「SCW 蓼科ツアー2002 〜 私を女神湖に連れてって 〜

だいぽん

サッカー合宿『女神湖ツアー2』

 合宿が終わり渋滞回避のために寄ったサービスエリアで
の他愛も内会話…
「参加者全員の旅行記を乗せよう!」に、よもやこんなに
追い詰められるとは思いもよらなかった。
 合宿が終わって1週間すっかり過去の思い出として記憶
の片隅に追いやられた頃に入った1通のメール。「まだ旅行
参加者全員分が揃ってません。近日中で構わないので書い
て送ってください。」に会社帰り1杯呑んで気分良く帰路
に着いていた私はすっかり固まってしまった。ホントだっ
たのか…しかも「全員分揃っていません」ってことはちゃ
んと出してる人がいる!?それからは毎日書かなきゃ!
でも仕事で帰るのも遅い。のジレンマに夢にまで出るほど
追い詰められることになる。
 そして2週間たった今、悪徳金融の追いこみのような執
拗な催促メールが。「旅行記がまだ届いておりません。短
くても構わないので送ってくだされ。明日まで待ちます。」
その文面には出さなかったらあなたの死体が東京湾の近海
魚たちの餌になりますよ。しかも明日がタイムリミットで
すよ。という雰囲気が立ち込めていた…
しかたがないので観念して書きます。

1.出発

 だいたい出発からハードだった。金曜までしっかり残業
して働いてる人間に2時出発がいいですか?それとも5時?
って、どっちでも一緒や〜!と叫びたくなるほどのハード
な出発時間設定。とりあえず中途ハンパに寝るよりは勢い
で行った方が楽だと思い2時出発組を選択。

 2時出発組は2班。1つは小春車に『小春、セロ、シバ、
マツオ』が乗りニコタマ出発。
我がチョ〜カッコイイパジェロ号に『キャプ、OZA、
OK、私』が乗り三鷹出発。私は千葉に住んでいるため
三鷹まではすでに下道で約2時間の小旅行。

 10時頃家に帰りメシを食って、シャワーを浴びて12時
すぎに準備を終え、いよいよ出るかと思った直後、同じ組み
のキャプより電話が…
「5時出発でも良い?」。「まあいいよ」とは答えたものの、
寝るにも中途ハンパだし、かと言って今から出るには早すぎ
るしと…それにさすがに3時間後にハンドル握っとるヤツが
酒を飲む訳にもいかんし…
結局イメージトレーニングをしながら時が来るのを待った。
−このイメージトレーニングがあとで重要な意味を持つこと
になるとはこの時には考えもしなかったのだが…。

 さて三鷹駅で3人を拾い出発。一路蓼科を目指し我がチョ
〜カッコイイパジェロ号は軽快に走る。車内にはキャプが持
ち込んだCDが旅の雰囲気を盛り上げる。
すべては順調かと思われた。まさかこの後全員が凍りつく大
事件が発生するとは知る由もなく…

