タイトル■叫ぶ奇人の怪
書き手 ■ヘドロ岡林
これはノンフィクションである。
叫ぶ奇人……、この怪物は実在する!
不夜城・新宿大久保に生息する
このミステリアスな怪物の正体に迫るべく
取材を重ね、その様子をリアルタイムで
報告していくのが、この企画の主旨だ。
繰り返す。“この怪物は実在する”!!
>バックナンバー◇◇ 第二十四話 ◇◇
世界各国「バァ〜ッ!」の意味調査
アジア・中東各国「叫べば“バァ〜ッ!”になりうる」単語集【韓国語】
(発音) (意味)
ボア …………………… ほら(注意をうながす時に使う「ほら」)
ボァ …………………… 見る【タイ語】
バーツ ………………… 通貨の名称(Bhat)
バ〜 …………………… 馬鹿【中国語】
該当する単語はナシ【フィリピン/タガログ語】
バー …………………… でしょ?【パキスタン語】
バッバ ………………… お父さん【トルコ語】
バール ………………… テーブルカウンター、はかり(計量器)大久保に住んでいると、外国人と接する機会は数多い。
本国人経営のエスニック料理屋はあまたあるし、
寿司、蕎麦など和食の出前を取っても運んでくるのはほとんど外国人。
街を歩けばアジアンエステのキャッチガールから盛んに声をかけられるし、
ひとたびホテル街へと足を踏み入れれば
各国の娼婦から「アソビ、イク?」と誘惑される。
そんな日常の中で、俺は時折、彼ら彼女らに聞き込み調査をしていたのだ。
その成果が、上記の一覧表だ。ちなみにどうやって調査をしたのかというと、
まずその人の国籍を尋ね、それからこう聞く。
「貴方の国に、『バァ〜ッ!』という言葉はあるか?」と。
むろん、ここでは忠実に叫ぶ。
奇人のスタンダードな叫び声をなるべく忠実に再現してみせる。「バァ〜〜〜〜〜ッ!」
すると、国籍を問わずほぼ全員が、
驚異or軽蔑の眼差しを俺に向けながら
「そんな言葉はない」と即答した。ここで相手に気味悪がられ、逃げられてしまったケースもあるが、
そうじゃない場合、俺は続けざまに次の質問を繰り出した。「じゃあ、『ブォ・ア・ア・ア・ア・〜!』ってのは、ある?」
奇人の叫び、“ブォ始まりバージョン”をスローテンポで叫んでみせる。
始まりが「バ」ではなく、「ブォ」であることを分からせるために。「ブォ・ア・ア・ア・ア・〜!」
ここでも芳しい反応は1件も得られなかった。
誰も彼も「そんなの知らない」と怪訝そうに首を傾げるばかり。ならば仕方がない、とばかりに、
俺は最終的には声のトーンをガクンと下げて、
「じゃあ、『バ』ないしは『バー』ないしは『バッ』
ないしは『ブア』ないしは『ブォア』という単語はあるか?」と聞く。
この段階になってようやく、
各国のそれらしき単語をいくつか収集することができたので、
俺はその都度忘れないよう、自宅のパソコンのメモに書き留めておいたというわけだ。
尚、飲み屋の「バー(Bar)」をほとんどの国籍の人がまっ先に挙げていたが、
これは英語だし、叫ぶにふさわしくない言葉でもあるため、除外してある。さて、それでは、
叫ぶにふさわしい言葉とは、この中で一体どれなのか?
霊媒師説にそれほど固執していたわけではないが、
話のいきがかり上、まず俺は、ポンちゃんに向かってこう説いた。「正体はパキスタン人かもな。パキスタン人の霊媒師」
亡きバッバ(父)の霊に取り憑かれた人物が、
霊媒師によって除霊してもらっているシーンを思い浮かべてくれ、
とポンちゃんに命じてから、そのやりとりを演じてみせた。人物A「k仝ゝゝゝゝゝ…(ガルルルルルル…)」
霊媒師「バァ〜〜ッバ!(お父さん!)」
人物A「k仝ゝゝゝゝゝ…(ガルルルルルル…)」
霊媒師「バァ〜〜ッバ!(お父さん!)」
人物A「ゞ仝ゝゝゝゝゝ…(グルルルルルル…)」
霊媒師「バァ〜〜〜〜〜〜〜〜ッバ!!!(お父さーーーん!!!)」
いかがだろう。
そうポンちゃんに問うたところ、「自分の子供に取り憑く父親なんか、いるか?」
と、いきなり疑問符を投げかけられてしまった。
俺はすかさずこう反論する。「埼玉の馬の霊よりは、実の父親の霊のほうがよっぽど身近じゃねーか?」
しかし、自分で言ってて徐々に、これはないんじゃないかと思えてきた。
「バッバ=お父さん」という言葉は確かに叫ぶに足りうる言葉だが、
「バァ〜〜〜〜ッバ!」と叫ぶと、あの奇人の叫び特有の
「〜ッ!」と右から左へ抜けていくようなニュアンスがどうも出ない。
ニ音目の「バ」が邪魔なのだ。「バァ〜〜〜〜ッバ!」ではなく、
「バッバァ〜〜〜〜ッ!」と序盤でバを重ねる方法も念のため試してみたが、
それだとイントロで蹴つまずくような感じになってしまい、
「バァ〜〜ッ!」という“奇人標準バージョン”のノッペリ感も、
「バッ…!」という“奇人スタッカートバージョン”の切れ味も出すことができない。というよりそもそも、短期間ならともかく、
こんなに長期に渡って同じことを叫び続ける霊媒師がもしいるとしたら、
そいつは明らかに霊媒師失格ではないだろうか。
一体いつになったら除霊に成功するんだ、という話である。
そんな無能な霊媒師など、ちょっといるとは思えない。
また、仮にそこまで深刻な事態になっているとするなら、
取り憑かれている人間もいつまでも異国の地JAPANにへばり付いていないで
とっととパキスタンへ帰ったほうがいい、帰るのが自然であろう。霊媒師による厄払い説はいったん隅に追いやることにした。
そして、それぞれの国の単語の意味にもう一度焦点を当て、
“叫ぶに値するランゲージ”という観点のみで一覧表を洗い直してみる。おのずとここで、目が止まった。
【タイ語】 バ〜 …………………… 馬鹿
こいつは誠に叫びがいのある言葉だと思う。
今回ある中では、叫んで一番しっくりくる言葉だ。
「馬〜鹿!」と誰かを罵った経験は俺にもある。
生涯で100回、いや、1000回ぐらいはそう叫んだことがあるかもしれない。微笑みの国・タイランドの人だって、
馬鹿な相手を罵りたくなる時ぐらいあるだろう。「バ〜!」
発音的に音引きは「ー」ではなく、「〜」なのだという。
若干のビブラートがかかるのだそうだ。「バ〜〜!」
馬鹿は死ななきゃ直らないというぐらいだから、
何度そう罵られても馬鹿の生活態度は一向に改まらない可能性がある。
となると叱る側のイラ立ちも募る一方で、
時には発声が荒っぽくなることもあるだろう。「バ〜〜!」
「バ〜〜〜!」
「バァ〜〜〜〜ッ!」こうなるともう奇人の「バァ〜〜〜ッ!」と大差がない。
まったく一緒と言ってもいい。「やっぱ、タイ人だな!」
と俺は叫んだ。
(つづく)