十七章 インド脱出 その日の朝は曇っていた。昨日、深夜に雨がけっこう降っていた。主人の調子は良いわけではないが、快方にむかっているようだ。いよいよインドを出る日が来た。 昨日のIndian airlines との約束通り、free food、free drink の朝食をホテルで済ませると、私たちはタクシーに乗って空港へ向かった。色々あったけど、やはりこれが最後のインドになるだろう。その道沿いには、素晴らしい町の生活と景色が広がり、ちょっと名残惜しい。 さて、トリヴァンドラムの空港にて。インドの空港は、全てのチェックがとても厳しい。特に今回は国際線のフライトということもあって、これまで以上の厳しさだった。Immigration ではものすごく待たされた。それも、時間にならないと通してもらえない。やっとオープンしたかと思うと、少しして係官は何も言わずに電話をしに行ってしまい、なかなか戻ってこない。やっと戻ってきたかと思えば、途中でお菓子をつまんで他の係官とペチャクチャ。日本ではあり得ない!!!厳重チェックのあとセキュリティ チェックへ行くと、また時間まで開かない。やっと開いたかと思えば、今度はAirモルジブと同時間帯のフライトのため&厳重チェックのため、長蛇の列。ここでは1時間以上も待たされた。 さて、いよいよ…と思ったら、またもや1時間のdelayだ。結局、私たちより遅いはずのAirモルジブがとっとと先に出発してしまい、残った私たちに Indian Airlines の人が 「チャイとクッキーを用意してるのでどうぞ」 と全員に提供していた。まったく相変わらずだ!! そうして1時間遅れの12:40 にようやく飛行機は出発した。 みなさーん、インドに行って飛行機を利用する人は、時間通りには出発しないと思っていたほうがいいですよぉぉぉ。 |
||
十八章 追記:モルジブにて 〜インドは終わっていなかった〜 インドとは30分の時差のモルジブに到着すると、そこは別世界だった。とっても近代的でキレイな空港。ここでもImmigration にてものすごく待たされた。というのも、3〜4つのエアラインのフライトが重なって、空港はものすごい人でごったがえしていたからだ。やっぱり、モルジブは世界的に人気があるようだ。 ちょっとここでモルジブのことを紹介しておこう。 ここは、インド大陸の南、南北およそ800kmの範囲に、約1200の島が散在するモルジブ共和国。空港のあるマーレMALEは、モルジブの首都だが、ちまたで人々が”モルジブ”と言っているのは、ここマーレではなく、ここからさらに船で行くリゾートの島々のことである。 だから、モルジブへ行く際には、まずどの島へ行くのかを決めなければならない。私たちが選んだのは、南マーレにある、オルヴェリ島だった。 さて、オルヴェリ・ビュー・ホテルOluhveli View Hotelへ向かうスピードボートには、3組が乗っていた。2人のインド人(出稼ぎか?)と日本人のカップルと私たち。私たちは日本人がいたことでがっかりし、ボートの中ではいっさい彼らと話すことはなかった。 ホテルに着くと、日本人のキャピキャピした25歳くらいのカップルがいて、キャーキャー言いながらバトミントンをしていた。このホテルは日本人が経営しているホテルで、スタッフの中にも日本語が通じる人がいるという触れ込みのホテルだったのだから、日本人がいることはもちろん分かっていた。だが、私は日本人…特にキャピキャピした日本人を見るだけでとっても不愉快で、嫌悪感を感じた。それは夫もまったく同じだったようだ。 ”なにかが違う…。日本人のまったくいないリゾートならこんな気分にはならなかったのだろうか?” なにかここで私たちは異次元の世界を感じ、自分たちはここにいる人達とは違うような気分になっていた。もしかしたら、私たちには、他の日本人を寄せ付けない雰囲気まであったかもしれない。 