*   Eve. Steve×Yukio   *





 本も読めそうなほど強く澄んだ光を、満月が落とす。
 砂を洗う静かな波音が繰り返し、その律音は時間の流れを感じさせない。
時が動かないというよりむしろ、永遠にこの穏やかさが続くよう錯覚させる、幻想的な調和を保つ風景だ。
 晴れた夜空に月。白砂に寄せる波。完成された久遠――。
 さくさくと砂を鳴らして、雪尾は浜辺を歩いた。
 精密で静かで冴えた美貌は、月光を思わせる。つまらないパーティへ出席、という今夜の仕事を終えた帰りで、黒に近い濃緑のスーツ、タイ代わりに緑ベルベットの細いリボンを首に巻きつけ、宝石で留めている。白いロングコートを羽織り――大きな花束を肩に担ぐようにして持っていた。
 淡いオレンジ色のガーベラが混ざる以外はすべて白で、豪勢な花々も月光の下ではどこか寂しげに仄青く淡い光を放つのみだ。
 長い距離を雪尾は歩き、波をかぶらない足跡が続く。
 やがて足を止め、顔を上げて海を見つめた。
 無表情だった瞳にわずか、苦い悔恨がよぎる。
 何事か呟くようにうすく唇が開き――結局、言葉は発せられないまま、また結ばれた。
 海へ近づく。
 靴先に波が寄せるほど進むと、花束を降ろし、砂上へ置いた。
 立ち上がり、もう一度海の果てを見つめ、ゆっくり瞬きすると、瞳をそらした。
 内ポケットを探り、煙草を取り出す。
1本くわえて火をつけると、くわえたまま、コートのポケットに手を入れて、また浜に沿って歩き出した。
 伏せた瞳の表情は読めない。
 かすかに風が吹いて、煙を後ろへ流してゆく。
 …ふと瞳を上げ、行く手の浜の先を見つめた。