 中央道に入り、快調に走っていたチョ〜カッコイイパジェ
ロ号が相模湖付近に差し掛かったとき、それは起こった。異
変に最初に気がついたのは後部座席右側に座っていたOZA
だった。「ヘンな音がするよ」彼はそう言った。結構大きめ
にCDをかけていたのと、後ろにベッタリとはり付いて威嚇
するランエボの爆音のおかげで私は全然気がつかなかったの
だが、その直後妙な振動と共に減速する車。さすがに何かが
起こったことを悟った私はあわてず左車線に。その間にもど
んどんスピードが落ちていくチョ〜カッコイイパジェロ号。
その時ラッキーだったのは今中央道が拡幅工事の真最中であ
ったこと。そして目の前に工事用の拡幅部があったことだっ
た。
 私は瞬時に判断しそこに緊急停車した。そして車外に出
(人生で初めて高速道路に降り立った瞬間だった。)、異
音がしたという右後輪部を見たときあまりのことに思わず
言葉を失った。キレーに後輪ペッタンコ。ホイールしか残
ってないのであった。
 その瞬間の気持ちを文章で表すとしたらこんな感じ→
「!!!」
 一瞬途方に暮れかけたその時前日のイメージトレーニン
グを思い出したのだった。次の瞬間にはイメージ通りの迅
速な行動を開始していた。途中トレーニング不足の奴等が
負傷するアクシデントなどはあったが、あの大きなチョ〜
カッコイイパジェロ号のタイヤを小1時間でスペアに取り
換えることに成功。旅に甚大な遅れを出すことだけは免れ
たのだった。よかった。前日寝ようか迷いながら万一を考
えイメージトレーニングをやっておいて。本当によかった。
 今までに普通車のパンクには遭遇したこともあったし、
タイヤの取り換えも何度かやったことはある。しかしチョ
〜カッコイイパジェロ号はそれとはちょっと違う。何せタ
イヤがまずデカイ。それに車重も軽く1tを超える。ジャ
ッキアップなんか油圧ジャッキを使うのである。油圧ジャ
ッキなんか使ったことある?フツーねーよ。
 スペアタイヤを履き、右後輪タイヤをスペアの位置に取
りつけて初めてその傷口を見てまた「!!!」な気持ちに
なった。ザックリ裂けたタイヤはまるで缶切りで缶を開け
た時のそれのように接地面の所でキレイに切れていたのだ。
本当に綺麗に…そうまるで夏に咲く大輪のヒマワリのよう
に…。
 さすがにスペアに取り換えたとはいえ、日ごろスペアタ
イヤの空気圧などにあまり気を使ったこともなかったため
本線復帰したあともスピードを控え60キロぐらいで走行
し次のICで一旦降りることを提案(過去に一度スペアタ
イヤ取り換え直後にスペアタイヤが空気圧不足で脱輪した
ことがあった。)。全体の過半数の賛成を得たため次のI
Cを目指ししばらく60キロ走行は続いた。後ろは行列が
出来かけていた。さすがに申し訳ない気分になったがなん
せこちらは命が懸かってる。もしもう一度脱輪でもしたら
それこそレッカー移動の憂き目にあう。レッカーならまだ
いいがもし事故でもなったら…そもそも1回目のパンクの
時でも何事もなく安全な場所に止められただけでも奇跡に
近いのに。後ろに取り付けられた痛ましいタイヤの傷跡か
ら事情を察してくれ。などと考えながら焦る気持ちを抑え
ていたら、後ろで執拗にアオっていた1台のオッチャン車
(たしか平成元年式のカリーナ)が追い抜きざまに横付け
し、こっちを凄い形相で睨みながら何かを叫んでいた。車
にお似合いのバーコードハゲのオッサンのみならずその助
手席の(やはりこちらもお似合いの)オバハンまでが!!
 さすがにこの瞬間は全速で追っかけて、果てしなくアオ
り地獄を見せてやろうかと(自己記録車間約30p)考え
たが、同乗者たちの暗く沈んだ不安な顔を見て我に返った
ものであった。

数キロ行って無事相模湖ICで降り、コンビニで朝飯。ガ
ソリンスタンドでタイヤを再点検し再び上野原から高速復
帰。いきなりスタートからつまずく結果となったがその後
は大過なく待ち合わせの温泉に着くことが出来た。
 そういえば相模湖ICでのことだが、料金所でお金を払
っているとき通行券を見ていた料金所職員に府中から乗っ
た割に相模湖までの時間がかかってることを不審に思われ
事情を聞かれた。ちゃんと見てるんだなってことに少し驚
いた。その時パンクしてタイヤを取り換えていたことを説
明し、後ろに取り付けられた痛ましいタイヤの姿を見せて
納得してもらったのだが、職員から「いや〜すごいねー」
と言われナゼか少し嬉しかった。

 無事みんなと合流したところでみんなは温泉に。さすが
に昨日から寝ていない私とキャプ、OZAは我がチョ〜カ
ッコイイパジェロ号で仮眠を取ることになった。
 その後昼飯を食って、一旦荷物を置きにペンション
(前回と同じ所)に寄ったことはここでは省くことにする。


2.合宿1日目

 ここで今回の参加者について触れておく。
 まず参加者は、なみキャプ、TOK副キャプ、OZA、
小春、セロ、私ともう1人この日の為に名古屋から駆けつ
けたM田。ここまでが合宿常連組。過去2回この蓼科合宿、
山中湖合宿を経験したメンバーだ。
 山中湖から2回目の参加がOTTI。
 そして初参加組がOK、シバ、マツオ。
 OKが初参加と言うのは少し意外な気もしたが、記憶を
辿ってみると確かに過去2回ともいない。