1週間以上に渡るインド滞在で、私たちはすっかり変わってしまっていた。「インド人化」と言ったらいいのだろうか?ここモルジブは全てが安全で、静かで、物価は高く、日本語がすんなり通じ、インドとは大違い。正反対と言っていいだろう。私たちはすでにインドが恋しくなっており、インド人のポーターやらに妙に親近感を覚え、目はついついインド人の姿を探していた。 ここでは、ウェイターやフロントの従業員はモルジブ人やコロンボの人で、インド人は賃金のもっと安いポーターなどをしていた。 私たちの「インド人化」がもっとも顕著に現れたのは、食事であった。私も夫もインドにいたせいで、ちょっと…というか、かなり貧乏たらしくなっていた。食事中のジュースの注文は2人で1杯。他のテーブルではジュースやアルコールだけでなくミネラルwaterまで注文しているというのに、私たちはミネラルwater持参。私は、「タダ」のものはなるべく沢山…と貧乏丸出しで食べまくり、デザートも全種類取ってくるありさま。食事中も、私たちはずっとインドそしてインド人への懐かしさを語っていた。 モルジブでの日記を読み返すと、『食後、バーで無料のリンボーダンスを見て、部屋に帰ってきた』というくだりがあり、やたら、「タダ」とか「いくら」とかにうるさい私たちになっていたようだ。 さて、こんな風に書いていると、私たちはモルジブを充分満喫していなかったかのように思われるかもしれないが、実はそんなことはなかった。初めこそ、自分たちが何か異次元の世界に来てしまったような感覚に陥っていたものの、結局はモルジブの素晴らしさにあっという間に引き込まれていった。 そう、モルジブは、私がこれまで訪れた数々のリゾートの中で最高の所であった。 ”もう一度絶対訪れたい!!” と強く思ったリゾートはここモルジブだけであり、ここは、いかなる年齢層の人々にも対応出来るリゾートであった。海は遠浅なので、遠くの所まで歩いていってもまだ立てるので、泳げなくても、また子供連れでもまったく安心だ。 しかも、けっこう大きな魚がいる、いる!私たちは体験ダイビングにも挑戦してみたのだが、ダイビングなどしなくても、シュノーケリングで充分いろんな魚が見れたし、海に入らなくても桟橋に立っているだけでTVで見るような色とりどりのカラフルな熱帯魚を見ることが出来た。それはとっても小さい魚から驚くほど大きい魚まで…。 コバンザメやらナポレオンfish、美しいブルーの魚などなど・・。 *注)コバンザメ:頭の所に小判のような模様がついており、サメのお腹にこの小判でくっついて、サメのえさのおこぼれにあずかるらしい。(ハイエナのような魚だ!) この島は周囲約2kmの小さな島なので、私たちは何度か、シュノーケリングで島を1周した。1周しなくても、暇さえあれば私たちはシュノーケリングで海に潜っていた。先ほども言ったように、シュノーケリングだけで、まるで自分がとても深い所に潜っているかのようなカラフルな魚が一杯見られ、私たちはそのあまりの美しさに毎回感動していた。 珊瑚のえさを食べている魚たちのカシャッ、カシャッという噛む音まで聞こえ、その魚たちと一緒に泳いでいると、自分が人魚になったような気分なのだ。とても不思議な海の生き物たち。海は幻想的でロマンティックだ。海水は浅いところでとても温かいかと思うと、突然深くなってとても冷たくて、その急激な水温の変化にはびっくりした。 私たちは、そのほかにもいろんな珍しいものを見た。カメとマンタだ。 シュノーケリングをしているときに、なんとカメが下の方を泳いでいるのを発見!大きさは1m程か。ずっと見守っていると、私たちのいる上の方に泳いできたので、私たちはカメの真上を泳いでついていった。まるで、竜宮城にでてくるカメの背中に乗っているような気分だった。目の前(正確には目の下)にカメの背中がある。そのうち、カメは水面で酸素を吸うと、すぐに海の奥深くにまた潜ってしまった。とても貴重な経験だった。 そして、マンタ。