 舗装された道路をすべるように走ってきた白い車が、静かに停まった。
 スポーツカーとまではくだけていないが、流れるようなボディラインの、2人乗り用である。
 助手席の扉が開き、運転者にかまわず降り立つ。すぐに運転席のドアも開いた。
「家まで送るよ」
「いえ。本当にここで結構ですから」
「だってここは海じゃないか」
「海を見て帰りたい気分なんです。もう家も近いですし」
 そう言いながら相手を振り向きもせず、ナビシートの扉を閉めたスティーブは、ゆるい坂を浜へ降りてゆく。
 家が近いと言いながら、このあたりには海以外は何もない。運転席のドアを閉めた男は、唇の端にうすく笑みを浮かべて、
「ははあん? わたしと海を?」
 腕を組んで肯くと、スティーブの後を追った。
「そういうわけでも」「ないんですが」
 瞳を伏せ気味に微かに笑んで、スティーブは海へ向かう。
 スティーブの表の職業はフリーの翻訳家で、今夜は現在契約している大手出版社の懇親パーティに出席した。
 自由契約とはいえしがらみがないわけでもなく、またこの業界は裏情報の取引量や速さもかなりだ。出席して、利はあっても損はない。イブの夜だと言ってもどうせ彼も今夜は仕事で遅いようだし、早く帰宅する必要もない。
 黒のスーツに、リボンタイを宝石で留めている。腰の上のほうで絞られた細身の白いロングコートを羽織ったスティーブは、月の落とす白光に深い金の髪が風に揺れて、幻めいた美貌を呈していた。
 海の彼方を見つめるスティーブに見惚れる、傍らに立つ男は40才前後で、淡い茶の髪を後ろへ撫でつけ、細い金縁の眼鏡をかけている。185cmを超すスティーブよりもさらに背は高く、それに見合う肩幅で、背格好はなかなかバランスが取れている。クリーム色の立襟のジャケットを着、タイ代わりにスカーフを結んでいた。スティーブよりはラフなスタイルだ。『ナイスミドル風二枚目』ではあるが、そこから来る自信と気障が今ひとつ軽薄な印象を与えた。
「…なあスティーブくん。あの話、考えてくれたかい」
「どのお話でしょう」
「うちの専属契約の話だよ。フリーでやるより、ずっと待遇いいよ」
 実はこのナイスミドル風な男は、スティーブの現在契約している出版社の重役だった。白人系地球人で、名をリチャード=リードと言う。
「フリーのほうが性に合ってますから」
 唇にうすく笑みを刷いたまま、波の果てから目を逸らさずにスティーブは答える。
「それと」
 男はさりげなくスティーブを伺い、やや向き直り気味に腰に手を当て、立ちポーズを取った。
「部屋を用意するから、そちらへ越して書かないかという話も。聞けば誰がしかと同居なんだそうだね。 いろいろ不便なこともあるだろう?」
「同居というか…」
 ぼんやりと海を眺めながら、顎に手を当ててスティーブは呟く。半分上の空のスティーブの瞳は力がなく頼りなげで(そのようにリチャードには見え)、ますます見惚れた。
「不便は特にありません。都合のいいことばかりですね」
「職場としてはどうなんだね。集中できなかったりとか」
「辞書や専門書が揃ってますし。ネット環境も良いんで、資料で困ることはないですよ。それにオレが仕事している時間帯には、誰も家にいませんから」
 実際あの部屋には、大手の本屋にも在庫がなかったり、取り寄せに5日もかかるような地域限定書物が無造作に本棚に突っ込まれていることがある。
かと思えば同じ本が3冊もあって、どれも同じページに折り癖がついていたりもする。(推測するに、持ち歩くのがめんどくさくて職場用・家用として置いておいたものだろう。なくしたと思い買ったらあとで発見した、というのが3冊めあたり。)
 同居人の本の趣味には助かることも多かったが、それ以外の理由で――むしろその理由のためにまず、スティーブはひとり暮らしをするつもりはなかった。
 穏やかな笑みを見せながらも良い返事をくれないスティーブを、リチャードは横目で伺った。
 バイセクシュアルであるリチャードは、その『紳士的な軽さ』によって社内外でも好感度は低くない。仕事上でも先を読む感性と、大胆な企画を冷静に立てる手腕で売り上げを大きく伸ばした功績により、早いスピードで重役となった。
 スティーブは、別の出版社の仕事をしているうちからリチャードに、契約が終了したら次は是非うちに来てくれと口説かれていた。これは珍しいことで、なぜならスティーブの語学力の半分以上を、リチャードの大手出版社では翻訳ソフトでカバーできるはずだからだ。訳者が契約を望まれるのはたいてい単発ものの地方原語で、設備を整えるよりも訳者と契約するほうが合理的だと判断する中小企業がほとんどの対象となる。
 つまりはそれだけリチャードが、スティーブを望んだということだ。スティーブ自身を。
「…なぁ、スティーブ?」
 いつのまにか呼び捨てに、雰囲気たっぷりに、リチャードはそっ…とスティーブの肩に手を置いた。
「わたしの気持ちは、知っているんだろう?」
 この極上品を、自分のものにしたい。スティーブがストレートかもしれないという確認すら、どうでもよくなっていた。
 先のことは考えない。とりあえずまず、触れてみたい。
「恋人とか、いるのかい。――いるんだろうね。誰もが放っておくまい。わたしのことはどう思う? わたしはそこらの人間よりは地位も名誉も人格もあると思うが」
 スティーブはくすりと笑って、
「どうでしょうねぇ」
 どの言葉に対しての反応なのか、後半に対してならばいささか失礼な物言いだが、その笑顔も、声の響きすら、ますますリチャードの欲を煽った。
「恋人は、どんな人なんだね。もしや同居しているのは恋人と? わたしと比べて、どうだい」
「比べて、ですか。難しいですね」
 顎に手を当て、上目で空を見る。首を傾げるその様子がかわいらしく、思わずリチャードはスティーブの肩から頬へ手を移した。
 手のひらで頬を包み、顎のラインまで指先で愛撫する。
「…スティーブ」
 触れてみたい。この存在に。肌に。味わってみたい。
どんな味がするだろう。自分の腕の中で、どんな風に喘いで、啼いて、果てるのだろうか。
 引き寄せる腕に逆らわずに、瞳を細め、うすい笑みを唇に浮かべて、スティーブは呟いた。睦言のように、甘く。
「…オレにあまり近づくと、危険ですよ」
「何がだい? きみが? きみの魅力がかい?」
「…たとえば…戦車が突っ込んできたり」
 顎に手をかけ、上向かせて。
 唇が触れ合うほどに近づいた時。

 戦車?

