*   omake   Steve × Yukio   *





 イブの3日前。 雪尾には実は、石を買おうという計画があった。
同居人にして恋人、スティーブ=サワキへのプレゼントとしてだ。
 もともと雪尾自身はあまりイベントに踊らされるほうではない。あげたいものはあげたい時にあげる主義だ。相手がイベントを重視するタイプならばそれに合わせて演出もするし、輪の中にひとり以上重視するタイプがいれば、ノリもいいので喜んで計画に加わる。
それは雪尾の性格の幅によって行われるもので、素の雪尾としてはあまり頓着しなかった。
 ”イブ”は本来はとある宗教の教祖が誕生した日(、その前日)ということで、その宗派に属さない者には関わりのないはずだったが、『聖なる夜』という響きがロマンチックなものに変貌し、いつのまにかイベント性が高くなっていた。よってこの日は、宗教に属する者も関わりのない者にも、それぞれの意味合いを持つようになったのだ。
 無宗教な上にイベントにも思い入れのない雪尾だが、このたびこの期にプレゼントを贈ろうと思い至ったには理由が2つある。
 ひとつは、ここしばらく女装の仕事が続いたため、ゆきお(♀)に引きずられてのこと。
つまり、幼い頃から演じている女性の雪尾は、『イベントにもそれなりに反応する性格』なのだ。周囲が悪性の風邪に倒れ、最近機会の減っていた女装を近頃集中的にやるにつけ、「イブは何かプレゼントをあげようかしらん」というノリを、女装を解いても継続しがちで、その状況を「ま、いっか」と受け入れた結果である。
 そしてもうひとつは。
 自分が頓着しなくとも、周りがするのである。イベントに。
 自由契約の翻訳を生業としているスティーブは、年末に集中する業界のパーティ等で、きっと人の視線を集める。集めまくる。
 超絶美形で博愛でゲイのくせにホントは女性も全然ダメでも嫌いでもないスティーブを、いつもは遠くから眺めてぼうっと見とれている男女にも思い切って声をかけたり誘ったり、あわよくばウフフフという勇気や下心を増大させる威力を持つイベントなのだ、イブは。
 おもしろくない。 かなり。
 群がる男女を牽制したい。
 というわけで、『群がる男女を牽制する』ものを『プレゼントする』のが、今回の雪尾の目的だった。もちろん基本には、スティーブを着飾ってそれを見て楽しむ算段もある。
せっかく綺麗なんだから、存分に楽しまないともったいないではないか。
 プレゼントするブツとして、腕時計は思うところあって却下し、香水と石とで迷った。使い終わってしまえば形として残らず、ただその香りを贈ったという事実だけが記憶の片隅にしまわれる、というのは自分からの贈り物としては似合っているのかもしれない、とかすかに思ったりもしたが、現実問題としてどの香りもいまいちピンと来ない。きっとどんな服も着こなすように、どんな香りもスティーブは、自分に似合うように『つけこなして』しまうだろうが、そーゆーんではなくて。形に残らないものだとしても、ありふれたプレゼントにはしたくない。かといって、オリジナルを調合してもらうには時間がない。
 石でもいいよな。
 …本当は、永遠に朽ちないものを贈る、というのにも惹かれる。永遠に朽ちないもの、それは雪尾の想いそのものだから。言わないけどそんなこと。
 とりあえず石から見てみようと雪尾は、融通効かせてくれそうな、馴染みの店のドアをくぐった。