遠くの方でヒラヒラと泳ぐ、斑点模様のマンタを発見。しっぽがとっても長い。私たちは全力で追いかけるも、優雅にヒラヒラと泳ぎながら、いつしか海の彼方へ行ってしまった。 これら2つのカメとマンタは、ダイバーの憧れだそうで、それをダイビングではなくシュノーケリングで、しかも目の前で見れた私たちは超ラッキーだった。それだけでも、ここに来た甲斐があった。 モルジブの素晴らしさは海だけに限ったことではない。ここで見たサンセットはとても素晴らしかった。今まで見たどの夕焼けより美しく、こんな美しい、まるで絵に描いたような空・澄んだ空を私は見たことがない。そしてそこには穏やかで静かな海。誰もいない海。唯一聞こえるのは、波の音だけ。そう、ここでは波の音だけが静かに時を奏でていた。この美しい空を目に焼き付けておきたい…と強く願ったが、目の記憶のなんと難しいことか…。 |
||
また私たちは、夜、誰もいないビーチに星を見に行った。あたりは真っ暗。「満天の星」とはこういうことをいうのか…。誰もいない砂浜に、白いビーチベッドを2つ並べ、私たちは星を見ていた。 日本では、オリオン座くらいしか見えないのに、ここではオリオン座が見えないくらいに無数の星が輝いていた。そして、ここでも聞こえるのは静かな波の音だけ…。海のさざ波をバックに私たちは2人きり、いつまでもそこにいた。そして、私たちはそのとき、ハッキリと光る流れ星を見た。とても美しい夜だった。あの同じオリオン座を、日本でも誰かが見ているのだろうか?とても不思議だ。こんな贅沢はないと思った。そして、こんな美しい星空を、モルジブの人たちは毎日見ているんだ。 モルジブに来て、本当に良かった。 |
||
十九章 インドはやっぱり終わっていなかった 〜Indian Airlines との結末〜 さて、15章のIndian Airlines との結末がその後どうなったか書いておかなければ、私の中でのインドが終わったことにはならない。 話を元に戻すが、15章では結局、バンガロールのIndian Airlines(以下IC)のDuty Managerに「モルジブに着いてから、モルジブのICのDuty Managerに話をするように。」と言われ、さらに「そこで、きっとホテル代は返金してくれると思う。」と言われ、いわばたらい回しのような状態で終わった。 そして、モルジブ到着。私は、昨日から、バンガロール、トリバンドラムにおいて、何度も何度も現在の状況をDuty Managerに説明するのに疲れ果てており、今回もまたここモルジブでDuty managerに説明するのかと思ったらほとほと面倒だったので、昨日のうちに、ことの次第を全て手紙に書いておいた。私の中では、バンガロールのDuty managerが言った 「モルジブでホテル代は返金してくれると思う。」 という、その場限りの言い逃れかもしれない言葉に全てを賭けていた。 ”"一度そう口にしたんだ!絶対払ってもらうからねぇ〜!” 私たちは、モルジブに到着するとすぐに、マーレ空港内のDuty managerの所へ行ってみた。そして、「昨日のdelayの件でお話しがあります。」と持っていった手紙を渡そうとすると…。 「ここではなくて、マーレ市内のIC office のDuty Managerで言ってくれ!」 なんと彼は手紙を見ることもせずに、私たちに手紙を突きかえしてきたのだ! ”なんてひどい!!手紙を読むくらいしてくれてもいいじゃない!あーあ、もうダメだね。やっぱりたらい回しか。” なーんとなく、こんなふうにして責任の転嫁をしながら、話がうやむやになってしまうのではないかとはうすうす想像していたものの、ICのそのやり方に腹がたった。こうなると、あと私たちが出来ることは、マーレ市内のIC office のDuty manager にこの手紙を持っていくことしかなかった。 でも、私たちはこれから、スピードボートに乗って1時間も離れたオルベリ島へ行くのだ。