タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇ 第十六話 ◇◇
サッカー場にコンコルド襲来!


ポンちゃんの話を長々と書き過ぎている。
おまけに更新速度が遅い。
わずか数時間の出来事を、1ヶ月かけて振り返っている。
こんな調子でノロノロネチネチ過去をほじくっていたら、
“リアルタイム速報”など夢のまた夢、
時計の針はいつまで経っても現在に追い付かないだろう。

というわけで、ポンちゃん退場!
とっとと、ここから出てってくれ!

……と、レッドカードを突き付けたくなる読者も多いだろうが、
ところがどっこい、残念ながら、
ポンちゃんはまだまだ退場しない。
ビッグビジネスが終わった後も、
彼は我が家の床にベットリ張り付き、
パスやシュートに大忙しなのだ。

一体、何をやっているのか?

プレステだ。
プレステのNo.1サッカーゲーム、
「ウイニングイレブン」に熱中しているのだ。

簡単に言うとこのゲームの醍醐味は、
自分のチームを作れるところにある。
コンピュータ対戦で勝ちを重ねるごとにポイントが溜まって行き、
そのポイントで世界各国の選手を買い集め、
レアルマドリッドやバイエルンミュンヘンなどの実在のクラブチームを、
自分ならではの自由なメンバー構成で作り上げることが出来る。
そして、そのチームをメモリーカードに保存しておけば、
友人が作ったチームとの対戦も可能。

かねてからお互い、
このゲームを所持し、その面白さを熟知し、
折を見てはメモリーカード片手にお互いの家を行き来して、
ちょいちょい対戦していた俺たちだが、
こうしてずっと同じ屋根の下に一緒にいて、
しかも共同作業が終わった後の解放感も加わったとなれば、
もう対戦は止まらない。

俺は、リアル追求主義者だから、
あるクラブを選んだら、
現実社会のそのクラブにもちゃんと在籍しているメンバーを、
ゲーム上でもほぼ忠実に揃え集め、
勝っても負けてもメンバーの入れ替えをほとんど行わないのだが、
ポンちゃんは勝利至上主義者だから、
負けるとすぐさま敗因を分析し、
その弱点を「現実には有り得ない無節操な乱獲」でもって補強し、
再戦に挑むタイプ。

だから、ポンちゃんの作ったACミランは、
イエロがインターセプトした玉を中田が繋ぎ、
それを受けたロマーリオがシュートを放ち、
ポストに当たって跳ね返った玉をオーウェンが押し込む……
なんていう、一体どこの世界の何リーグだかよく分からない、
現実離れした光景があったかと思えば、
「決定力不足」の烙印を押されたのか、
次の試合ではもうロマーリオはチームをクビになっており、
代わりにサビオラが先発出場していたりする。
全員、ACミランの赤×黒のストライプユニフォームを着ているものの、
実際のACミランに所属する選手はただの一人もいなかったりする、
実に馬鹿げたオールスターチームなのだ。

しかし、そんな愚かな金満オールスターズを
木っ端微塵に打ち砕くのが俺の最大の楽しみであり、
ウッカリ俺に破れた暁には、
ポンちゃんは涙目になってコンピュータ対戦でポイントを稼ぎ、
また新たな大物選手を補強し始めるのである。

また、ポンちゃんは、サッカーの戦術知識が俺より豊富で、
なおかつマメな性格であるため、
たとえば俺のチーム(リーズユナイテッド)の負けが込んできて、
俺の戦意が失われつつあるようだと、
「右サイドにもっと足の速い奴を入れたほうがいいよ」
などと適切なアドバイスをしてくれる。
と同時に、「たとえばコイツなんかどう?」と言って、
頼んでもいないのに、適切な人材を何人もリストアップしてくれる。

そんな時、
「ポイント溜めるの面倒臭いから、現状のままでいいよ」
と俺が投げやりに答えたりすると、
ポンちゃんは「チッ!」と舌打ちしつつも、
「しょうがないなぁ、じゃあ、代わりにやってあげるよ」と言って、
俺のチームでコンピュータ対戦をこなして、
俺のためにせっせとポイントを稼いでくれるのだ。

だからと言って俺は、
「ポンちゃんって、いい奴だね」と感動するほど浅はかじゃない。
要するにポンちゃんは、
俺という身近な「好敵手」を失いたくないからこそ、
そうやって甲斐甲斐しく世話を焼き続けているだけのことなのだ。
彼は完全に、ウイニングイレブン中毒なのである。

