これらは一昔前のハードウエアの機能が劣るノートパソコンなどにインストールしても快適に動くとのことであり、市販のWindowsXXをインストールする代わりにLinuxを入れればWindowsXX並の性能のパソコンになるはずです。
もしHDが簡単に増設できるならなるべく新しいハードウェアにLinuxを導入しよう。ディスプレイ・カードやNICやSCSIやIDEのインターフェースで一苦労するかもしれないなどと思っていたらバージョンの上がったパッケージをはとても導入が楽になっていた、相当なスピードでインストレーションの自動化が進んでいる。
Windows98を使用するにはペンティアム200MHzに64KBのメモリでは少々かったるくなってきていたのでハードウェアをセレロン400メガに128KBのメモリつきに変えた。HDも10ギガバイトのものを取り付けた。パーティションを分割してLinuxも導入するつもりであった。ところが最初の2GBのパーティションにWindows98をインストールしてしまったのがミスの始まりであった、つぎの2GBのパーティションにLinuxが導入できないのである。
現象としてはFDISKがうまく機能しなくなる、HDによってヘッド、セクター、シリンダーの値が違うわけだが、たまたま最初の2GBでシリンダーが1229になり1024をこえてしまっていた。だから次の2GBはFDISK上ではLinux用のパーティションが作れなくなる(インストール作業の途中ではLinuxのインストール先が選べないという現象となってしまう)。Windows98と同居させなければ最初から5GBのパーティションをきってもOKとのことだが未だ試してはいない。
この問題はPlamoのホームページではUpdateパッケージが用意されていてそれをインストールすれば解決すると説明されていますが、この場合原因とかが解らないままに問題が解決されてしまい趣味の世界でLinuxを使用しているものとしては少々物足りないところがあります。このような場合、山崎康宏著の「Linux活用メモ」をしらべてみると解決策が見つかることがあり、この場合も/etc/hosts.allowとか/etc/hosts.denyの存在と使用方法が見つかりました。
私はいまになってSlackwareの古いバージョンで少しばかり苦労(後述)したことがとても役に立っていると思えてきました。今年に入ってからインストールの自動化が進んだパッケージがいろいろ発表されてきており、それらを利用するととても楽にLinuxを使用できるようになりますが、便利になったLinuxのバージョンに対し感謝の念が湧くかどうかの境目が1998年以前にLinuxを使い始めていたかどうかになっているように思われます。
1999年の4月の半ばになってになって雑誌にVine Linux 1.0のCDROMの付録が載った。ベータ版のときCUIで使用しようとしてコマンドがSLACKWAREと異なっていたので使うのを諦めていたのだが、雑誌の解説でGUIから使用できることが判り早速インストールをした。自作のK6−2搭載の、SCSIカードが2枚付いていたり、100base2のイーサーネットカードなどが載っている機械にインストールをしたが全て自動認識されて2時間ほどですんなり導入が出来てしまったのには驚いた。
Netscape Communicator 4.08 の日本語化されたものが自動的に導入されてしまい、そこで日本語化されたマニュアルが読めるようになっている。おまけにウインドウマネージャーがとても綺麗でWindowsXXなどと比べると色合いといいアイコンのデザインと言い真に素晴らしい。おまけにTKPPXPが旨く作動してくれるのでネットサーフィンをするのがとても楽しい。こんなに素晴らしいものが出来てしまったことが不思議でならない。関係者の皆さんのおかげでこのようなものを利用させてもらえることに感謝している。
このパッケージはRedhatが下敷きになっているので、各種の設定が画面から出来るようになっている。AdduserなどをコマンドラインからやろうとしてもSlackwareのようにviがうまく使えない。Control-panelというOSの管理プログラムの使用方法をまず覚える必要がある。その代わりコマンドライン上からの操作を知らなくてもよい。Linux特有の各種設定ファイルの名前や使い方を覚えなくても済むのでWindowsXXからパソコンを使い始めた人たちには Redhat系のパッケージが使いやすいと思う。
