渡辺さんの俳句傑作選

2026年 9月の俳句

鰯雲三角定規を当ててみる

8月の終わりから9月になって、
去年は猛暑の続きの9月だった。
今年は全くお日様の出ない空が続いている。
雲ってるから涼しいかというとそうでもない。
蒸し暑さがあるのです。
かと思うと、半袖じゃ寒い日もある。
秋という季節の生みの苦しみというか、
いつになったら秋のさわやかなお天気が来るのか・・・。
なんだかお天気をつかさどる神様が、
秋のさわやかなお天気を、
簡単に日本に渡すのが、
惜しいと言ってるようだ・・・。
今のお天気を見て思うのは、
猛暑でも青空が良いのか、
曇り時々雨の少し涼しい天気がいいのか、
なんだか問いかけのような気もする。
まあ、誰も答えたくない問いではあるね。
秋と言えば羊雲、うろこ雲とも言いますね。
8月の終わりころこの雲が、
少し広がっていた気がする。
うん・・・?
秋が早いのかな、
と、思った記憶がある。
まあ、秋雨前線はいやに早く訪れましたが、
ひつじ雲が広がる空は、
まだまだま~~~だ。
と、いないいないば~・・・、
ってな感じで、
遠くの彼方におあずけ・・・。
なんだかこのお天気で、
気分はどんどん収縮していく。
なんだか自分を取り巻く距離感も、
ものを思う想像力も、
空想力も、
毎日どんどん収縮していく気がする。
どのくらい収縮してしまっているのか、
定規の尺度で計ってみたい。
今日は、始めは5センチ、4センチ、3センチ・・・。
収縮していく発想力に、
なんともお手上げって感じ(*ノωノ)
日本人のメンタリティーって、
こういう天候にもまれて作られていくんだなと思う。
良くも悪くもだな・・・。





ロボットのハイゼン受けて九月かな


テレビのニュースでやっていたが、
中国でのロボットの陸上大会。
100メートルで、
ウサイン・ボルトの記録を上回った。
これは結構大きなニュースになっていた。
ロボットが人間の走力を上まわって来た。
ロボットがどんどん人間世界に、
入っていく予兆という感じ・・・。
中国ではもう人の代わりに、
仕事をしてる場もあると言っていた。
これは経費節約と仕事の効率化が、
進んでいくということですね。
中国では若者の失業率が、
高止まりしているという。
このロボットがさらに進化していけば、
人出はさらに必要なくなってくる。
失業率はさらに上がるんじゃないかな。
少なくとも単純作業での人では、
間違いなく必要なくなる。
日本でもこれから、
ロボットの導入は進んでいくと思う。
人口減少の解決策として、
ロボットに期待を寄せる企業もあるみたい。
工事現場とか農業とか介護の世界で
特に進んでいくという話がありますね。
大変な作業をロボットがきわめて正確に、
こなしてくれれば、
けっこう助かるめんもあると思う。
ただ人相手の場合、
無機質なロボットの肌触りというのは、
介護の現場でどのくらい役に立つのか・・・、
けっこうな疑問が湧いてくる。
いま、NHKの朝ドラで、
看護婦の話をしていますが、
患者に接する姿がロボットになると、
なんだかゾッとする・・・。
これからこういう姿が普通になっていくのかな。
昭和、平成の人間には、
なんとも言えない抵抗感みたいなのがありますね。
ロボットが戦争に利用されていく日も、
もうすぐって感じ・・・( 一一)




