タイトル■突刊マット
書き手 ■谷田俊太郎


マット界(プロレス・格闘技界)に関する
読み物企画です。書き手も内容もいろいろ!

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<第16回 2002.8.29> 8.28 Dynamite! 観戦記
夏の終わりにサクラチル…
そして怪獣大戦争が始まった

サクラチル…

8月28日。国立競技場。
9万人を超える大観衆。
巨大な夜空。吹き抜ける夜風。

季節はずれの桜が散った。
血染めの桜が舞い散った。

桜庭は、負けた。

右目眼窩底骨折の疑いで2R終了後、
ドクターストップ。

勝負は非情だった。
結末は残酷だった。

ミルコは強かった。
想像以上に強かった。

筋肉のすべてが脳なのか?
そう思えるほど、尋常ではない
反射神経、運動神経、判断力、攻撃力、破壊力…
同じ人間なのかと疑いたくなる。

怪物だ。サイボーグだ。
あんなバケモノに
一体どうやって勝てばいいんだ?

祈るような9万人の願いは
このクロアチアの特殊警察官によって
無惨に叩き潰された。

桜庭の神話は、
この日、崩壊した。

ホイス・グレイシーも吉田秀彦に敗れた。

あの結果自体には疑問が残ったが、
いずれにせよ吉田の勝利は動かない事実。

20世紀最高の名勝負を演じた
桜庭とグレイシー、2人の英雄の時代は、
21世紀2度目の夏に終焉を迎えた。

小さな体でも技を極めることで
頂点に君臨した二人だったが、
もう時代は変わってしまった。

そして怪物同士が頂点を競い合う
新しい時代が幕を開けた。

この日、10年に一度といっていい
超弩級の死闘が行われた。
アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラvsボブ・サップ。

現時点で世界最強と呼ばれる柔術の魔術師と
暗黒肉弾魔神こと2m160kgの怪物の一騎討ちは、
想像を絶する戦いだった。まさにダイナマイッ!

両者2m級の巨体とは思えない激しい攻防。
技と力の正面激突。そして劇的すぎる幕切れ。

20世紀に燦然と輝く怪獣対決
スタン・ハンセンvsアンドレ・ザ・ジャイアントを
彷佛とさせる、歴史的な大激闘。

あのノゲイラをここまで追い込める人間がどこにいる?
あのサップからタップをとれる人間がどこにいる?
こんな勝負、他に誰ができる?

世界最強はこの2人で決めてくれ、そう思った。

また、ジェロム・レ・バンナも、
あのドン・フライを壮絶なKO劇で粉砕。
見事な復活を遂げた。

ミルコ、ノゲイラ、サップ、バンナ…
真の怪獣大戦争が始まった。

もはや小さな日本人の割り込む隙間など
どこにもない。

桜庭vsミルコの試合が終わった後、
石井館長が言った。

「もう一度、再戦させます!」

だが、観客はほとんど反応しなかった。

誰もがわかってしまったのだ。
「あんな怪物に勝てるはずないじゃないか」

目を腫らし泣きそうな顔をした桜庭は
痛々しかった、見ていられなかった。

「無茶だよ…」
「もうそっとしてあげようよ…」
「かわいそう…」

そんな無数の囁きが聞こえた。

桜庭は、猛獣だらけの檻の中に放り込まれた
人類ヒト科のようなものだった。

考えてみれば、あの小さな細い体で
これまでよく頑張ってきたのだ。
ミルコ相手にあれだけの勝負ができたのも
桜庭だからこそだ。

見方を変えれば、大健闘だったのだ。

しかし、しかしである。
同情されたらファイターは終わりだ。

そんな見方をされることが、
かわいそうなんて思われることが、
桜庭は何より悔しいんじゃないだろうか?

ヘラヘラした態度の裏側に隠された
誰よりも負けず嫌いな気の強さ。プライドの高さ、責任感の強さ。
それが桜庭の最大の魅力だった。

どうするの、サク?

ネクストはあるの?
復活の日はくるの?


できることなら、その日を待ちたい。

でも、もう期待してはいけないのだろうか?

風雲急を告げる
格闘大河ロマン。

物語は終わらない。





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