 と思う間に、


どかっ


「うわだっ」
「はいちょっとごめんなさいよー」

 ヒュッと風の鳴る音とともにすさまじい勢いで何かがぶつかってきてリチャードは吹っ飛ばされ、10歩もよろめいたあげくにようやく砂を踏みしめ、かろうじて転倒を免れた。
「な゛っ…いったい」
 胸を強打され、肺が苦しくて思わず前のめりに押さえて咳き込むと、頭上へ冷ややかな声が降ってきた。
「こんなところに立ってたら危ないでしょ。通り道なんだから」
 治まってきた胸の痛みと入れ違いにイイところを邪魔された怒りが上ってきて、
「なんだねきみはっ。通り道ってだいたいここ海岸…」
 睨みつけた視線の先に思わず目を奪われて、叱責も途切れた。
 くわえ煙草でそこに立ち、半目でこちらを見下ろしているのは、渋茶の髪と瞳をしたおそろしく顔立ちの整った青年だった。
 スティーブよりもひとまわり小柄だが、華奢というイメージではない。光線の反射でいろいろな表情を見せ、見る者を惹きつけるダイヤモンドのようなスティーブとは違い、無色透明で、包み込んでも決して体温に馴染まずこちらの肌を裂いてくるような、水晶の短剣を思わせた。小作りな顔とつり目がちの瞳もキツい印象を与える。
 リチャードは確かなバイセクシュアルの目で、感心して見惚れる。しかし目が利くゆえに、すぐに我に帰った。
 これも極上だ。しかし何というかこちらは…膝を折らせたい、従わせたい、屈服させてみたいという、普通の欲よりもっと深くて濁って、溺れたら取り返しのつかないような、身の破滅も誘うような…歪んだ欲望をも引き出させられそうな匂いがする。
 興味がないわけではないが、恋愛はもっと明るく軽く楽しみたい。
 というわけで、こっちよりもスティーブのほうがやっぱりタイプだ。二兎追う者は…とも言うではないか。目移りして食い損ねてはもったいない。
 一目見ただけでそこまで深く読みとれるのは、経験からくるリチャードの特技というか能力でもあった。そして余分なものに手は出さず、己の欲には忠実に従う。これも経験からくる智恵。
 見惚れた分怒りは半減したので、ゴホンとひとつ咳払いすると、さりげなく威圧的なポーズを作って見返した。
「…何かわたしたちに用かね。用事がないなら」
「…まぁ、用っていうか」
 青年――雪尾はリチャードの首から下をちらりと横目で見ると、スティーブを振り向く。
「パーティ終わった? もう帰る?」
「ああ」
 スティーブは目を細めてうすく笑むと、雪尾へ手を伸ばす。
手のひらで頬に触れるような仕草で、雪尾のくわえている煙草を取り上げ、
そのまま吸った。
あたりまえのように。
 呆然とリチャードは、スティーブの流れるような動作を見つめる。
 色気も感じさせないほどの自然な空気にも驚き、そしてまたスティーブの雰囲気が、自分がいつも見ているような感じと違う、おとなびたものに変わったのにも驚いた。
 海のほうを眺めながら煙をくゆらせるスティーブを背に、さりげなく立ちはだかるような位置で、雪尾は腕を組み、胡乱げにリチャードを見やった。
「…きみは」
「『同居人』ですけど。うち辞書や専門資料も豊富なんでご心配なく」