「こんちは」
「おう」
 メインストリートから1本入った角に、その店はある。
 アンティークものを扱うからなのか、どこか古めかしくこぢんまりした店内にはいささか雑多な雰囲気で商品が並んでいた。
 見事な陶器だが1セット足りなかったり、装飾の細かな、使い込まれた古いランプだったり、細工のうつくしい大理石の、何に使うのかよくわからない塊だったり。(置物?)
 狭い店内をするすると通り抜け、雪尾は奥へ進んだ。
「景気はどう? ハイラン」
「まーまーだな」
 巨体を丸めるようにして椅子にちんまり座り丸眼鏡のレンズを拭きながら適当な返事を寄越してくる、黒髪黒目ひげもじゃのこの男は、店の主で通り名をハイランと言う。
 完璧まであと一歩、という店の品々とともに、(こちらは完璧な)情報を売ったりもする。要するに雪尾とは情報の売買が主な目的のつきあいだった。知り合ってもう3年になるか。
「新しいネタは入ってねーぞー」
 なのでハイランはそう答えたのだが、雪尾は軽く手を振って、
「あ、今日は違うんだ。なんか良い石ないかと思って」
 ハイランは目をまるくして顔を上げ、雪尾を見つめた。やがて髭の下の唇をニヤリと歪ませると眼鏡をかけ直し、
「そうかそうか。とうとうおまえも俺様の高尚な趣味が理解できたか。そりゃ喜ばしい。おもしれえもんが入ってるぞ。100年以上前のアルスで発掘された、暗号の彫ってあるプレートとか」
「ハイラン」
「じゃ昨日入ったばっかの、巨大な化石がくっついてる…」
 そわそわと周囲を見渡すハイランに、雪尾は腰に手を当ててぴしゃりと言った。
「プレートも化石も陶器もランプも置物も掛け軸も壺も部品も用はないよ」
「部品てなんだよ」
「そこのテーブルに乗っかってるドアノブみたいなのはドアの部品じゃないの? あとそっちの布に留めてあるびっしり並んだ大小さまざまなネジは何かの部品なんでは?」
「………」
 ハイランは上目で雪尾を見、ぶつぶつ小声でグチた。
「チッ。つまらんヤツ」
「ないならないってはっきり言いなよ。よそ当たるから」
「はいはい。どんなんが見たいんだって?」
 プレートやら化石やら、ステキな(怪しい)ものを見せることを諦めたハイランは、よっこらしょ、とかけ声かけて椅子から立ち上がり、さらに狭い店の奥へでかい体を半分突っ込んだ。
 薄汚れた感の、ビロード張りの平たいケースを取り出すと、これも年季の入っていそうな端末につないである線を引っ張ってケースの背面に刺す。
 雪尾は眉間に皺を寄せて目をつぶり、腕を組んで唸った。
「タイピンかカフスボタンで行きたいんだけど」
「小粒ね。色は?」
「無色透明」
「ダイヤか?」
「やっぱそうなる?」
 思案気味の雪尾の台詞に、テーブルから引き寄せたキーボードを叩こうとしていたハイランが顔を上げる。
「ダイヤじゃ不満か。何が欲しいんだ」
「いや、イメージ的にはダイヤかなと思うんだけど」
 頭の後ろを撫でながら、雪尾はスティーブの面影を追うために目を細め、空を見る。
「できればダイヤ以上に、綺麗で価値の高いものがいい」
 ”どの鉱物にも負けず&どの鉱物より綺麗&どの鉱物より価値が高い”という条件をほぼ満たしているダイヤの、さらに上を行く美しさと価値。 それはそのまま雪尾の、スティーブに対するイメージだ。
 もっともスティーブには、プラスおちゃめ、とか、プラス鬼畜、とかも標準装備でついてくるけど。
 ハイランは半目で肩をすくめ、
「おまえな。ダイヤより価値の高い石がこの世にあると思うのかよ」
「ないの?」
「実はないこともない」
 にんまりと猫(科の大型動物)のようにハイランは笑み、
「オリネスという石だ。知ってるか?」
「…いや。聞いたことないな」
「だろうとも」
 首を傾げる雪尾に、ハイランはうきうきと答えた。
「見た目はダイヤと変わらない。ダイヤよりわずかに光が強いんだが、それは肉眼ではほとんど見分けられない。無色透明。んでダイヤより硬い」
「へぇ」
 わずかに雪尾は目を見開いた。その反応にハイランは満足し、続ける。
「市場に出回るほどの量がないので『無名の貴石(オリネス)』という名がついてるんだ。だから実は貴金属としての価値はそう高くない。というかダイヤそっくりだから、ダイヤとして扱われる。 …市場ではな」
 でかくてむさくるしい図体して「俺はキラキラしたものが大好きなんだ」と公言するハイランの、マニア心をいたく刺激しているらしいその石のことを、雪尾は思案する。
 『市場では』価値が高くない、と説明するハイランの裏を推測するのはたやすい。マッドコレクターの間では激烈に価値が高いということだろう。
 一見はダイヤ、しかし誰も知ることのない石、そして真価を知る者にとっては何より貴重な石。
 ものすごくスティっぽい。気がする。
 妄執する者にとっては垂涎の貴石、というのはスティの足枷になるのでは? と雪尾はちらりと考えて、そして却下した。
 「その石を寄こせ。さもなくば」などと言ってくるような輩にスティーブが負けるはずもなかろうし、本当に枷になるようなら余所へくれてやっても、捨ててしまってもかまわない。
 もともとモノで縛れる人でもないし。
 雪尾は瞳を上げ、ハイランに手を差し出した。
「ホロデータ、見せて?」



