タイトル■?(仮)
書き手 ■狼男




■■ なぜ俺は死んだのだろう? ■■

Kが客に文句を言われていた。
インフォメーションセンターの仕事と
いうのは実に雑多な業務がある。
「お客様からの苦情を承る」のは、
その中でも面倒な仕事のひとつだ。

今日は目玉のアトラクション
「地底大冒険」に二度もトラブルがあり
長時間その運転を中止していた。
そのおかげで苦情が相次いだ。

我々インフォメーションスタッフは
研修で習ったマニュアル通りに
「丁寧」に「親身」に
「お客様を不快にさせない」よう対応し、
苦情が大事に至らないよう
敏速に対応するのが仕事である。

マニュアルというものは
よくできたもので
それに従ってさえいれば
それほど大きな問題は
滅多に起きない。

起きたら起きたで
社員に相談すればいいのだ。
大したことはない。
これで時給1170円なのだから
悪くないバイトである。
しかも我々はこの炎天下にさらされることもなく
常に冷房のきいた室内にいられる。
「現場」のみなさん御苦労さん。
カッコ笑い。

それにしてもKはついてない。
奴がフロントに立っている時に限って
客が文句を言いにくる。
今もそう。この文句男は
なかなか引き下がろうとしない。
厄介な奴につかまったもんだ。

その点、俺はついている。
今日は一件の苦情も言われていない。
「ベビーカーをレンタルしてくれる場所」とか
「おみやげを宅急便で送る方法」とかを
いつも通りに説明すればいいだけだ。
口笛ふきながらでもできる。
日頃の行いがいいんだな。

あはは、Kの奴、四苦八苦してるよ。
この文句男、なかなかやるよな。
Kをここまで苦戦させるのは
なかなかのものだ。
立派立派。

しかしこの文句男は何を言いたいんだろう?
他のアトクラションの優先搭乗券を配ったじゃん。
他に何しろっていうの?

「誠意を見せてほしいだけなんです」
だって。

なにそれ?
だいたい俺達バイトに
そこまで要求すんなよな。

Mがひじでつついて小声でささやいた。
「『北の国から』であったよね
 “誠意ってなんだろうね”とかって」
「あったあった!菅原文太!
 五郎がカボチャ持ってきた時な」
「こいつ、文太?」
「ばか、聞こえるって」

結局、1年間有効のフリーパスチケットを渡して
Kは文句男を追い返した。
この奥の手で大抵の客は納得して帰る。
ちょろいもんだ。
ゴネ得だったね、文句男さん。
でもKもさっさとそれでフィニッシュしちゃえば
よかったのにな。
俺達が金払うわけじゃないんだから。

その後、バックルームでは
この話題でひとしきり盛り上がった。
今日も何の問題もなく
そこそこ楽しい1日だった。

バイトを終えて
夜空を見上げると
月が奇麗だった。

ふと「誠意ってなんだろうねえ」
という言葉を思い出した。
なんだろうねぇ?
ともかく時給に関係ないことは確かである。

ガツッ!

後頭部ですごい音がした。
星が光った。…って漫画みたいだ。
気がつくとコンクリートの上に
俺は倒れている。
どろどろした液体が
顔に流れてきて熱い。

なんだなんだ、なんなんだ。
俺が、殴られた?

意識の芯みたいなものが遠くなっていく。
痛いのかもよくわからない。頭が火傷したみたいだ。
後頭部で熱い塊がだんだん膨張している。

もしかして死ぬの、俺?
そんなのあり?
俺が何をしたっていうんだ?
つーか、誰だよ!?

なんで俺が殺されなきゃいけないんだ?

理不尽だ!
そう叫びたかった。
でも、俺はもうどろどろした液体と
同化して、溶けてしまっているようだ。
声がでない。

潮風が吹いている。

最後に聞こえたのは
バットが地面を転がる音だった。





[トップへ]