 一体どこから聞いてたのか等と突っ込めず、リチャードはまだ目を見張ったまま、視線だけで雪尾とスティーブを交互に見つめた。
 このふたりが恋人同士で同居していて、しかもなんだか空気から察するに、スティーブは攻らしい?
 …いや。おそらくスティーブは攻受どちらもいけるに違いない。なぜなら自分は攻で、その自分の目にスティーブはとても美しくかわゆく小悪魔的に見えたのだから。
 リチャードは両刀たる己の勘に自信を持っている。
 そしてそれは青年との対決を意味した。
 リチャードは目を閉じてフッ…と唇の端で笑うと、ゆっくり目を開け、雪尾を見ながらスティーブへ語る。
「しかしやはり、受顔のひよこよりはわたしのほうがきみを満足させられると思うがね」
鳥肌立つようなうすら寒い台詞吐くおっさんよりマシでしょ」
 無表情で雪尾が返した。
「………」
「………」
 2人の間に、ビシィッと音を立てて青い火花が散った。
 話題の要であるスティーブは、2人のやりとりを一向気にとめている様子はなく、――というかまるでその場に己ひとりしかいないかのように、のんびり穏やかに煙草をふかしている。
「…ずいぶん失礼な男だねきみは」
 声を低めて、リチャードが言う。
「そーですかぁ?」
 半目で明後日のほうを見、小指で耳の穴を掘りながら雪尾が答えた。
 わざとらしく大きな溜息をつき、憂える表情でリチャードはスティーブに声かける。
「スティーブ」
 呼ばれてスティーブはようやく、「ん?」という顔で振り向いた。
「こんな人間とつきあってると、きみの品性まで疑われるよ。『友だち』は選んだほうがいいね」
 雪尾、無表情のまま身じろぎもしないが、背中のあたりがごくわずか、ざわりと殺気立った。
スティーブはそれに気づいたが特に気にせず、リチャードに向かってにっこり花の咲くようなあでやかな笑みを見せる。
「そうですね。つきあう人間は選んだほうがいいですよね」
「だろう? そうだとも」
 スティーブがこちらへ戻ってくるのを、自らもスティーブに向かい、リチャードは手を伸ばして受けとめた。
 つもりだったが実際腕は何も抱けず、流れるようにかわしたスティーブは、
「というわけで」「失礼します」
 雪尾の肩を抱くと、くるりと振り向いてリチャードに背を向け、歩き出した。
 ………リチャードは目と口をまるく開けたまま立ちつくしていた。
 しかし時が止まったのはリチャードの周囲だけだったので、ハッと我に帰った頃にはふたり連れはずいぶん遠くへ行ってしまっていた。
 フラれた?
 あっさり?
 あっさりフラれたのか? このわたしが? それともあっさりではなく、僅差だったのか?
 どちらにしても全然諦める気になれず、むしろ独占欲はいや増して、彼方の青年に大声で呼びかけた。
「それはきみの品性も低いということかね? それともその『友だち』に何か脅迫でもされてるのかい? スティーブ!」
 仁王立ちに踏ん張って叫んでいる遥か背後の男をもちろん振り返らず、
「殺すかあいつ」
 口の中で雪尾は呟く。
 スティーブも振り向かず後ろ手にひらりとひらめかせると、雪尾の肩に回していた手を下ろし、改めて腰を抱いて、そのまま歩き去った。


