでもない(*^^)v



主催者吟


街路樹の陰に並んで猛暑朝

ウオーキング犬に抜かれし夏の朝

苔覆う登山の終わり八ヶ岳

目覚めたる雷雨を過ぎる救急車

見る度に思いの言えぬ盆の月



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