 このメンバーで合宿初日がスタート。

 13時から17時までたっぷりとフットサルを楽しんだ。
ルールは10点先取方式。さすがに寝ていないだけにあまり
体調は良くなかったが、少し霧雨交じりの涼しい中でのフッ
トサルなので体力的にはあまりバテることなく最後まで走る
ことが出来た。誰が活躍したとかスゴかったってのはあまり
覚えていない。ただ私が一番光っていたのは確かであろう。

 前回ここに来た時も思ったのだが、夕飯がうまい。いい汗
かいた後だからかもしれないが今回もうまかった。次々出さ
れる料理の数々は次々と胃袋に吸い込まれて行く。また、一
緒に飲むビールがうまい。
 すっかり満足し、もう寝るだけの気持ちになっていたのだ
が、やはり今回もあった。
 恒例の部屋飲み。しかも今回は我が部屋が舞台。
 ペンション側からは厳重に禁じられているのだが毎回行わ
れる。「もういいよ。寝ようよ」頭では思っているのに体は
意に反して率先して買出し組をかってでる。もう眠くてしょ
うがないのに酒が目の前にあるとなぜか元気になってくる。
自分の酒好きを恨みつつ、結局廊下に寝そべってOK、
OZAと3人でわいわい煙草を吸ってるところをペンション
のオーナーに見つかり軽く注意を受けるまで宴は続いた。
 その時ですでに0時。一旦みんな部屋に退きようやく我が
部屋に平穏が訪れたとき、まさにまどろみに入った瞬間だっ
た。
 すっかり忘れていた。恒例の女神湖ツアーを!
 急にあわただしくなる廊下。ざわめくバカども!花火をし
ようと意気上がっている。すでに防寒着に身を包んだ
(薄れいく意識の中なのでハッキリ覚えていないが、確かT
OKだったと思う。)が呼びに来た。すぐ行くと答え、同室
のマツオにドアに鍵をかけるよう指示。布団にもぐりこんだ
のだった。

 ヤツ等はホントに行ったらしい。あとで聞いたがマツオも
しっかり行ってたらしい。正にバカである。寝ようよ夜は。
 この時ノリの悪かった私のことを、年だから夜に弱くなっ
たと思ったヤツ!違うぞ。さすがに金曜の朝6時に起きて以
来、あいだに仮眠の小1時間を挟んでるとはいえほとんど3
0時間起きっぱなしだったんだ。それも土曜の朝6時前には
タイヤの交換、昼にはサッカーまでしてたんだ。フツー誰だ
って眠いよ。そんなの。
 他のメンバーはまだ続く合宿1日目だが私は少し早めに終
了。


3.合宿2日目

 他の奴等より少し早く寝たとはいえ休みの日に6時間程度の
睡眠はさすがに辛い(平均休日睡眠時間10時間)。
 しかし当ペンションの朝食は7時から。なんてさわやかなっ!
 しかし目が覚めてみると、すっかりこのさわやかな生活にハ
マっているのか前日夜に劣らぬ食欲で次々と料理を撃破。
 私以外のみんなも欠食児童のごとくペンションの食事を吸い
込んでいく。パンのお替わりも次々と胃袋に消え、その日用意
された最後の1個までも食べ尽くしてしまったのであった。

 朝9時、ペンションに別れを告げグラウンドへ。今日もフッ
トサル。前日と同じ10点先取方式で行われた。昨日はM田の
到着が遅れ、5対5で行われたが、今日はM田を入れて5対6
で行われることとなる。

 この日一番光っていたのはOTTIだった。とにかくシュー
トがおもしろいように入る。打てば入るような状態でおそらく
得点率にすれば8割は超えていたのではないだろうか。とにか
く決めまくっていた。
 そして次に驚かされたのがM田だった。前回の合宿でアワを
ふいたとの噂もあるほど体力がなく、ほとんどお荷物のようだ
った彼がこの日は別人の動きをしていた。パスもドリブルも以
前の彼からは想像できないほどうまく、度々ゴールを脅かす。
そしてついに得点。おそらくこのチームで彼を見た中で初めて
の得点だったのではないかと思う。
 囲碁のおかげで視野が広くなったのだろうか…広くなったの
はあそこだけではなかったようだ。
 また、風邪で体調が良くないといっていた割にマツオも調子
はよさそうだった。彼はとにかく動いてくれる。キックインや
ゴールキックのとき、動き回って相手のマークをはずしてくれ
るので非常にボールを入れやすい。マークがはずれなくても動
いてスペースを作るので他の人間にもボールを入れやすくして
くれる。いいFWだと思う。
とことんゴールにこだわるOTTI、どんどん動いてスペース
を作るマツオ。いいコンビなんじゃないかと感じた瞬間であっ
た。