1999年はLinuxのインストール作業を初めから意識的に順を追って進めてみたいと思った。まだまだ旨く行かぬことが多かったが、SCSIのHDやMOやプリンターを使えるようにするとか、Perlの日本語化したものを使うとか日本文のメールを書けるようにするとか、今までインストールしたシステムを個々にバージョンアップするのが本筋であろうが、まず別の機械に日本語化が進んだパッケージごとバージョンアップされたLinuxをインストールをして、そちらに今までシステム内に出来上がった色々なファイルをバックアップしてからシステムのバージョンアップとかカーネルの再コンパイルとかいろいろな作業を安心してやってみたいと思った。
そこで導入を予定している2台目の機械のハードウェア仕様を調べるところから作業を始めることにした。まずインストールする領域を定めないといけない。すでに Windows 98 などOSが複数インストールされているので、IDEチャンネルにはハードウェア・ディスクやCD−ROMが全部取り付けられている。そこで1GBのデイスクをSCSIチャンネルに取り付け其処にLinuxをインストールすることにした。SCSIにはMOも取り付けられているので、はたしてLinuxでこれをいかにして使用するように出来るか課題だと思っていた。
Linuxでのディスクドライブの扱われ方は、CドライブとかDドライブとかというものがない。ルートディレクトリ以下いろいろのデイレクトリがあり、それらのサブディレクトリはslackwareなどパッケージによって収録されるファイルなど決まりがある。だから本当は幾つかサブデイレクトリ名に対応したパーティション領域を設定する必要があるようだ。
しかしSCSIにHDを増設にして何もかもそこに入れることにするなら問題はない。IDEチャンネルのデイスクに空き領域が3カ所あり、サブデイレクトリの割り当てはそれらに自由にできるが、容量的にはどのサブデイレクトリでも自由に割り当てるというわけにはいかない。各種アプリケーションなどがインストールされる/usrなどは相当大きく取っておく必要がある。もっとも空き領域を残してあれば、あとからそれを追加出来そうなので神経質になる必要はなさそうである。
ここまでは考え方として順調に行くはずであったが現実は厳しかった。まずFDISKでSCSIのHD(1GB)に900MBと100MBのパーティションを2つ作った。またIDEのHDDのSECONDARY Masterの2.5GBのHDにOSをインストールした余りの420MBの空き領域があったのでこれにもパーティションを作ることにした。
次にLinuxインストール用のCD−ROMから、ブート用の起動ディスクとルートディスクのフロッピーを2枚作成した。起動ディスクはIDEとかSCSIのインターフェースに対応したものを作らねばならないのだが先ずはここで早とちりをして間違ったものを作ってしまったためSCSIのHDが認識されない。直ぐに作り直せばいいものを確認のためLinuxのFDISKを使ってパーティションを作成しようとしたり、いろいろ調べて見たのがいけなかった。
WindowsNTのディスクアドミニストレーター等もそうだが、LinuxのFDISKもDOSのFDISKのときの表示と違った表示になる、たとえばEドライブなどDOSのFDISKでパーティションを作ったはずが変なふうにこちらでは表示されたのでステータスだけならと軽い気持ちで触ったのがいけなかった。DOSのとき1つのパーティションと1つの空き領域だったのが、空き領域が小さなものが2つ増えている、そこで更に調べようとしてその増えたところを含め触ってしまった。
いずれにしてもSCSIを認識できるような起動ディスクを作り直すためWindowsNTを再起動しようとしたらntoskrnl.exeが壊れたと表示されて起動しなくなってしまった。LinuxのFDISKで小さな空き領域として表示されていたところにntoskrnl.exeの場所を指し示すものが入っていたらしい。linuxのFDISKはNTのデータの入っている所を空き領域として認識し表示をしていたらしい。まったくつまらないミスをしたものである。