 今どき木製の古めかしいドアをくぐり、雪尾はハイランの店から外へ出た。
 ホログラムで見た石は、雪尾が望むより心持ち小さい気がしたが、他にダイヤなど見せてもらってもこれと思うものがなく、何度もあれこれ見比べているうちに、やっぱりこれがいいと気持ちも決まって、結局オリネスを予約することにした。
 タイピン仕上げにしてもらう予定で、実物を見てから加工を発注する。
 金庫に預けてある石を明日見せてもらう約束をし、店を後にした。
 大通りへ戻る。
 イブにあと3日という冬の暮れは、寒さと浮き足立つような熱気で街中がはなやいでいる。
 雪尾はジャケットの前を掴んで首をすくめ、ぶるりと身震いすると、浮かれたどこかのバカが大きな事件など起こしませんように、と天に祈って、帰路を急いだ。
 予約と言ったけど、たぶんあの石で決まりだろう。他にはあれ以上のものは見つけられない気がする。明日石見て発注すれば、1日前には手に入る。イブはパーティだと言っていたスティに、石をつけて送り出せる。
 何をあげたとしたって、きっと喜んで受け取ってくれるだろうけれど。
 考えて、気に入って、選んだものを贈る。
 そんな楽しさは久しぶりで、雪尾はわくわくしている自分に気づいてこっそり笑んだ。


 翌日夕方。


「すまん、あのオリネス、おまえとタッチの差で売れちまって」
 ハイランにそう言われて雪尾は目をまるくしたまま2秒固まり、そしてガタつく丸椅子を後ろへぶっ倒して立ち上がった。
「ちょっとハイラン!」
 ハイランはハイランで、激昂している雪尾を上目で口を開けて見ている。
「マジかよ…もー日がないじゃんか。どうしてわかった時点で連絡…」
 イブは明後日。他の物件を当たっている余裕はない。一目で気に入るものがあれば別だけど…明日は仕事が入ってしまって、今夜の他はイブの夕方、スティの出かける直前にしか、たぶん会えない。
 髪をかき上げて目を細め、ハイランを責める途中で気がついた。
 見下ろすと、髭もじゃのおっさんはテーブルに肘をつき頬を手のひらに乗せて、丸眼鏡の奥の目を細めてニヤニヤ笑っている。
「おもしれぇもん見たな。もしかしてオリネスはおまえんじゃなくて、誰かへの贈り物か?」
「…おっさん」
「タイピンてことは男だよな? 彼氏?」
「おっさん。なに余裕かましてんだよ」
「今度俺にも見せろよ。なー。言っとくけどおまえの横に並ぶんなら、ふつーの美形くらいじゃ納得しないぞ綺麗もの好きの俺としては」
「僕の相手がどんなんだろーとハイランには関係ないだろ。こっちも言っとくけど、情報よそに売ったりしたら殺すよ」
「するかそんな恐ろしいこと。俺が余裕こいてんのはな」
 じりじりと顔をつきあわせて喋っていた2人だったが、ハイランは身を引いて、テーブルの下からジュエルケースを取り出した。そして開く。
「奇跡が起こってだな。なんともうひとつオリネス入手!
 納められている小粒の宝石を、ぐいと雪尾に見せた。
 ハイランの話はこうだった。
「宝石は、俺は道楽の一環としてやってるが、俺と共同で石を管理しているダチはもう少し趣味性を抑えて、まっとうに石を売ってる。知ってるか? 5番街の大通りの店だ。
まァ共同管理だもんだから互いに在庫確認はほぼ毎日やってるんだが、昨日のおまえの注文は特殊だったからあれからすぐに連絡取ったんだな。そしたら向こうからも、オリネスが小1時間ほど前に売れたって言ってきてさ。
おまえ結構こだわってたみたいだし、だいたい石屋はオリネス持ってることが誇らしいからあまり売りたがらないし、まさかそう簡単に奴もオリネスを出すわけもねえと思っておまえの目の前で在庫確認しなかった俺にも非はあったし、かなり途方に暮れたね。
んでこの一晩のうちに方々手を尽くしたわけだ。
はっきり言って可能性はゼロに近かった。何せ普通の宝石屋はオリネスの存在さえ知らないところも多いからな。
ところが起こったわけだ奇跡が。
オリネスに、こんな短期のうちに2度も会えるなんざ、俺も相当ラッキーだぜ。いっそのことガラクタ処分して、宝石に本腰入れるかな?」
 そうして目の前に出された貴石は。
 確かにダイヤそっくりで、言われてみればダイヤよりも光が強いようで。無色透明で、精密でうつくしいカットに虹色の輝きを乱反射させていて。
 昨日雪尾がホログラムデータで見たものより、わずか大きかった。
「そうそうこの大きさなんだよ! これちょーだいっ
毎度ありィ!
 指さして即決した雪尾に、ハイランは満面笑顔でパンと手を打った。



