タイトル■短すぎた夏 〜私が田中康夫氏に投票した理由〜
書き手 ■長野 県太郎♂(仮名)
「もう今は昔になった長野県知事選挙。一人
の有権者として燃え損ねた記録を気分の向い
たときに書いていて、何となく文章になりま
した。オーガガのコンセプトに合致しました
ら掲載してくれるとうれしいです」という投
稿をいただきました。もちろん喜んで掲載さ
させていただきます。長い文章だったので、
何度かに分けてアップしますね。ではでは。
(1)田中康夫氏に1票
私は田中康夫氏に1票を投じた。
田中康夫氏の
政治手腕を格別に買ったわけではない。
政策が著しく優れていたことに共感したわけでもない。
タレント性に惚れたからでもない。さきの歴史的不信任決議以来
様々な報道がなされているが、
長野県の先行きは明るくなったのだろうか?
田中康夫知事は県民に真の意味から信任されたのだろうか?
田中県政は、これからどんな道を歩んでいくのだろうか?
来る統一地方選において、県議会議員たちはどうなるのだろうか?個人的興味はとどまることを知らない。
再選を果たした田中康夫氏の県政に対する期待の反面で、
選挙前から繰り返し
田中康夫という人物に対する激しい批判もある。凄いものだと、
長野県民は「脱ダム」という言葉に陶酔しているだけ、
県民は洗脳されている…と言わんばかりの
某地方新聞の記事まであった…。選挙結果を受けての論戦としては
県民の選択に対する侮辱ともとることができる記事が
堂々と掲載されるあたり、さすが報道の自由は偉大な権利である。長野県知事選挙にあたっては
長野県のみならず、全国に向けて
大々的な報道がなされ、
選挙に対して総括されてきた。しかし、それら報道は
(全てとは言わないが)
ちょっと何か的を外しているところがないか?
と思うところがある。
「…皆さん、県民意識や選挙戦について難しい理論を唱えていますけどね、
そんなに難しいレベルで考えて投票した訳じゃないんですよ…」よかったのか?よくなかったのか?
ともかく、田中康夫氏は
再び知事として執務に当たることとなった。私にとって
今回の選挙はとても簡単な選挙であった。
だから
田中康夫に投じざるを得なくなったのだ。実は、
私が1票を投じた田中氏が当選したのと同時に
私の心には、長野への憂いの思いが湧いてきているのである。
(つづく)
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