タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇ 第五話 ◇◇
悪夢の最終兵器、投下

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!

♪ビュリフォガ〜〜〜〜〜オガ〜〜〜〜
♪アキャファンドメッカマ〜、
♪ワンモ〜チャンス、ファ〜ン、ウェンユーモ〜ア、
♪オキャラキャウェンキャニュモ〜、

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ! GO!

……なんだなんなんだ、オイ!
一体全体、なんだというんだ!?

ビックリして飛び起きた。

隣の家だ!
韓国ガールズの住む302号室から、
突如として、音楽が流れてきたのだ。

いや、流れてきた、なんていう、
生易しいもんじゃない!
ほとんど地震だ。
俺んちの壁がミシミシ言っている。

いま何時だ?
枕元の眼鏡を拾い、時計を見る。
まだ朝の6時じゃないか!

当然、怒ってしかるべき場面だが、
あまりのことに圧倒されて、
俺はしばらく、その音楽に聞き入ってしまった。

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ! GO!

これが間奏の度に入るコーラスのようだ。
しかしそれにしても、
これはなんていう曲なんだ?
「パッパラパ」こそ乱発されるが、故スキャットマン・ジョンではない。
初耳だ。まったくもって初耳である。

韓国の流行歌謡なのだろうか?
曲調はユーロビート調だ。
カン高い男のボーカルが印象的だ。
歌詞は、英語とハングル語のチャンポンのようにも聞こえる。
なんにせよ、隣室にいるのに、
そんな詳細まで分かってしまうぐらい、大音量だということだ。

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ! GO!

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ!!!!

…終わった。
ラストにふさわしく、
キメのコーラスをしっかりリピートしてから、曲が終わった。 

「オ〜〜〜〜〜アッ!」
「キャハハハハハァッ!」

韓国ガールズのけたたましい叫び声と笑い声が聴こえてきた。

何を言ってのるかはサッパリ分からないが、
雰囲気からして、酔っ払ってジャレ合ってるような感じだ。
ロレツが回っていないような感じ、
声の音量調節を自分自身で出来ていないような感じが伝わってきた。

彼女らからすれば、昨晩は、引っ越し初夜。
嬉しさ余って、外で打ち上げをして、
ついつい朝まで飲んでしまい、
上機嫌なまま家に帰って、
寝る前に、どうしてもお気に入りのメロディーを流したくなった。
異国の地における今日という記念日を、大好きな曲で締めくくりたかった。

そういうことなら、まぁ、大目に見てあげようと思った。

実際、アッという間に静寂が訪れた。
2人は寝ちゃったようだ。
やれやれ…と思いながら、俺も再び眠りに落ちた。


















ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!

♪ビュリフォガ〜〜〜〜〜オガ〜〜〜〜
♪アキャファンドメッカマ〜、
♪ワンモ〜チャンス、ファ〜ン、ウェンユーモ〜ア、
♪オキャラキャウェンキャニュモ〜(歌詞は適当)

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ! GO!

……まただよ!
またしても同じ曲で叩き起こされた。
いま何時だ? 昼の2時か。
それにしても、ちょっと音量がデカすぎやしないか。

今度こそ、確実に、怒ってしかるべき場面だ。

♪パッパラパ(パッパラパ)、パパラパラッパ(パパラパラッパ)、
♪パッパラパ(パッパラパ)、パパラパラッパ(パパラパラッパ)、
♪パッパラパ(パッパラパ)、パパラパラッパ(パパラパラッパ)、
♪パ!(パ!) ンパ!(ンパ!) ンパパラパパ!(ンパパラパパ!) 

