タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇ 第十一話 ◇◇
ババァズ・アタック



「ブゥワァァ〜〜ッ…!」

「バァ〜〜ッ!」

「バァヌァァァァァ〜〜ッ!」

よし、今だ。
連発モードに入ったのを確認してから、
サンダルを履いて、急ぎ足で表に出てみた。
平日の午前11時ごろだったと記憶する。

マンションを出た瞬間、
目の前の民家に住んでいると思われる日本人の若奥様っぽい女性が、
道路をホウキで掃き掃除している姿がチラリと目に入ったので、
泥棒や覗き魔と勘違いされぬよう、
カムフラージュとして、自転車置き場に直行し、
自分の自転車のタイヤか何かを直しているポーズを取った。
そして、
タイヤの空気穴のネジを無意味に緩めたり閉めたりしながら、
屈んだままの体勢で、
マンションとマンションの谷間をチラチラ見やり、耳を澄まし続けた。

 ■┃道┃■  ┌───────┐ ┃道┃■
 ■┃路┃■  │ 向かいの  │ ┃路┃■
 ■┃B┃■ ×│ マンション │ ┃A┃■   
 ■┃ ┃■  │       │=┃ ┃■
 ■┃ ┃■  └───────┘ ┃ ┃■ 
 ■┃ ┃■〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜┃ ┃■     ◎………自転車
 ■┃ ┃■  ┌───────┐◎♀ ┃■     ♀………道ばたに屈む俺
 ■┃ ┃■  │       │ ┃ ┃■     ■………民家
 ■┃ ┃■  │ 俺の住む  │ ┃ ┃■     ×………最初、見当をつけた発声源
 ■┃ ┃■  │ マンション │=┃ ┃■     =………マンション入口
 ■┃ ┃■  └───────┘ ┃ ┃■     〜………高さ2メートルのブロック塀

「バァ〜ッ!」

「バァ〜ッ!」

「ンバァァアォッ!」・・・・

結論を言うと、
場所を変えて聞いみても、
突破口はまるで見出せなかった。
発声源など、ちっとも分からない。
“ビルの谷間”全体に、ウォアァァァァンと音が鳴り響いている感じなのだ。
遠近感も、高低感もさっぱり掴めない。
ならば今度は、逆の道路(道路B)に行ってみようか、
と思った矢先のことだ。

「シューーーーーーーーッ!」

「シャッ!」

…なんだ?

「シャッ!」
「シュッ!!」
「シュッ!!!」
「シャッ!!!!」
「シャッ!!!!!」
「シャッ!!!!!!」
「シャーーーッ!!!!!!!」
「カラカラカラカラ、コロコロコロン…!」

…………ガツッ!!!!

「痛ぇ!」と、思わず声を出した。
俺の裸足のカカトに、ポカリスエットの空き缶が当たったのだ。

起き上がり、背後を振り返ると、
先の若奥様が、5メートルほど離れた場所で、
一心不乱に掃き掃除をしている。
当ててしまったことに気付いていないのか?
とも一瞬思ったが、
すぐさまこれは、故意であることが分かった。
なぜなら、その若奥様は、
ホウキを持ってるくせにチリトリを持たず、
まさにアイスホッケー選手のような仕草でもって、
路上に散らばっている大小さまざまなゴミを、
次から次へと、明らかに俺だけを目掛けてシュートし続けていたのである。
顔を見ると、なぜだか物凄く怒っている。
俺が振り返ったことで緊張の度が増したのか、
若奥様の顔がみるみる強張ってきている。
だが、よほど決意が固いのか、攻撃の手を緩める気配はない。
なおも「シュッ、シュ」とシュートを放ち続けている。

あっけに取られる俺に向かって、
今度は空のペットボトルが、
地面を這うように、クォルルルルルッと勢い良く飛んで来た。
俺は咄嗟に、サッカーのワンツーパスのような要領で、
これを思いきり、ダイレクトで蹴り返した。
サンダル履きだったので、
ダフって、あさっての方角に飛んで行ったが、
反撃の意思表示としては、
充分なパフォーマンスだっただろう。
そして直後に、
「てめぇ、このクソババァ!さっきから何やってんだよ!」と叫んだ。
こんなに大声で、人に対して怒鳴ったのは、
それこそ15年ぶりぐらいの出来事たったかもしれない。

奥さんは一瞬ひるんだかに見えたが、
あえて俺とは目を合わそうとせず、
なおも頑にゴミをシュートし続けている。

俺はなんだか怖くなって、
奇人調査どころの気分じゃなくなり、
「チッ!」と大袈裟に舌打ちしてから、
その場を立ち去った。

そして、部屋に戻ってから、あれこれ考えた。
なぜ、あの人は、あんなに怒っていたのだろうか?