竹の春祖母の正座の美しき

着物を着て正座する。
こういう日本女性の姿は、
日本人の感性の中にしっかり根付いてますね。
しかし、現在のNHKの朝ドラは明治の話。
もちろん出演者全員和服ですね。
しかし、なんとなくその和服姿に、
いまいち違和感があるんですね。
出演者の皆さんは着物を着ての所作は、
指導されてるとは思うのですが、
なんだか令和館が、
あふれてる気がするんですよね。
そこまで言うとチト言いすぎかなとは思いますが、
まあ、普段の生活にないもので演技するから、
それはそれで仕方ないのかも・・・。
テレビのコマーシャルで、
芸者さんかな、
よく分からないのですが、
和服で舞う姿が映し出されます、
一つ一つの動きが、
非常にきれいだなと思いますね。
最後の決めのポーズも、
和服の美を感じさせますよね。
竹の春というのは、
春という言葉が入ってますが、
これは俳句では、秋の季語ですね。
青々とした竹は秋に見られるということです。
だからこの時期が竹の景色としては、
春なんですね。
秋の青々とした竹の立ち姿が、
瑞々しい竹の雰囲気を醸し出している。
祖母くらいの女性は、
普段から和服の生活をしていたわけで、
自然と着物の持ち味に合わせて、
日ごろ生活してるわけで、
着物の持つ美的雰囲気を、
自然にまとってるんですよね。
日本人の女性古来の美的雰囲気というのかな・・・。
失われていく雰囲気ですよね。





AIに心を許す秋の暮れ

とにかく最近のテレビで、
AIの話題がない日はないというくらい、
いろんな話題が出てくる。
ロボットの話題とこのAIの話題が、
テレビの中心になってる感じがする。
それだけこれから如の中に、
インパクトを与えるってことだろう。
しかし、ちょっと気分を変えてみると、
今なんだかんだ離してるテレビのキャスターも、
そのうちAIに取って変わられるんじゃないかな。
興味津々で語っていた人が、
AIとかロボットにとって代わられる。
後々そういうこともありうることなんじゃないかな。
ようするに人がどんどん必要じゃなくなるってこと。
今の日本人の結婚感を見ても、
なんだか興味があまり感じられない。
人口減少は続くね。
これは将来人間が、
あまり必要じゃなくなるということを、
指示してるんじゃないかと思う。
生物の生命の勢いというのは、
必要とされる強さの度合いに比例する。
生物の絶滅を見ていくと、
必要とされる生物に絶滅はない。
先進国特にAIとかロボットが、
発達していく国には、
人間ってそれほど必要がなくなってくるんですね。
それによって生殖の意欲も減退していくと思う。
中国、韓国、日本が、
人口減少という現象がありますが、
これは人間が必要なくなったという、
自然の摂理なんじゃないかと思う。
AI、ロボットが進化すればするほど、
人間は必要なくなる。
必要がなくなれば、
自然と生命に対する意欲も、
減退していくんだと思う。
AI、ロボットに気を許してはいけない、
という気がする・・・。





鰯雲外人墓地のキリル文字

キリル文字はスラブ系の国で話されてる言語ですが、
アジアではモンゴルなんかでも、
使われてるみたいですね
外人墓地というと、
横浜にありますよね。
結構有名な場所ではあります。
日本に来てなくなった外人さんが、
葬られてるんですね。
その中でキリル文字を見つけたとしたら、
時代的にはロシア人の墓石かもしれないですね。
かなりの人数が眠ってるんですね。
日本にゆかりの深い人が眠っていて、
幕末から日本の発展に寄与した人たちなんですね。
この近くに昔のイギリス領事館があって、
ちょっとしたコンサートに使われたりしてますが、
ギターの修業時代に先生の主催するコンサートに、
たびたび出演させていただいたことが、
思い出に残ってます・・・。
そんなことはさておき、
この外人墓地には、
祖国を離れて二度と帰ることのない人たちが、
眠ってるんですね
祖国を離れて、
遠く異国の地で果てるというのは、
どういう気持ちなのかなぁ・・・。
古い時代のことだから、
親族に二度と会うこともなく、
ほぼ一人で死んでいくわけですが、
遥か鰯雲の彼方に、
祖国があるわけですよ。
鰯雲を眺めて、
祖国を思う日もあったんじゃないかな。
日本に葬られるということは、
二度と祖国の景色は見られないし、
言葉も聞くこともできない。
そんなことを考えていると、
けっこうおセンチな気分にさせられますね。
自分が死んだらどこに埋葬されるのか・・・。
フト、考えずにはいられない(-_-;)



主催者吟


街待合に夏の陽とどき検査待つ

看護師の可憐さ梅雨の検査室

梅雨の夜の雷遠き救急車

オーボエのココアに沁みる梅雨の夜

病窓に広がる町の夏まぶし



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