よく聞くと、韓国ガールズも一緒に歌っている!
それも、鼻歌レベルの声量じゃない。
カラオケボックスでソファーの上に土足で上がって、
タンバリンを腰に打ち付けながら絶唱している酔狂OLぐらいの、
それぐらいのハイテンションで歌っている。

拝聴2回目にして俺も思ったが、
これ、たしかに悪い曲じゃない。
どっちかと言うと、俺も好きな部類の曲だ。
歌いたくなる気持ちもよく分かる。
しかし、ここは共同住宅なのだ。
隣室とは、薄っぺらい壁で仕切られているだけなのだ。

しかも、だ。

ベランダに出て検証してみて分かったのだが、
どうやら彼女たち、ステレオで音楽を大音量で流したまま、
窓を全開にして、窓際に立つか座るかして、
外のほうに顔を向けて、歌っているようなのだ。
まさか、この時間に酔っぱらっているということはないだろう。
シラフなはずだ。

つまり、そこには1ミリの恥じらいも奥ゆかしさも存在しない。
リッスン・トゥ・ミー!
美声よ轟け!この街に!……という心意気さえ感じられる。

冗談じゃない!
聞きたくねぇよ、テメエらの歌なんか!

この時点で、ロマンス願望はもろくも崩壊した。
先日、マンションの下見に来た時の、あの、はにかんだような会釈から、
勝手にいいイメージだけを膨らませていた俺が馬鹿だった。
お隣さんと素敵なロマンス、そんな展開を少しでも期待した俺が馬鹿だった。

デリカシーのない女は、たとえ顔が可愛かろうが、
恋愛対象から完全除外だ!
デリカシーのない奴が、ただ生きている分には構わないが、
俺の生活権を侵すようなら、こっちとしても黙ってはおれない。

かくなる上は、自衛のために、逆襲に転じるほかないだろう。
しかし、なるべくなら、血なまぐさい抗争は避けたいところだ。
俺は何も、誰かと戦うために、ここに引っ越してきたわけじゃない。
できれば平和に暮らしたい。
だから今回は、威嚇射撃するにとどめておくべきだろう。
気付いてくれれば、それでいいのだ。

俺は、段ボールの中のCDをまさぐった。
そして、1枚のCDをピックアップした。

アイアン・メイデン「パワー・スレイブ」

とにかくうるさいヘヴィ・メタル。
曲調が無気味なヘヴィ・メタル。
ギタリストの顔が無気味なヘヴィ・メタル。
ファンには申し訳ないが、これが俺の、アイアン・メイデン評のすべてだ。

インデックスを見る。
あった、あった!
忘れもしない、この曲だ。

2曲目、「2MInutes To Midnight」
邦題は、「悪夢の最終兵器(絶滅2分前 )」!!!

これは俺がまだハタチのころ、
小学校以来の友人である高瀬の車に乗る度に、
何度も何度も無理矢理聞かされていた曲だ。
彼はいつも、サビの部分に差し掛かると、
ハンドルから右手を離し、指を2本突き立てて、
「トゥーッ、ミ〜ニッツ!」というフレーズをド外れた音痴でもって絶唱し、
そして、イヤがる俺にも「一緒に歌え!」と強要してきた。
高瀬は、俺のウンザリした顔を見て、いつも嬉しそうに笑っていた。
このCDも、イヤがる俺に押し付けるように、
彼が無理矢理、貸してくれたものだ。
もう10年ぐらい借りっ放しだが、
その間、一度も聞いたことがない。
いや、聞きたいと思ったこともない。

だが、この時ばかりは、このCDが非常に頼もしく思えた。

買ったばかりのSONYのステレオのボリュームを「17」に設定し
(普段は「9」アベレージで聞いている。「17」など未踏の数値)、
おどろおどろしいミイラの絵が描かれたCDをセットし、
2曲目「悪夢の最終兵器(絶滅2分前 )」にスキップさせ、
“発射”のタイミングをジッと待ち続けた。

音と音が空中で衝突して、
せっかく放ったロケットが海の藻くずになってしまうのでは意味がない。
どうせ撃ち放つのなら、相手に脅威を与えねば。

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ! GO!

♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パッパラパ、パパラパラッパ、
♪パ! ンパ! ンパパラパパ!!!!

……終わった!
韓国ガールズが、
満足気な叫び声を上げながら、
窓際のほうから引き上げ、室内をドカドカ歩き回る音が聞こえてきた。

よし、今だ!
地球の平和を守るため、俺の平和を守るため、
行けっ!アイアン・メイデン。

この瞬間、なぜだか急に
怒りではなく、笑いがこみ上げてきた。

俺は、ニヤニヤしながら発射ボタン(プレイボタン)を押した。

(つづく)





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