 昨日もそうだったが、とにかく接戦になる。意外にみんなあ
まり力の差がないのではないかと思う程。この日も2ゲーム目
で10−2の大差がついただけであとはほぼ1点差ゲーム。こ
れがまた燃える。普段ミニゲームとかはあまりやる気が出ない
のだが、なぜか異常に燃えた。これが合宿効果なのかもしれな
い。
 とくに時間的に最終ゲームといわれたゲームは6−2で圧勝
ムードから一転9−9の大接戦にもつれ込み、メチャ盛り上が
った(私だけかも知れんが)。
 あの時の集中力を試合で発揮したいものだと思う。最後にボ
ールを持ち込んでシュートを打ったときはディフェンスの足の
動き、GKの位置までハッキリ見え、すごい冷静に少し浮かし
たシュートをうった。これが決勝ゴールとなったが、入った瞬
間は多分今までで一番うれしそうな表情をしていたと思う。

 結局それが最終ゲームにはならず、若干時間が残ったので5
点先取のゲームをやったがその時はすでに燃え尽きていたので
GKをだるそうにやって終了。
 終わってみれば私の活躍のおかげでこの日は負けなしであっ
た。昨日から振り返ってもそういえばあまり負けていない気が
する。私のおかげなのは明白であり、おそらく今後の私の起用
方法についてキャプも少し考え方を変えた瞬間だったのではな
いだろうか?

 やはりサッカーはいい。前回は結局2日目はサッカーをやら
ず、パットゴルフをやり、私はそこでも才能を発揮し優勝した。
しかし何かしら物足りなさを残した合宿であった。
 今回も合宿前には2日目はテニスだとか軟派な意見もあった
ようだが、やはりサッカーをしに来ているのだ。これからもス
トイックなサッカー漬の合宿であって欲しい。
 試合後の充実したときの中で私は一人遠そんな事を考えなが
ら、遠くを見つめたのであった(連敗だったらまた考えも違っ
ていたかもしれないが)。


4.帰路

(1)牧場

 さて、合宿の全日程を終了しいよいよ蓼科に別れを告げると
きが来た。ここでもやはり恒例行事がある。
 長戸牧場の牛乳&ソフトクリームだ。
 今年もやはり来てしまった。昼飯ついでに来たのだが、昼の
時間も終わっており、半ば強制的にカレーライスかマキバご飯
を食べさせたれる結果となってしまったが、メシにありつけた
者はまだ幸運だった。ここで一番不幸だったのはM田だろう。

 全員が食券を買い、メシを手にテーブルについたとき何も持
っていない者が。それがM田だった。本人いわく腹の調子が良
くないので控えたとのことだったが、みんながおいしそうに食
べる姿を見、また朝から何も食べていなかったこともあり、皆
が食べ始めた頃やはり耐えられず食券を求め外に飛び出して行
った。
 しかし、しばらくしてやや寂しそうにやはり手ぶらで帰って
くる彼。どうしたことか理由を聞いたところ、ご飯がなくなっ
たとのこと。
 結局彼はみんながおいしそうに食事している姿を空腹に耐え
ながら見つめることしか出来なかったのである。

 教訓−思い立ったが吉日

 食事も終わりお土産を買おうと思った私はTOKに聞いた。
「どっか土産屋に寄るん?」彼は言った「ここで買ったらええ
やん。」

 −ここで?

 そこにはあたり一面牧場グッズ、乳製品がところ狭しと並ん
でいる。これでは私がどこに行ったかわからんじゃないか。
 しかし時間も時間。すでに17時(家までは約4時間かかる)。
私に迷いはなかった。

 −買おう!

 そして新たな迷いが。

 −なにを?