インストールを予定していたSlackware3.5版の起動ディスク用のフアイルには、搭載されているtekram製のDC390UというSCSIカードのドライバーが入っているのだが、フアイル名がn_53c8xx.sというものを使用しなければいけなかったのに、DC390用のものを使おうとしたために旨くいかなかった、英文の説明書を斜め読みするとこういった間違いを犯しやすい。仕方なしにもう一度丹念に読み直しこれらのことがことが判明したがいまだにSLACKWARE3.5をインストールしていない。
DC390用を間違えて旨くいかなかった時点でAdaptec製のSCSIカードを別の機械から交換しても良かったがいずれにしてもLinuxをこの機械に本格的に常駐させるわけでないので、前述のPlamo Linuxというものをインストールすることにした。このパッケージには4つの起動ディスク・フアイル候補がありそのうちの一番最初のフアイルにDC390Uのドライバーが入っていたし、NICのドライバーも入っていてすんなりとSCSIのHDにインストールが終わってしまった。この場合は起動用のフロッピーは1枚である。
rootのパスワードの設定やadduserをしたり、/etc/hosts や、/etc/fstabにCD−ROMやMO用の記述を追加、hostsにLAN上の記述を追加したりした。これでftpやtelnetがOKになり古いバージョンの機械から保存用のフアイルをこちらに移せるようになった、おまけにMOのほうもすぐにOKになりそこへもバックアップすることが出来た。slackware3.5のインストールはこれで安心して出来ることになったので、再挑戦をすることにする。その前にせっかくインストールしたPlamo Linuxについても色々調べてみることにする。以前のことを思うとこんなに簡単にインストールできるPlamoLinux1.3にはほとほと感心する。
感心ついでにPlamoLinux1.3をこのまま残してもうすこし触ることにした。
その後Slackware3.5をインストールしてみたがLinuxのバージョンが2.0.34でPlamoのは2.0.35であつたし、PJE関連の「.ファイル」をいちいち作らねばならなかったのがPlamoは予め入っていたもので間に合ったというかadduserをすると自動的にそこに追加される。またNICのドライバーがSlackware3.5では入っていたものでは間に合わなかったので結局PlamoLinux1.3を使用する事に決めた。このパッケージは基本がSlacware3.5だったからである。
次にPlamoで感心したことは、勿論XF86Setupバージョンが上がった所為でもあるが日本語の画面でXウインドウの設定作業を出来るようになっていたことである。とかく問題があるこの設定作業を日本語で出来るようになったことにより英文の斜め読みによる早とちりも無くなり順調に作業を進めることが出来た。ただもっと前のXサーバーのインストールの選択のところで自分の機械に取り付けられているビデオカードの他に、XF86Setup用にVGA16(X332vg16)とSVGA(x332svga)の2つも選択する必要があることが見過ごされがちなことで、こんなのには直ぐはまり早速ミスをしてしまった。
PlamoはSLACKWAREを基本にしているので含まれているファイルなどは結果的に同じ様であることがあとで判った。
/etc/fstabの使い方がだんだん解りだし、今では2台のLinux m/c のHDを相互に共有ディスクにして使用できるようした。また半端に余っていたHDのパーティションをDOSファイルシステム FATのままマウントして、そこえ画像ファイルなどを入れておきWindowsからもlinuxからも使用できるようにした。Linuxの特徴の一つにいろいろなファイルシステムを扱えることがある、バージョン2.2.xからは NTFSも取り扱えるようである。
プリンタも10年前のドットマトリックスプリンタを繋いで使っているが、Linux上の一般的なPostScriptプリンタは買えないまでもGostscriptというフィルタを使用すると安価なカラープリンタがPostScriptプリンタになるらしいのでこれも今後の課題にしている。このあたりからまたもやHOWTOのお世話になる必要が出てきた。
HOWTOもJFのバージョンが上がっている所為か内容も豊富、おまけに日本語訳も沢山含まれていて、すごく楽になっている。
