タイトル■狼男の記録
書き手 ■谷田俊太郎
「狼はガガーリン空港へ行く」を主宰している男
の書く生活記録でがんす。略して「狼男の記録」。
狼男といえば、「ウォーでがんすのオオカミ男♪」
でおなじみの「がんす」でがんす。でも面倒くさい
ので、本文では「がんす」は省略するでがんす。
>>これまでの記録
<170> 10月28日(月)
■■ あっち側とこっち側 ■■
『Dolls』を観た。
美しくて悲しい映画だった。北野武の映画を見ると
なにも言えなくなってしまう。北野武の映画は
いつだってシンプルだ。
余計なものは何ひとつない。人には結局のところ
「死」しか待ってない。「死」というゴールだけは
人生の中で最初から決まっているものなんだと
改めて認識させられる。「死」だけは
どんな人にも平等。だからこそ、そのゴールに向かって
男の子はこんな風に生きるべきだ。
(あるいは、生きてみたい)
女の子はこんな風に生きるべきだ。
(あるいは、生きてほしい)北野武はどんな映画においても
そのことを一貫して描いていると思う。もちろん『Dolls』もそうだった。
いつも以上にそうだったかもしれない。だから、誰かも言っていたけれど、
とてつもなく厳して、そして痛い。自分もあんな風に生きてみたい。
でも、あんな風には生きられないだろう。
そう思って、うつむいてしまう。
何も言えなくなる。もちろん北野武も、自分がそうだからこそ
そういう物語を作るのかもしれないけれど。海の方から
砂浜を歩く人を撮っているシーンがあった。
象徴的なシーンだった。海は死のメタファー
陸は生のメタファーそう考えると、『Dolls』は
「あっち側」(死の世界)から
「こっち側」(生の世界)を
描いている物語のように思えた。けれど、「こっち側」にいて
そこでもがいている自分は、
そこまで達観はできない。『Dolls』が、少し遠い映画に思えたのは
そんな理由かもしれない。
村上春樹の『海辺のカフカ』は
「海辺」という、海と陸の境に立って
「あっち側」と「こっち側」を描いた物語だった。
その中で僕が強く共鳴したのは
「こっち側」の部分だった。そんなことも思い出すと
『Dolls』はとても大切な物語だけれども、
今の自分が求めているのは
やっぱり「こっち側」の視点の物語なんだ。
そんな風に感じた。
そんな自分にとって
今いちばん興味深い物語は
富野由悠季の最新作『キングゲイナー』。富野由悠季は
「あっち側」から「こっち側」へ
生還した作家だ。前作『∀ガンダム』において
「こっち側」で生きる喜びを
豊かに描いたこの作家は、
最新作でさらにその先へと向かっていた。もう、生きる喜びが
はじけまくっているというか、
はっちゃけているというか
古い言葉でいえば、ぶっとびというか、
要するに、ノリノリだ。
笑っちゃうくらいにノリノリで、
見ているこっちも踊りだくなってしまうほどである。
(というか、実際に身体が踊りだす)一時は、「あっち側」へと行きたがっているように
見える物語を作り続けてきた人が、
還暦を過ぎて、「こっち側」でイキイキしているのは、
僕にとっても大いなる喜びだ。老後に待っているのは「死」だけじゃない。
60才を過ぎてから本当の人生が始まる?
そんな風に思えることは、単純に嬉しい。
力強い希望になる。
「あっち側」を通過してきて
「こっち側」を描くようになったからこそ
そこには重みがある。
まだ2話して見ていないけれど
『キングゲイナー』は
シベリア大陸を舞台に、膠着した現実を離れて
新たな土地を求めて旅する人々の物語らしい。キーワードは「エクソダス」。
「エクソダス、するかい?」
そう語りかけてくるこの物語は、
「エスケイプ」(脱出)ではなく
「エクソダス」(出発)という言葉を
主題にしているのが、ポイントだろう。これまで、「宇宙」や「海と陸の間の世界」などを
舞台に物語を作ってきた人が
陸の上(こっち側の世界)だけで、
新たな出発を描こうとしていることは
とても興味深い。いったいどんな世界へ連れていってくれるのか?
僕らが「こっちの世界」で生きていくためには
どんな「エクソダス」ができるのか?現実の中で多くの人々が閉塞感を味わっていて、
無差別テロという悲しい方法でしか
その突破口を見いだせないような時代の中で、
それを突破して、新たな生き方を模索しているように見える
『キングゲイナー』は、今、
時代が求めている物語だという予感がする。WOWOWという限定された人しか見られない
放送形態なのが残念でならないけど、
12月からビデオやDVDが出始める。
ぜひとも多くの人にみて欲しい作品だ。人が生きていくためには
ましてや混乱している時代の中では特に、
「物語」というものが、
とても力になることを実感する最近です。
…それにしても最近の「狼男の記録」は
我ながらマジメな話がつづいてますね。
まあ、そういう気分なんでしょう。
もうちょい「キングゲイナー」ばりに
ノリノリになりたいもんですなー。
(つづく)