 カウベルを買ってもしょうがないし、ジャムとかなんかは斑
尾産だし、乾燥野沢菜買ってもなー…
 結局長戸牧場のチーズが入ったチーズクッキーと長戸牧場牛
乳を購入。この牧場牛乳選択がこの後プチ悲劇を生むことにな
るのだが、それは非常にデリケートなプライベートな部分に触
れることになるのでここでは省くことにする。

 牧場で今回わざわざ名古屋から駆けつけてくれたM田氏の労
をねぎらい、また氏の名古屋転勤のときに何もしてやれなかっ
た皆の思いが爆発。
 それはM田氏を胴上げしようというM田氏にとっては超迷惑
な形で表現された。
 結局胴上げは写真がうまく撮れなかっただの、向きが悪いだ
のいろんな理由で幾度となく繰り返され、へろへろになったM
田氏を置き去り解散。
 改めて帰路についたのである。


(2)渋滞

 帰り道まず切実な問題に直面することになる。金である。

 そもそもこの合宿参加にあたって私の所持金は6,000円
しかなかった。金曜の夜会社帰りに金をおろそうと思ったのだ
が果たせなかったのである。その日20時50分に自宅最寄駅
についた私は帰り道にあるコンビニでお金をおろそうと計画。
セブンイレブンに入店したのが20時59分。キャッシュカー
ドを手にATMに向かった。しかしそのATMは客であるはず
の私に対し拒んだ。そう。無情にも東京三菱銀行のお取扱い時
間は21時までだったのである。
 ご利用明細のお取扱い時間は21:00。なんとぴったり終
了時間。「ええやん。たった数秒やん。」と心で叫びながら何
度かカードを入れてみたが同じ。所持金6,000円でのスタ
ートとなったのである。さらに不孝は重なる。我がチョ〜カッ
コイイパジェロ号も燃料が残りわずか。これでスタートしても
いいが、下手すると蓼科につけない。しかたなくなけなしの金
を払い給油。ついに所持金は2,000円に…。

 こんな状態でスタートしたため三鷹でキャプ等と合流後ただ
ちにキャプに10,000円の特別融資を受けることになる。
さらにキャプへの融資依頼は続き、ペンション代を払うときに
さらに10,000円。合宿中に資金繰りがうまく行かずこれ
が焦げついてしまい、帰るときになってなみキャプ銀行も破綻
寸前となり、日銀ともいうべきOZA銀からの資金注入に頼る
有様。さらに不良債権と化した私自身も資金繰りが悪化。OZ
A銀に5,000円の追加融資を受けてなんとか持ちこたえて
いる状態。会社更生法を適用し借金をチャラにしようとも思っ
たが、それは銀行側が許さない。

 帰り道はまず、コンビニか銀行を探すことから始まった。途
中2軒のセブンイレブンに立ち寄ったがコンビニATMの文化
はまだこの地域まで伝播しておらず、さらに2軒目のコンビニ
近くにあった信用金庫も三菱のカードは受け付けない有様。結
局本当の不良債権となってしまったのである。
 なみキャプ銀行には本当にすまない事をしたと思う。だから
田舎は嫌いなんだ!
 しかし当のなみキャプ銀行は意外に緩慢経営で2軒のコンビ
ニでお菓子を買うことにすっかり資金を使い果たしていた。な
んだよ。「心の像紀行」って。しかも俺の車に置いていくなよ。
坂本竜馬とクラーク博士!

 そして諏訪から中央道に乗り、順調に山梨に入った私たちの
前に新たな事件が。

 渋滞である。それもハンパじゃないヤツ…

 甲府に入った頃に高速の掲示板が目に入ってきた。談合坂SA
−高井戸IC 渋滞30q 4時間以上
 最初に気がついたのはOKだった。「渋滞してんで。30qや
って」その掲示板を見落としていた私は耳を疑った。1桁間違っ
てるんじゃない?とも思った。次に掲示板を見たときにそれが現
実であることがハッキリした。
 当初予定では談合坂で全員一旦集合し、そこで精算をして解散
する予定だった。しかし談合坂から混んでる以上、談合坂も混雑
していると思って間違いはない。
 そこで先頭を走って、まずその渋滞に気が付いたチョ〜カッコ
イイパジェロ号組は携帯で後続の2台のダサダサ亀車にこの事実
を伝え、もう少し手前の双葉SAに集合することを提案。TOK
の亀車にはすぐ連絡がついたのだが、小春の亀車と連絡が取れな
い。TOKの亀車にこのことを伝えたところ、なんとかする。と
の頼もしい返事。そこで我々は2足早く双葉SAで残りのダサダ
サ亀車2台が到着するのを待っていた。
 トイレをすまし、渋滞情報の詳細を確認した。まだ着かない。
その時携帯から信じられない事実が・・・。それは双葉SAに入り
損ねたというものだった。
 一同は唖然とした。後で聞くとそこに行き着くまでには壮絶な
ドラマがあったらしいが、その話は当事者に任せる。

