渡辺さんの俳句傑作選








6月の俳句






クレーンで吊られるピアノ夏燕
             マンションの引っ越し。
                                今は引っ越しのプロがかなりの部分やってくれる時代。
                               それでも自分のものは自分の手で分かるところへと、
                      まあ、面倒に思いながらも整理する。
                             ピアノがあるとことはそうコンパクトにいかない。
                     これはピアノ運送のプロの出番だ。
                         慎重に毛布のような厚手の布に巻かれ、
           窓際まで運ばれ、
                     クレーンで慎重に釣り下げられる。
              その鈍重な動きの間を、
                       あっという間にツバメが横切っていく。
                    重々しくつりさげられたピアノと、
                  その重く垂れさがった空間を、
                        鋭く切り裂いていく燕の取り合わせを、
                 瞬間に止めた一句ですね。








梅雨晴間不意に双子の乳母車
                梅雨といえば鬱陶しい・・・。
              シトシト降り続ける雨。
                                    しかし、今や「しとしと」という表現に当てはまるように降る、
               梅雨の雨はほとんどない。
              いきなりドカッと降って、
                           あとはただどんより重い雲が垂れこめている。
               日本の梅雨の日情景も、
                   ずいぶん様変わりしてきている。
                            そのどんよりとした雲が割れて青空が見えると、
                 それでも気持ちが明るくなる。
                              そのあとの猛暑もとりあえず意識からは消えている。
                 乳母車の雨カバーも外され、
                    新鮮な赤ちゃんの顔がよく見えて、
                      いきなり気分もパッと軽くなるようだ。
                           それが双子であれば思わず足を止めたくなる。








父の日やメタボなんぞに挫けるな
                      父の日というのは何となく影が薄い。
                     額に汗して働いている父親の日が、
                  なぜかくも影が薄いのか・・・。
                              ほとんど業界の仕業じゃないかと勘繰りたくなる。
                やはり紳士関係の業界が、
                   あまりにも小さいせいだと思う。
                業界の力関係というのは、
                       これだけの差になって跳ね返ってくる。
                   子供が物心ついてくる頃には、
                            もう健康のことばかりが話題になっている・・・。
                           家族から一斉にメタボをなんとかしたら・・・。
                        父の日の定型句になってしまっている。
                              言われてなんとなく力こぶを意識してしまうのも、
                なんとなくどうもなぁ・・・。
             ま、自分を励まして、
               お風呂場で息を止めて、
                    全身に力こぶを作ってみる・・・。








恩師元インパール兵夏薊

                     自分に学業を教えてくれた恩師が、
                         地獄のインパール作戦の生き残りだった。
                               太平洋戦争でも最も稚拙で兵隊を酷使した作戦だ。
                             アラカン山脈を越えて攻め入るという作戦だが、
            食糧の補給もない。
               武器弾薬の補充もない。
              援兵の計画もない・・・。
                         ただ行けという何とも考えられない作戦に、
                 一兵士として参加した恩師。
                            作戦を立てた将軍は避暑地で昼寝をしていて、
                  危なくなると逃げたらしい・・・。
                      そういう作戦を批判するわけでもなく、
                         もくもくと教壇に立って勉強を教えていた。
          果して何を考え、
                 何を糧に生きてきたのか・・・。
                         聞くこともなく思い出になってしまった・・・。








初恋の人は還暦サングラス
                         初恋というのはほぼ誰にでもあると思う。
                           いくつの時かというとそれこそいろいろだが、
                         大体は中学生までには経験済みとなる。
                                  だいたい感性に甘みと少々の苦みがあるのがこの体験。
                      人間の感性創造における過程では、
                        きわめて重要な体験ということになる。
                             初恋からその後の恋愛もいくつかあるにしても、
                       なぜか初恋だけは色が違って見える。
                               人生での大きな通過点という意味があるのだろう。
                       その初恋の相手も自分が歳をとれば、
                同じように歳をとっており、
                      自分の還暦は思い出したくなくても、
                     相手の還暦はしっかり見えている。
                紫外線の害を防ぐために、
               サングラスをかけている。
                            いや、若き日のモダンな感性が生きている・・・。
                               なんとも現実的にまず見るようになっている自分が、
                    やはり還暦なんだと思い知る・・・。
                       初恋は遠きにありて思うものだな・・・。








主催者吟


小雨止みしずくの中の青葉かな

嫁ぐ娘の茶碗に涙桐の花

梅雨の間やカラスムクドリハトも出て

山遠しラッパの音に青田揺れ

雨の朝葉裏に青き虫の影

アジサイや葉ばかりになり露地広し



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