 ざっくざっくと砂を蹴りながら歩く雪尾。肩がいかっている。
受顔のひよこ』『受顔のひよこ』『受顔のひよこ』『受顔の
 とうとうびたりと足を止め、少し後ろを呑気に歩いているスティーブを振り返る。
通り過ぎた砂丘の果てを指さして、
「やっぱ殺してもいい?」
 スティーブは煙草をふかしながら、
「ここで肯いたらオレは共犯か…」
「ダメでしょうか」
「果たしてオレたちが手を汚すほどの価値が彼にあるかどうか」
 目をつぶり眉をひそめ、スティーブは重々しく呟く。
 クサい顔で、雪尾はむっつり黙り込んだ。
 スティーブは煙草をくわえたまま、海を振り向き、眺める。
 潮風にかすかに梳かれるスティーブの髪が、月光を受けて蜜色に輝いている。さらさらと額にかかる前髪をかきあげながら、くつろいだ穏やかな表情で煙草をくゆらせるスティーブに、雪尾はぼんやり見惚れた。
 シチュエイションだけで、彼はどんな雰囲気も作り出せる。自分のように変装して演じるのではなく、様々な貌を、持っているのだ。
 自分はいくつ見知っているのだろう。 …そういえば、煙草を吸っているスティをこんなじっくり見たことないかも。
 新しいスティーブを見つけたことに気をよくして、雪尾は渋く肯いた。
「…スティの煙草姿がカッコいいから、それに免じて今回は許そう」
「オレに免じられても。別に命乞いをした覚えは」
 軽く肩をすくめるスティーブ。雪尾はフンと鼻息を噴いて、
「でもあいつの顔絶対忘れねー」
「怒り長続きだねぇ」
 珍しくいつまでも機嫌のわるい雪尾に、気づいてスティーブは問いかける。
雪尾は眉間に皺を刻み、
「『受顔のひよこ』だと。…それに」
 雪尾を選ぶとしたら品性が低い、と言いやがったのは、自分とスティへの、二重の侮辱だ。ムカつく。
 口をへの字に結んでザクザク前を歩いてゆく雪尾の背を眺めながら、のんびり後に従うスティーブの視界に、白いものが引っかかる。
 波打ち際を見やると、それは静かに波に洗われて重たげに崩れている、花束だった。
白い花々も海水にもまれ、つぶれて、朽ちかけているように見える。
 雪尾の機嫌のわるい理由に思い当たり、スティーブは、もう花束のことなど忘れたかのように見向きもせず先へ進んでゆく雪尾の背を、改めて眺めた。
――冬の海は、雪尾には微妙な思い出の場だった。
 肩をいからせ砂を踏みつけて歩いていた雪尾が、くるりと向きを変えて小走りに戻ってくる。
「気をつけないとっ。知らない人についてったらダメだよっ」
 スティーブは雪尾を見下ろす。
 上目にじっと見つめて注意してくる様子に、あ、さっきの件かと思い出し、
「あれは仕事先で上司で一応知ってる人だけど」
 と言ってみる。
「そーゆー人にも」
 噛みつきかけて、さすがに狭量かと反省し、雪尾は不満げに気まずそうに黙り込んだ。
 自分ばっか妬いててカッコわるい。不本意だ。ちぇ。
 普段よりわかりやすくなっている雪尾にスティーブはくすりと笑いながら、
「だいじょうぶだろ」
 雪尾のほうへ手を伸ばす。
「何がだよ」
 やや赤面してぶすくれた口調のまま、雪尾は伸ばされたスティーブのちょーだいの手に、懐から出したアッシュケースを渡してやる。
 受け取ったケースに煙草を押しつけながら、スティーブは目を細め、唇の端にうすい笑みを閃かせた。
 月のひかりの許で、それは甘い毒を含んだものへ変化する。
「オレ今んとこ、こっちのお姫さまのご機嫌とるので手一杯だし」
 見る者を惹きつけずにおけない美貌に浮かぶ笑みと、その台詞の内容に、雪尾は停止した。
 つまり独占!?
 …はっ。これはいぢわるの一端なのでは!?
 それに『今のとこ』だって。未来永劫独占したいんですけど。
 かあっと頬を染め、次いで眉をつり上げ地を睨み、そして目を細めて顎に手を当て思案する。
 思わずスティーブは口に手を当てて、小さく吹き出した。
 喉の奥で笑いを殺すスティーブを、雪尾は目をまるくして見返し、きまりわるく頭をかく。
…なんだやっぱり反応楽しまれたんか。
「雪尾が百面相するからだよ。嘘は言ってないけど」
 瞳に笑いの余韻を残しながら、甘い言葉をスティーブは続ける。
雪尾は警戒して、ポケットに手を突っ込んだままスティーブを上目で見て一歩引き、くるりと身を翻らせてスティーブの前を歩き出した。
「はいはい。いつまでも機嫌とってもらえるように、がんばって自分を磨きます」
 前を見据え、もう海を振り向かずに。
 胸の痛む記憶を、また底へ深く沈ませて。
 目を閉じて、また開ける。唇にわずかに笑みが浮かぶのを、雪尾は自覚し、また目を閉じた。
 …実際、過去を引きずって浸ってる余裕はないんだけどね。
 スティの隣を、並んで歩くためには。
「でもあいつはブラックリストだ。次はないね」
「そこへ戻るわけね」
「戻るとも」
 さくさくと砂を踏みながら、ふたつの影が海から離れて遠ざかる。
やがて足跡だけが彼方へ続き、海には果てない静寂が戻った。










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