 さて仕方なく双葉SAの次の境川PA集合になってしまったが、
渋滞をどうするか?
 意見は二つに分かれた。ここにとどまり渋滞が収束する頃に帰
る派。と下道を使ってでも今帰る派。しかし今帰る派は超少数派。
つまりその時点で私だけ。
 とどまる派は0:00頃まで境川にいてそれから帰るという。
それでは間違いなく帰宅は2時を超える。
 とどまる派はすでに長期戦に備えトランプなどまで用意してい
る。
 だが、私は嫌だった。時間は20時を少し回ったところ。あと
4時間もこんなところでじっとしてたくない!
 そう心に決めた私は同乗者のキャプ&OKを説いて回った。下
道のメリットを存分に説いて。まるで先物金融の営業マンのよう
に、リスクの話は軽く流しながら。
 すると意外にも彼等はあっさりと快諾したのだった。ただOZ
Aだけは帰る方向が少し違うため、ここで別れることになってし
まったのだが。

 そうと決まれば話は早い。早速全員を召集してとっとと精算を
済ませ、我がチョ〜カッコイイパジェロ号はSAを出て行ったの
だった。
 確実に帰宅が2時を超えるであろう亀どもを残して…。
 しかしこのあとあれほど下道のメリットを自身ありげに語って
いたその男に虎たちは噛みついた。そしてあれほど自信ありげに
語っていた男の理論は音を立てて崩れていくことになる…
 ではその息詰まるやり取りの一部始終を見てみよう。

 次の一宮御坂ICで早々に高速を降りたとき同乗者に到着予定
時刻を尋ねられ、その男は目標0:00と答えた。
 高速を降りるなりいきなり長野方面に走り出したチョ〜カッコ
イイパジェロ号に一抹の不安を抱きながらも希望に燃えた下道旅
行は始まったのだった。
 道中はとにかく順調。あっという間に次の勝沼ICが見えてき
ていた。ここまでその男は境川に残った亀どもを嘲り、罵り、己
の理論のすばらしいことを強調しつづけていた。
 しかしもう勝沼ICがあと数キロ先に見えたとき、その男のお
喋りは止まった。動かない…そう。まるでそこにどうしても越え
ることの出来ない壁が存在するかのように…
 先ほどまで男の理論にすっかり魅せられていた虎たちはなにか
がおかしいと感じ始めていた。しかしまだ虎たちは男に好意的で
あった。
 ICの前後はやはり混むものだ。そう男は説明した。それは最
初に下道のメリット、デメリットを説いていたときには何一つ触
れなかった事実。
 それをしどろもどろに説明する男。−虎たちの表情が少し曇る…
 結局勝沼ICを抜けるのに1時間近くを費やし、また道中は順
調さを取り戻した。
 しかし順調になったにもかかわらず男の表情は硬い。懸命に今
のロスは大した問題じゃない。そう語る男にすでに最初のキレは
なくなっていた。
 この男の変化を虎たちは見逃さなかった。すかさず人生経験豊
富なキャプが質問を投げかける…到着時刻は?と…男はすぐには
答えられなかった。
 一瞬の間を開けて1:30と答えた。しかしそれはすでに目標
ではなかった。希望でしかなかった。そのことは男の表情が全て
を物語っていた。あれほど饒舌だった男の長い沈黙が…
 そこにTOKからOKに電話が入る。今出られるのはマズイ!!
男はとっさに電話に出ないよう虎に申し出た。不審に駆られるOK
しかし、最初から少し疑っていたキャプと違いその虎はその申し出
を受け入れた。じゃあどうする?そう聞かれた男はメールで返事を
出すように言った。虎は男の言うがままにメールを打つことにした。
そう。それはまるで全てを知っているのにやさしく嘘を聞いてやる
母親のように…メールにはまるでもう今にも三鷹に着くかのような
内容が踊った。しかしそこには時間を特定するものはなにも書かれ
ていなかった。
 その後それまで好意的だった虎も徐々に牙を剥きはじめる。
 長い沈黙があった。
 ICを出てから2時間半。未だ大月JCTにも辿り着かない車。
すでに男は敗北を認めざるを得なかった。
 しかし男は強がった。大月ICでの気の遠くなるような渋滞。虎
たちもすでにこの男に諦めの色を隠さないのに。男はまるでドンキ
ホーテのように強がるのだった。
 男はこう説明した。大月JCTが一番の山場だと。そこは渋滞の
起点とも言える談合坂SAの目と鼻の先のIC。ここを越えればす
ぐだと。
 しかし虎たちはそこを越えるのが問題だと思っていた。
 冷静であれば、また旅が順調であれば男の頭にもここから高速に
乗ろうという発想が生まれただろう。その方が早いかもしれないと
いう計算が働いたであろう。
 しかし男には意地があった。下道で帰らなければ!嘲笑し、罵っ
ていた奴等に劣ることになる。その意固地なまでのプライドがさら
に男を破滅へと導く。
 やっとの思いで大月ICの入り口まで来たとき男はハンドルを国
道のほうへ切っていた。それはまさに絶望への道であった。
 大月を越えると国道20号は急に険しくなる。道が狭くアップダ
ウンが激しい。先頭を行く遅い軽に悪態をつき続ける男。そこには
自分の理論は正しい。しかしこの軽がそれを邪魔している。そう言
っているようにも見えた。
 虎たちがすでに自分から離れていることに気がついた男は目先を
そらすことを試みる。

