タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇ 十五話 ◇◇
ビジネス・パートナー捕まえた!

頑張ったけどダメだったポンちゃんに、どう対応すればいいのか。
俺はうつむき加減の姿勢で、
30秒ほど考え続けた末、こう決心した。

《ちょっと高目の焼肉を奢ろう!》

慰めと励ましのコメントも頭の中で即座に考えた。

(内容はバッチリなんだけど、ちょっと時間がかかり過ぎたかな…)
(でも無理もない。初めてにしては上出来だよ)
(よく頑張った!マジで偉いよ、ポンちゃん)
(お前がこんなに根性のある奴だとは思わなかった。見直した)
(この原稿は、とりあえず採用だ!)
(ところで、頑張り過ぎて腹ペコなんじゃないか?)
(そうだ、今日の分の時給として、焼肉を奢るよ)
(さぁ、これから高麗〈職安通りにある焼肉屋〉に行こう!)

……こんな感じで、なんとか丸く収めるしかない。

そうと決まったら、早く高麗に行かねば!
なにしろ、5時間も無駄に寝てしまったから、
ますます時間がなくなってしまった。
このあと早急に、ポンちゃんの後釜を探すなど、
次なる一手を打たなければならないのだ。

とは言え、ヨガポーズによって踏ん張り出された、
この500匹の死にかけた糸ミミズにまったく目を通さないのも失礼な話だ。
しかと、その御臨終を見届けてあげよう。

俺は、ふと我に帰るような感じで、
原稿用紙に目を落とした。
しかし、なんという字の汚さだろう。
読むのが大変だし、内容を理解するには、かなりの集中力が要りそうだ。
よーし、一気に読むぞ!…と気合いを入れた。

1本目、2本目まではなんとか、
こみ上げてくる感情を隠すことが出来た。
だが、3本目を読み終わった段階で、俺は思わず「プッ!」と吹き出してしまった。

ここでまたポンちゃんが、「なに、なに?」と立ち上がって反応したので、
「いや、まだだ!まだ全部読み終わってないから、ちょっと待て!」
と制してから、4本目、5本目を急いで読み、
そして、1、2、3、4、5と続けざまに再読した段階で、
俺はどうにもこうにもこらえることが出来なくなって、大爆笑してしまった。

「なんだよッ!?失礼な奴だなッ!」

ポンちゃんが怒ったような顔になり、
原稿用紙を奪い取りに来たから、
俺は「ごめん、ごめん、でも変な意味で笑ってるんじゃない!」
と慌てて誤解を解いた後、こう大絶賛した。

「いやぁ〜、ポンちゃん、素晴らしいッ!」
「あまりにも素晴らし過ぎるっちゅーんだよ!」
「誰がこんなに完成度の高いものを仕上げろって言ったんだ!?」

何が素晴らしいって、文面の詳細までは覚えていないが、
その1本1本のキャプションは、
それぞれ独立した小咄とでも言おうか、
単なるヌード写真の情景描写に留まらず、
なぜかエロスの中に社会風刺や、
時事ネタなども巧妙に盛り込まれていて、
御丁寧に1本1本にしっかりオチめいたギャグまで付いており、
おまけに全作、100文字ジャストで
キッチリカッキリ収まっていたのである。

そりゃ、時間もかかるわい!と納得した。
おそらく彼は俳句を作るような心構えで、
五感を研ぎすまし、季節を感じ、言葉を吟味し、推敲に推敲を重ね、
俳人が575のルールを遵守するかのごとく、
100文字という限られたワクを
無駄なく最大限に活かし切ろうと試行錯誤を繰り返したに違いない。
消しゴムで消されているがかすかに透けて見える没ワード、
そこに上書きされた意味的にはあまり大差のない新たな言葉、
それら一つ一つの単語から、試行錯誤ぶりは痛いほどに感じられた。

いやはや、驚いた。
いまだかつて、こんな入魂のキャプションは見たことがない。
というかこれは、キャプションじゃない。ほとんど芸術作品である。

文章力については、まったく申し分なしだ。
5本も読めば、それは分かる。
変な話だが、あとは完成度を落とすだけでいい。
一度は「失格」の烙印を押してしまったが、
やっぱりポンちゃん、「逆転合格」だ!

「いいッ! 最高ッ! グレイテストだわ!」
「ポンちゃんって、ひょっとして天才!?」
「ぜひともその力を俺に貸してくれよッ!」

呆気に取られるポンちゃんに向かって、
最大級の賛辞をビュンビュン投げつけてから、
「ただし…!」と付け加え、
「1つ1つにこんなに力を入れてたら、いつまで経っても本は出来ない」
「エロ本のキャプションにギャグ要素や社会風刺は要らない」
という現実を彼に伝えた。

そして、
「もっと手を抜け。もっと下品でいい。たとえばこの写真なら、こんな感じで」
と言って、見本をサササッと書いて見せた。

「なーんだ、そんなのでいいの? そんなんでお金、貰えちゃうの?」

そうやって、すぐに調子に乗るところがポンちゃんのムカつくところだが、
しかし、今回ばかりはガンガン調子に乗ってもらって構わない。
なんせ、120ページもあるのだ。
イケイケで突っ走ってもらわないと、とてもじゃないが終わらないのだ。

「チョロイでしょ?ポンちゃんなら余裕でしょ?
完全出来高制、ピンハネなし、ゲンナマ即金で日払いするから、
今日から早速、取りかかってよ!今どきこんなラクチンなバイト、
他にないよ。コーヒー飲みながらやっても、テレビ見ながらやっ
ても全然オッケー。締め切りさえ守ってくれれば、いつ休もうが、
いつやろうが、基本的にそれはお前の自由だから」

と、キャバクラ嬢のスカウトマンのように一気に美味しい話だけを畳み掛け、
ポンちゃんの首を縦に振らせた。
よし、商談成立だ。

しかし問題は、場所である。
前述したように、ポンちゃんはパソコンもワープロも持っておらず、
その使い方もまるでチンプンカンプンと来ている。
だから全部、手書きでやるしかないわけだが、
困ったことに、自宅にファックスがないのだという。

となると、レイアウト用紙と原稿用紙を持ち帰らせて、
自宅で執筆させたところで、
どの道、入稿物をヘドロ工房まで運んで来なければならない。
ドバっと渡して、全部まとめて最後に持参、というのはいくらなんでもお互い怖い。
キャプションだけじゃなく、本文もあるので、
しばらくの間は、途中で何度も、
俺のチェックやアドバイスを要する場面も出てくるはずだ。
御近所とは言え、その都度その都度、
自転車に乗ってこっちに来るのはポンちゃんとしても面倒なことだろう。

というわけで、協議の末、
ポンちゃんはこれからも引き続き、
「俺んちの床」で働くことになった。
相互監視の意味もあり、この仕事が終わるまでは、
寝食もここで共にすることにした。(実際は、諸事情あって、
ポンちゃんはこの仕事が終わってからも、俺んちに長いこと居
座り続けることになるのだが、その事情については後述する)

一人暮らしを始めて以来、
いったいどんな素敵な女性が、
ここへ最初に転がり込んでくるものやらと、
ひたすら夢想に耽っていた俺だが、
まさか、よりによって、
ご近所に住むこの“ヨガ男”が、
まっ先に我が家の床にベト〜ッと張り付き、
そのままこびりついて離れなくなるとは、
まったく予想だにしていなかった。

しかし、この奇妙な同居生活のお陰で、
完全に冷え切ってしまっていた「叫ぶ奇人の怪」の話題が、
レンジでチンされたかのごとく、再び熱を帯びることになるのだ。

(つづく)





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