タイトル■狼男の記録
書き手 ■谷田俊太郎

はガガーリン空港へ行く」を主宰している男
の書く生活記録でがんす。略して「狼男の記録」。
狼男といえば、「ウォーでがんすのオオカミ男♪」
でおなじみの「がんす」でがんす。でも面倒くさい
ので、本文では「がんす」は省略するでがんす。

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これまでの記録


<168> 10月2日(水)

■■ それは1年前のことなのに ■■

もう忘れていたんだなぁ…。

井上匠さんの個展で
9.11以降のニューヨークの風景を見ながら
そんなことをぼんやり思った。

星条旗だらけの非日常的な風景が
今ではニューヨークの日常になっていた。

9.11。あれはとんでもなく非日常的なことだった。
けれど、今では非日常的な感覚には思えなくなっている。
俺たちも、たぶんニューヨークの人々にとっても。

確実に何かが変わった。
でも、それに慣れてきている。

去年の3月、ニューヨークに行った時に
何度か足を運んだ公園の写真があった。

たしか図書館の横にあった公園だ。
そこで俺はコーヒーを飲みながら
あまりパっとしない風景や道ゆく人々を
何時間か眺めていた。

写真は去年のクリスマスの風景だった。

その写真には大きな星条旗が写っていた。
去年の3月にはなかったものだ。

これが今では当たり前になった風景なのだろう。

「変わる」ということは「ある」んだよなぁ…
というようなことを、やけにリアルに感じた。

それから思った。
「でも、まだあれから1年なのか」

なんだかずいぶん昔のことのように
思っていた自分に気がついた。

そして、もう忘れかけていた自分にも。

そうだ、去年の9月11日の夜、あの時
俺はテレビを見ていたんだ。
たしかフェイ・ウオンのドラマの最終回だった。
あの頃、フェイに夢中だったことも忘れてた。

そのドラマの途中で
突然、ニューヨークの映像が流れたんだ。

飛行機がつっこみ
ワールドトレードセンターが燃えていた。

「えらいことになってるぞ」と思う一方で、
「すげえ!」と興奮した。

「次はどんな展開になるんだ?」
とテレビに釘付けになった。

不謹慎だと思いながらも
「もっとスゴイこと」を期待してる自分もいた。

絶対的に思えていた存在だって
あっという間に壊れてしまう現実を
痛快に思ったことも思い出した。

そう思う自分に罪悪感も感じて
あれこれ考えたことも。

「忘れちゃうもんだなぁ」
テロアタック当日の写真を見ながら
ひしひしと思った。

炎上しているワールドトレードセンターを
遠巻きに眺めているおばさんの写真があった。

彼女が連れている犬は「オレ、関係ないもんね」
という顔をしていた。

この犬と俺はたぶんあまんまり変わりないんだろう。
おばさんにしてもきっとそうだろう。
当時者以外のほとんどの人はきっと同じだ。

当事者にならない限りは、
どんな悲惨な出来事でも客観的にしか感じられない。

良い悪いは別にして、それが現実。

他人事という感覚。

行ったばかりのニューヨークだったし
知っている人もいたから
他のニュースよりはリアリティがあったけれど
それでもブラウン管の中の出来事だった。

だからこそ忘れやすい。

でも当日近くにいた井上さんでさえ
「俺もそうだったよ」と言っていた。

今もあふれかえっている星条旗とは裏腹に
多くのアメリカ人も9.11を忘れかけている、
という話も聞いた。

やっぱり忘れちゃうんだよねぇ…。

でも、こうして思い出すこともできる。
それで何か考えることもできる。

そういうことが、写真を撮ったり、
文章を書いたりする
意義みたいなものなのかもしれない。

忘れてもいいことや、
忘れた方がいいこともあるけれど
忘れちゃいけないことも
やっぱりある。

そんなことを思い出させてくれた
写真展だった。


(つづく)






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