タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林

これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!

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◇◇ 第十九話 ◇◇
いなし合って現実逃避



「やっぱキチガイなのかな? どう考えてもイカレてんだろ」

ポンちゃんの思慮深さを探るため、
あえて身も蓋もない、幼稚な見解から切り出してみた。

ここでもし、

「そうだね。そいつはキチガイだね。頭がおかしいんでしょ」

というアンサーが即座に返ってくるようなら、
俺はもうポンちゃんとは、奇人について深い議論を交わすことはなかったと思う。
そんな面白味のかけらもない、
一言で物事を決着させてしまうような物言いは、
俺を最も落胆させるものなのだ。

キチガイという言葉を乱発するのは、いただけない。
差別用語だからではなく、つまらないからだ。
カーテンをシャッと閉ざして、相手をシャットアウトしてしまうような、
驕り高ぶった、度量の狭い言葉だから、面白くない。
この世の中、イカレた人間はゴマンといるが、イカレ具合は十人十色だ。
それらの微妙な差異を汲み取ることなく、
ワケの分からない変人をすべて、
キチガイという一言で一刀両断、隔離してしまうのは、
あまりにも芸がないし、優しさがない。

さぁポンちゃんよ、なんと答える?
俺はお前を日々の会話の中で、勝手にテストしているのだ。

「……うーん、人間とは限らないんじゃない? ドアのきしむ音じゃない?」

さすがはポンちゃんだ!
まずは、いなしてきた。
現実には、それはドアの音などではあり得ないのだが、
あえて、すっとぼけたことを言って、推理する娯楽に幅を持たせた。

「バァァァァ↑、バァァァァ↓、バァァァァ↑」
       
ドアを開閉するアクションを交え、
語尾の上げ下げを織りまぜながら、
ポンちゃんは、「ドアのきしみ説」を得意気にプッシュし始めた。

なかなかに面白い。
だが俺は、あえて大笑いはぜず、にやけるにとどめ、負けじとこう切り返した。

「悪いけど、それは違うね。そんなボロ屋敷はこのへんにないから。
俺はね、ペットを躾(しつけ)る飼い主の声だと思うよ」

「バッド」という名前の犬か猫を飼ってる家庭が近所にある、という説だ。
バッドが室内でウンコを漏らしたり、
近所の靴をくわえて持って返ってきたりという、
動物ならではの粗相やオイタをしでかした時には、
おのずと飼い主の声にも「ブオァーーッド!!!!」と怒気が含まれるだろうし、
バッドがゴロニャンと甘えてきたり、可愛らしい芸を披露した時には、
おのずと飼い主の声にも「バァ〜ッド。」と甘味が含まれる。
奇人の叫び声がバラエティーに富んでいるのはそのためだ、と解説した。

ポンちゃんは、「シッシッシッ…」と歯の間で笑いながら、
「可愛いね。叱られてんの」と言った。

想像上のペット、バッドが叱られている場面を想像して、2人で笑った。
これを元に議論を交わすうち、ペットの名前は「バッド」ではなく、
「バード」なのではないか、という説が濃厚になった。
ペットの種類は犬や猫ではなく、実は鳥で、
鳥に「バード」と名付けた馬鹿な飼い主がいる、と考えたのだ。

酷いネーミングセンスだ!最悪だ!と罵倒しつつ、
なんにせよ、みだりにペットを怒鳴るような飼い主は
ロクなもんじゃない!許せない!と、2人でニヤけながら糾弾した。

その後も、様々なふざけた説をぶつけ合った。
言えば言うほどつまらなくなっていったが、あえて紹介する。

●バドワイザーを切らしてイライラしているアル中の人物が、
 家族に向かって「バド!(をくれ)」と叫んでいる。
●英語圏の家族が住んでおり、子供の悪行に対し、
 「BAD!(それは悪いことだ)」と親が怒鳴っている。
●誰かがマイケル・ジャクソンの「BAD」を練習している。

どの説も現実味がない。
現実をまるで直視していない。
現実を見るのが恐いのだ。

だから俺もポンちゃんも、
まずはこういうふざけた説をぶつけあって、
ヘラヘラ笑うことで、お茶を濁そうとしたのだろう。

(つづく)





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