−お腹が空いた。

男の最後の賭けであった。食事に時間を費やし所要時間を見えにく
くしようという…。それは詐欺師の口上であった。すでに最初の頃
の自信ありげな男はそこにはいなかった。
 そこにいるのは必死で体裁を取り繕おうとするただの詐欺師…
 男の賭けは当たったかに見えた。相模湖ICを越え入った一軒の
ラーメン屋。冒険家の虎OKが食べた激辛坦坦麺のあまりの辛さに
一同は時間を忘れ盛り上がった。
 再び車が走り出したとき男の口には薄ら笑いすら浮かんでいた。
歴戦の虎もちょろい。そんなふうに考え始めていた時、突然虎が噛
みついたのだった!
 それはすでに途中から男に疑いを持ち始めていた虎−キャプだっ
た。「TOKたち今頃どこかな?」男は固まった。時間はすでに
1:00を回りもうこれ以上嘘はつけない…
 男はこわばった表情で喘ぐように言った。ラーメンとか食べてた
し結構時間くったけどまだ抜かれてはないと思うよ。と。
 男にはわかっていた。もうまもなくほぼ間違いなく抜かれるであ
ろうことを。
 虎たちはやはりそんなに甘くなかった。ちゃんと男の意図を見抜
いていたのだ。

 どことなくぎこちない雰囲気に包まれながら車は走りつづけた。

 三鷹着は2:30あきらかな敗北感の中それまで虚勢を張りつづ
けていた男が突然フッ切れたかのようにこう呟いた。ごめん。かえ
って遅くなったかも…それはついに敗北を認めた瞬間であった。
 それまで厳しい表情だった虎たちもなにかにフッ切れたかのよう
に優しい表情で「長い運転お疲れ様」と言った。そう。虎たちは男
が憎くて攻撃したわけではない。自分の非を認める勇気を持て!そ
の甘い時間の読みを改めろ!謙虚さを大切にしろ!そう言いってい
るようであった。
 結局目標額には届かなかったが、最後に詫びを言って帰っていく
男の後姿にはその悔しさや、恨みは何一つなかった…


5.帰宅

 結局OKを家まで送り届けたのが3時前。新宿ICから首都高に
乗ったもののすぐ目の前の代々木PAでギブアップ。ここで朝を迎
えることになった。
 我が家に着いたのは朝の8:00ちょっと前。荷物をそのままに
「今日の占いカウントダウン」を見て力尽きた。

 良かった。3連休で。それを噛み締めながら。
 やはり合宿は3連休だね。是非来年もそうしてほしい。
 今改めてこう旅行記チックなものを書いてみて色々あったことを
実感するが、家に帰りついた直後は自分はどこに何をしに行ったの
かすら忘れていた。
 やはり疲れるものである。それだけに翌日が休みであることが重
要なのである。
 3連休は素晴らしい。今後日本にも週休3日制の時が来るだろう。
その日を夢見つつ。筆を置きたい。

 恐らく後半は誰も読んでいないだろうと思い、かなりいい加減に
書いている。万一今この文章を読んでいる人がいたら、私は会って
是非言いたい。

あんたヒマやな〜。

お・わ・り

 

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