 いやぁ良い買い物をした。
 当然なんだけど、ホロデータで見た時よりも、実物のが綺麗だし。
 タイピン加工に1日、明日はたぶん取りに行ってる暇がないから、明後日パーティに出かける前のスティを掴まえて。
 つけたとこ、早く見たいな。綺麗だろうな。
 などとうっかりすると鼻歌さえ飛び出しそうな上機嫌で、雪尾は帰宅した。
 玄関口に靴があるのと、室内の気配にスティーブの在宅を知り、靴を脱いで上がりながら声をかける。
「スティ?」
「ああ、おかえりー」
 寝室から声だけ返る。室温の低さと、椅子の背にコートが引っかけられているところからして、スティーブも今帰宅したばかりのようだ。
「ただいま。早かったね。ごはんは?」
 遅くなりそうだし、晩ごはんは食べてくる、と聞いていたけど。
「食べてきた。雪尾は?」
「うん、まあ、あまり腹減ってないし…」
 何か軽く作ってすまそうかと冷蔵庫を覗いていると、軽装に着替えたスティーブが戻ってくる。
「なに? 何か作る?」
「うん、軽く…」
 言いかけて、目線でスティーブを振り返る。
「スティも食べる?」
 目をまんまるくして首を傾げているスティーブにそう訊ねると、
「うんv
 かわいらしい満面笑顔で肯かれた。
 思わずつられて笑ってしまう。スティたち『兄弟』は、天才シェフ級の腕を持つ『末弟』、マッシュのおかげで全員容姿に似合わず大食漢で舌が肥えている。
好き嫌いもなさそうだけど、喜んでつきあってくれるというのは…外食だけでは足りなかったんだろうか。ひとりで食べるよりおいしいし、ありがたいけど。
 ごはんかパンは残ってなかったかな、などと考えつつ冷蔵庫から顔を上げると、キッチンテーブルに何か上がっているのが目にとまる。
 スティーブが雪尾の視線に気づいて振り向き、「ああ」とそれを取り上げて、雪尾に差し出した。
「街でちょっと目についたから。雪尾にどうかと思って」
 思わず素で驚いてしまう。
「あ…っ、りがと…」
 なんだろ、スティもイブの世間的雰囲気に呑まれてるのかな? あんまり影響されなそうな感じだけど。それともノリだろうか。あ、そーゆーのならアリかな。乗せられたようなノリ。
 もちろん、嬉しいんだけども。バレないように心の奥で、こっそりひっそり、甘い台詞を吐いてみる。
――改めて何かもらわなくたって、いつもたくさん、いろんなものを、もらってる。
 でもまァこれが何かスティの楽しいノリならば、乗ってあげるに否やはない。
 正方体の白い小箱に、ブルーのリボンがかかっている。
「ありがとう。今開けてもいい?」
「どうぞ」
 なんだろ? ふつーこのサイズの箱ならば指輪だろうか。そういえば以前、宝石箱に指輪のよーに入れられたナットをもらったことがあったっけな。
 そーゆーノリかな。今もまだとってあるけどさ。今度はボルトだったりして。
 中身はやはり宝石箱だった。深いブルーの、ベルベットの。
 じゃあそのボルトは前のナットとセットにしてしまっておくか。いやボルトとナットをもらったら、ワッシャーもねだらないとね。お約束として。
 思いつつ、ぱくっと小箱を開くと。
 中には、タイピン。
「…え…っ」
――しかも、そのタイピンの。
「…この宝石は」
「あ、気がついた?」
 思わず呟いた雪尾の言葉に、スティーブはさらりと笑った。
「なんか珍しい石らしいよ。見た目はダイヤとほとんど変わらないけど」
「スティ、どこでこの石?」
「通りすがりの5番街の大通りの貴金属店のウィンドウの隅。勇気あるねあの店。今どき本物の石を陳列しておくなんて」
「…5番街は、安全区域だし…クローズも早い…から…」
「…雪尾? なに? 何か楽しい?」
 ゆっくり体をふたつに折り、とうとう床に座り込んで腹を抱えて笑い出した雪尾に、スティーブも律儀につきあって、床にしゃがみながら首を傾げて訊ねる。



 スティのためのタイピンができあがるのは明日の夕方。
渡せるのはたぶん、明後日の夕方、スティがパーティに出かける前にギリギリ。
 それまで内緒にしとこうか。


――それにしても、超稀少宝石で示し合わせもなく、おそろいのタイピンなんて。
一体どういうことなんだ僕たちって。










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