しかし、中毒になるのも無理はない。
やったことがある人なら分かるはずだが、
ハッキリ言ってこのゲーム、
対人戦がめちゃくちゃ面白いのだ。
場合によっては、
実際のサッカーを見るよりやるより面白かったりするから、
一度この世界にハマるとなかなか抜けられない。

そんなワケで、ポンちゃんは、
ビッグビジネスが終わってもなお、
俺んちの床にヨガポーズで張り付きながら、
目を充血させてテレビ画面にかぶりつき、
コントローラーをカチャカチャいじり倒しているのである。

ところで、
締切りはオーバーしたものの、
ビッグビジネスはなんとか片付いた。
どう片付けたのかについて書くとまた長くなるので、
「とにかく大変だった」の一言でまとめておく。

お互いの好物である松屋のお弁当の空き容器の数々が、
ゴミ箱には入り切らずに部屋のあちこちに転がっており、
あの独特の、ツーンとくる焼肉のタレの匂いが、
煙草の匂いとメガミックスされて部屋中に充満している。
この散らかりぶり、この激臭ぶりが、約1週間の苦闘の証しだ。

そう言えば、松屋の買い出しの時にも、
ポンちゃんは、打算的な世話焼きっぷりをいかんなく発揮してくれた。
彼はいつも、俺が「腹減ったなぁ」というのをジッと待っている。
そして、その一言を聞くと、
「しょうがないなぁ、じゃあ、俺が買って来てあげよっか?
えっ?そうすれば、俺のも奢ってくれるの…?イヤッホゥ!」
などと、こっちが言ってもいないことを妄想で勝手に聞き取って小躍りし、
その後、ニヤッと笑って俺を見つめるのだ。

そんなのに毎回乗せられていたら、
こちらのお金がどんどんなくなってしまうのだが、
しかし俺、仕事で疲れ果てている時は、
どうしても外に出る気になれず、
何度か彼に買い出しを頼み、やむなく彼の分も奢ってやった。

似たような話を書き出すと、キリがないのだが、もう一つだけ。

そのビッグビジネス期間中、
俺がフと目覚めると、部屋のインテリアが変わっていた。
格好悪くなっていれば激怒していたところだが、
なんだか微妙に垢抜けた印象になっていたのだ。
スピーカーの配置がちょっと斬新になっていたり、
ラックの奥で埃をかぶっていたワインボトルが手前に引き出され、
そのボトルに2〜3枚のCDがさり気なく立て掛けてあったり。

「岡林が寝てる間に、直しておいてあげたから。このほうがオシャレでしょ?」

「うん、確かに…。いいねぇ、これ」

ウッカリそう誉めてやったら、ポンちゃんは小躍りしながらこう叫んだのだ。

「やった!岡林が御褒美に、牛焼肉定食を奢ってくれるって!」

むかつくけど、面白いし、役に立つ。
そんな理由から俺は、
ポンちゃんが自宅に居座り続けることを、よしとした。

そんなこんなで、
「ウイニングイレブン」に2人して没頭していた、
ある日の昼下がりのことだ。

「ブァァアアアアアアアアアアアアアア〜〜〜〜〜〜ッ……!」

5月晴れの空を横切るコンコルドのような力強さで、
突如として一発、もの凄い叫び声が鳴り響いた。
それは、「ウイニングイレブン」の歓声を
かき消してしまうほどの、圧倒的な轟音だった。

「なに、今の…?」

思わず、コントローラーの動きを止め、
驚いた表情で俺を見つめるポンちゃん。

画面上では、
右サイドを猛然と駆け上がっていたはずの
「ACミランの中田」までもがピタリと動きを止め、
ボールを足元に置いたまま、呆然と立ち尽くしている。

俺は、「シッ!耳を澄ませ!」と言って、
一時停止ボタンを押し、
試合をいったん中断させた。

「バァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

やはり来た! 2発目だ。
今度は、1発目のようなコンコルドじみた力強さはなく、
言ってみれば、コンコルドの飛行機雲のような、
そんな余韻めいた、爽やかな印象の響きだった。
しかし、耳を澄ましていたから、バッチリ聞こえた。

「うん…!? なにあれッ(笑)? なんなんだよッ…!?」

そう叫び、興奮気味にベランダへ駆け出すポンちゃん。

ついに、ようやく、待ち望んでいたこの時が来た。
俺以外の人間が、
初めて俺の目の前で、
奇人の存在を認知してくれたのである。



(つづく)





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