答えは割と、簡単に出た。
要するにあの奥さんは、
我がマンションの「ゴミ散らかし問題」に業を煮やして、
ああいった行動に打って出たのだと思う。
「これは全部、アンタのマンションから出たゴミなのよ!」ということだ。

そりゃ、毎日のように自宅の目の前でピンクチラシが大量に舞っていたり、
口の閉じられていない生ゴミ入りのビニール袋が
無造作に投げ捨てられたりしていたら、
普通の日本人なら怒るだろう、怒って当然だと思った。
実際そのころ、我がマンションの入口付近やゴミ捨て場周辺には、
ネズミやゴキブリがちらほら出没し始めており、
こりゃどう考えてもマズイだろ、というレベルに達していたのだ。

正面に住んでいるというだけで、
このとばっちりを受け続けたであろう奥さんは、
ついにたまりかね、実力行使に打って出たのであろう。
相手は俺じゃなくてもよかったのだと思う。
とにかく、このマンションの住人の誰かに、
怒りを直接ぶつけたかったのだろう。
か弱い奥さんに、そんな決死の覚悟をさせてしまうとは、
我がマンションの住人たちは、なんてデリカシーのない大馬鹿揃いなのか。

でも奥さん、これだけは勘違いしないで頂きたい。
俺はちゃんと、ゴミ出しのルールを守っている!
悪いのは俺以外の、他の住人たちなんだ!
俺も貴女と一緒で、実はこの現状を憂えているんだ!(もう諦めたけど)

…と、声を大にして言いたい気分だったが、
しかし、今さらそんなことをアピールしたところで、
時すでに遅しであろう。
俺はあの場で、この上なく粗暴なリアクションを見せ、
なおかつ汚い言葉で奥さんを罵ってしまった。
今ごろ俺は確実に、
このデタラメマンションに住む無法者の代表格として、
あの奥さんの中で位置付けられたに違いない。
そして、奥さんはきっと、今日の出来事を、
家族や親類のみならず、御近所の仲良し奥さんなどに、
ヒステリックに、100%の被害者ヅラで、
大袈裟に言い広めていくに違いない。

「そうさ、噂は、光の速さより速いよ」と、
故・沖田浩之は歌っていたが、
あれは決して嘘じゃないと思う。
奥さん連中という生き物がいかにお喋りで、
町内の些細な事件やトラブルを、
いかに素早く、いかに尾ひれを付けて周囲に伝達していくのかを、
幼少期、井戸端会議のメッカとも言える団地に住んでいた俺は、
痛いほどに知っているのだ。
ましてや今回のトラブルは、
よくある御近所同士のいさかいというより、
「かねてから住む善良な日本人 VS 近ごろ急増中の不良外国人」
といった、このエリアの人たちにとっては非常に身近でナーバスで、
なおかつ分かりやすくてスパークしやすい対立構図を内包しているため、
熱を帯びた情報が一気に町を駆け巡り、下手をしたら、
住民運動などに発展する恐れさえあるのである。

そして、そうなった場合、
「一夜明けたら、誰でもヒーロー」ではなく、
「一夜明けたら、俺だけヒール(悪玉)」になってしまう可能性がとても高いと思うのだ。

なにしろ俺は、このマンションに住む唯一の日本人であり、
なおかつ奥さんに逆襲した張本人でもあるので、
今後、コトがこじれた場合、
あれやこれやのクレームは必然的に、俺のところに殺到することになる。
そして、諸悪の根源として、最終的には俺一人だけが批判の矢面に立たされ、
吊るし上げられる。
そんな最悪のシナリオが頭に浮かんだ。

ちっとも、E気持ちじゃない。
最悪だ。
元来俺は、鷹ではなく、鳩なのだ。
近所の人とそういう厄介な抗争を起こすのは、
まったくもってお好みの展開ではないのだ。
弱ったもんだ。

弱ったのは、それだけではない。
この一件によって、
せっかく始めたばかりの奇人調査が、
いきなり暗礁に乗り上げてしまったのだ。
俺は、基本的には自分一人の力で調査を進めるつもりでいたが、
それがどうにもこうにも行き詰まってしまった場合、
ゆくゆくは、御近所の住民情報に頼ることもほのかに構想に入れていたのだ。
長いこと、このあたりに住んでいる日本人に話を聞けば、
ひょっとしたら奇人にまつわる有力な情報、
いや、それどころか、
「ああ、あの声ね。あれは○○だよ」というそのものズバリな解答さえも、
意外にアッサリ得られるのではないかと密かに思っていたのだ。
御近所の日本人たちとある程度、顔見知りになったら、
折を見て、奇人の謎について質問してみようと、考えていたのだ。

それがまさか、顔見知りになる前に、
初対面で、いきなり激しく対立してしまうとは…。

誤解、濡れ衣が原因とは言え、
あんな汚い言葉で罵ってしまった以上、
もうあの家の人たち(ならびにその界隈の民家の住人)には
気軽にお話をうかがうことはできなくなってしまった。
奇人調査どころか、
今後はしばらく、家を出るのも、自転車に乗るのも一苦労だ。
あの奥さんと再び顔を合わせてしまった場合、
いったい俺は、どういう反応をすればいいのだろうか。

ますます途方に暮れる俺であった。

(つづく)






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