マーレ市内に行くすべはない。 ”仕方がない。ホテルに着いてから、日本語の分かるスタッフに相談してみよう。何か良い案があるかもしれない。” そうして、私たちはオルベリ島のホテルに到着した。ホテルには、日本人スタッフが2人常駐していた。そして、事の次第を説明すると、とりあえず、彼らは明日マーレ市内に行くので、ついでにICのofficeに寄って、私の手紙のコピーを渡してきてくれるとのこと。 でも、彼ら曰く、多分ホテル代の返金は無理だと言う。そして、トリバンドラムでのホテルをとってもらっただけでもGOODだと言い、私たちの話にはあまり同情してくれなかった。主人が、それじゃあせめて最終日の食事だけでも昨日食べなかった分として、つけてもらえないかと頼むと、それは旅行会社との交渉だと言う。とりあえず、明日faxで、旅行会社には伝えるとのみ答えた。彼らの対応は、とても事務的だった。 そんなやりとりがあったせいで、主人の怒りは、いつの間にかなぜかこのホテルの日本人スタッフに移行しており、ことあるごとに彼らに対して文句を言っていた。 ”まったくぅ〜。同じ日本人なら少しは同情してくれたりhelpしてくれたっていいじゃん!融通がきかないなぁ!!” まあ、よくよく落ち着いて考えてみると今回のdelayは悪天候によるもので、つまりはICのみならず全ての航空会社が遅れたワケで、仕方がないことではあった。だから、今となっては私はICに対して…というよりは、このやり場のない状況に対して怒っていた。 ”誰が悪いワケでもない。でも私たちだけが損してる…。” さて、翌日、ホテルの日本人スタッフがマーレ市内のIC office に私たちの手紙のコピーを届けてくれたらしい。そして、その日の夕方、IC からホテルにいる私たち宛てに電話がかかってきた。なんだかよく分からないが、とりあえず私たちの日本の住所をfaxするようにとのこと。 ”どうして?????でも、こうして連絡してきてくれたんだから、なんらかの対応はしてくれているのね。” と思っていたのもつかの間、翌日、遊び終えてホテルに戻った私たちの部屋に、ホテルのスタッフから電話があり、ICからの伝言を私たちに伝えた。そのメッセージとは、 「やはり、そこまでの支払い義務はICにはない」 とのこと。結果はあまりにあっけなかった。こうして、私たちとICとの闘争(?)は、終わったのであった。 …・と思っていたのだが…。まだまだ終わっていなかったのであった。Indian Airlinesは、私たちが思っていたよりはずいぶん誠実な会社なのであった。 日本に帰ってきて、2週間ほどしたある日。こっちはちょうどお正月が終わったばかりで、すっかりIndian airlines との件など忘れていた。1通のAir mailが ICから届いたのである。 ”なんだろう?” 封を開けてみると、そこには次のような文章が書かれてあった。
読み終えると、私たちは妙〜に興奮してしまった。なんだか、とーっても嬉しかったのである。新婚旅行から帰ってきて、またいつもの平穏な平凡な生活に戻って、 ”インドは楽しかったなぁ〜。また行きたいなぁ。” なんて余韻にひたっている頃に、まさにGood timing で、インドからの便りが来たのである。 ”インドはまだ終わっていなかった…まだ私たちとつながっている。” そう思っただけでとっても嬉しかったのである。そう、私たちはいつまでもインドとつながっていたかったのだ。もう結果なんてどうでもよかった。そして、こんな離れた日本に住んでいる、たかが小娘の苦情に対して、ちゃーんと対応してくれるICに対しては、かなりお株があがった。 それから2カ月以上経ったある日、またまたすっかりそんなことに関して忘れていた私たちのもとにICから最終報告書が届いた。
こうして、本当に本当に私たちのインドが終わったのであった。 |
||
完 |
メール |
トップ |