タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇  第十八話 ◇◇
神を冒涜するなかれ!


「やめろッ!叫ぶなッ!それだけはやめろッ!」

言うことを聞かないともう一発殴るぞ、
という姿勢を見せつつ、
ポンちゃんを激しく叱り飛ばした。

するとポンちゃんは、
首をすくめて「ごめん!ごめん!」と謝りつつも、
不服そうに、ごにょごにょと言い訳を並べ始めた。

「なんで…?いいじゃん…、面白いのに…」

面白い。
それは分かっている。

「…岡林だってしょっちゅう、
俺んちでデッケェ声で笑ったり、大声を上げたりしてるじゃんか!」

その通りだ。
しかし…!
「ダメなものはダメなのだ」と力説した。

「なんでかっていうと、これまでのが全部、
俺の仕業だって、近所の人に誤解されたら困るんだよ!!!!」

そうピシャリと言い放った。
勝手なマネをやらかしたポンちゃんを、
そうやって暴力をも伴う高圧的な態度で押さえ込んだ理由は、
近所の誤解を恐れたから、というのももちろんあるが、
今にして思えば、それ以外にもう一つ、大きな理由があったと思う。
ポンちゃんのあの茶化したような叫び声には、
奇人をあからさまに冒涜するような、そんなニュアンスが含まれていたため、
俺は本能的に、「それはヤバい!」と察知したのだと思う。
神殿や墓石に向かって立ち小便をしようとしている子供を見かけたら、
宗教を信じる信じないに関わらず、
誰もがとっさに「やめなさい!」と止めに入るだろう。
そういう感覚に近かったような気がする。
つまり俺は無意識下で、それだけ奇人の存在を、
神々しいものとして恐れていたということだ。

ポンちゃんの反論を押さえ込み、
部屋の空気が落ち着き始めたのを見計らってから、
俺はこれまでの長い歴史を
わずか3分ほどの“ダイジェスト版”で彼に説明してあげた。
(それが出来るなら、この原稿ももっと短くなるだろうという
意地悪な意見は受け付けない。言うと書くでは、大違いなのだ)
その説明の過程では当然、ポンちゃんが先ほど披露した
発声、発音の決定的な誤りも指摘し、これを訂正してあげた。

「叫びの冒頭の第一音は、『あ』とか『わ』とかじゃなく、
必ず『バ行』の『バ』ないしは『ブ』なんだよ。分かる?
バァアアアアアアッ!あるいは、ブォアアアアアアアッ!
これが基本なんだから。これ以外、ないんだから」

物マネ付きで何度もやって聞かせ、
彼にも何度も(隣室に聞こえぬよう小声で)復唱させ、
正しい奇人知識を伝授した。

ポンちゃんは馬鹿だけど飲み込みは早い男なので、
一通りのレクチャーを受けて、一応、俺の置かれている状況や、
俺の気持ちを理解してくれたようだ。
発声練習を受けている最中、
何度も「そんなのマネできないよ!」と笑ったり、
「ええっ!そんなのまであるの!」と驚きの声を上げた彼だったが、
最後にはやや神妙な面持ちになり、

「しっかし、すんごい奴だねぇ…。なんなんだろうね、一体…」

とつぶやいたきり、しばらく絶句してしまった。
やはりそうか。結局のところ、
「なんなんだろうね、一体…」というところに着地してしまうのか。

「奴」と言ってるところをみると、
一応、それが人間であることは彼なりに断定しているようだが、
それがどういう人間であるかについては、
「すんごい」という、曖昧かつ子供じみた表現に逃げてしまっている。

でもやはりこれが、普通の人間の反応なのかもしれない。
並の人間の想像力の及ばぬ、得体の知れない物凄いもの──
それが、叫ぶ奇人の怪なのかもしれない。

考えてみたら、俺にとってのこの1年間は、
「なんなんだろうね、一体…」と思い続けてきた1年間だったと言える。
そこから先に足を踏み入れ、本腰を入れて真相を究明することを
ためらい続けた1年間だった。
いや、ある段階(若奥様とのトラブル)を過ぎたあたりからはもう、
捜査意欲などすっかり消え失せ、
一人ではどうにもならないと、完全にサジを投げてしまっていたのだ。

しかし、これからは、意見を交換しうる貴重な仲間が出来たのだから、
2人していつまでも「なんなんだろうね、一体…」
と首を傾げているばかりではなく、文明社会に生きる人間らしく、
「これは、こういうことなのかもしれないと俺は思うが、お前はどう思う?」
という具合に、アカデミックな議論を交わしていくべきではないだろうか。

これまでは単に、発表する場がなかったため、
ずーっと胸のうちにしまっていたのだが、
俺は俺なりに、奇人の人物像について、思うところはいくつもあった。
ポンちゃんも、まだまだ駆け出しのビギナーとは言え、
ビギナーならではの手垢に染まっていない考察、
分析というのものを発表することが出来るのではないだろうか。
なんせ、ウイニングイレブンにおいても、
負けたらすぐさま敗因を究明するような男だ。
このまま、なにがなんだか分からぬまま放ったらかしにしておくのは、
彼の性分が許さないのではないだろうか。

さぁ、一緒に考えよう!
遠慮することなく、奇人についての意見をぶつけ合おうじゃないか!

(つづく)






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