Gostscript等も設定がなされていて、それ用のPlamoのテストファイルが含まれていてXウインドウからMuleとMewのテストを兼ねた確認が出来るようになっていた。SLACWARE3.4からすると至れり尽くせりの感がする。
感心したことのその2は、マウスを使い範囲指定をしてコピイアンドペーストが簡単に出来るようになっていたことである。gpmというソフトの働きだそうだが、色々と便利なものが増えてきている。
そのまえにISDNのTAを繋げるようにしなければならないが、またPPPでの一苦労が待っている。何か問題があるとHOWTOを読まねばならないが日本語訳が有るのと無いのとでは大違いである。PPPよりも楽なPPxPいというのも有るらしいので何とかしてみたいものである。(これはすごくよくできていてすぐOKになった)
HOWTOを読んでみてもISDNのことが良く分からない。SLACKWARE3.5のインストールを書いた本によればPPxPとかTKPPxPというものの方が簡単にダイアルアップ接続が設定出来ると有り、早速楽な方へ惹かれてしまった。
Xウインドウが使えるようになっていたのでTKPPxPというのを使い作業をした。日本語で設定が出来るようになっていて楽である。モデムの種類の所ではちょっと難渋し、出来合のものを片っ端から使ってみたがなかなか旨く行かない。モデム設定フアイルは自分のISDN用のTAに逢うものがないときは作れるらしいが試しに作ってみたがこれも理屈が判って作ったわけでなかったので旨くいかない。一旦諦めて他のことを先にやることにした。
他のこととはプリンタのことで、とりあえず漢字交じりのHOWTOを印刷できるようにした。GostScriptを利用してかっこよく印刷するのはリボンを使ったプリンタでは無意味なので、こちらの方はWindows98のTrueTypeフォントで綺麗に日本国憲法やタイガーの絵が見えるようになったところで区切りとした。
気分が転換できたのでISDNに再挑戦した、Plamoでは、PPxPのインストールは予めなされていて、必要なファイルGNUreadlineとかUserLinkとかがインストール済みなので、いきなりPPxPの設定が出来る。おまけに日本語の画面で出来るのでとても楽である。一回目に旨くいかなかった時は認証プロトコルをPAPにしていたが、PAP CHAP/MD5 CHAP/MSにしてみたら、モデムの種類は出来合のものでOKになった。毎度のことだが色々理屈を調べるより、適当な組み合わせで強引にOKにしてしまう方が早い。
どうころぶにせよ気軽にやって旨くいかないときでもそのうち何とかなるさ、という気分になれるのはSLACKWARE3.4のときの経験が役立っている。それに1台はLinuxが動いている所為もある。ISDNでISPに繋がったので、つぎはNetscapeCommunicatorのインストールと日本語化を行った。日本語化作業は前回失敗しているので慎重に文書を読んで進めた。しかしながらである、起動してみるとNGである、色々調べてみるとjcommunicatorと入力して起動することが判りOKになった。ひょっとすると前回も是が判らずOKにならなかったのかもしれない。
Linuxでの日本語化は、種類が色々あって、ルールがよくわからない世界のように思えた。まず日本語が扱えるようにはなるがLinuxが日本語システムになることはない、ファイル名に漢字は一切使用できない。システムにならないから、全てが例外的なルールというか、日本語を使うルールはアプリケーション毎に有ると言うべきか、とにかく一昔前ワープロが部屋の中に数台並んでいて製造会社が違えば1台1台の使い方がひどく違っていたのとそっくりなのである。106キーボードを使用しているからキーの機能が統一されているなどとおもったらとんでもない。
日本語かな漢字変換サーバとクライアントが分かれていて、まずインストールのときサーバ側の変換ソフトをCANNAかWNNかSJ3のどれかに決める必要がある。辞書などはこちらに含まれているがサーバーのステータスを表示させると、使用辞書を知ることが出来る。カストマイズファイルを使用してキー操作などを変更する。ローマ字かな変換テーブルも指定する。指定しないとデフォルトのファイルを使用することになる。
次にクライアントが色々ある、アプリケーションごとに違うことがあるので、一度ATOK12に決めたら全部がそれで済むようなわけには行かない。操作方法、キーの使い方、位置や機能も決まっていない。すべて自分で決めなければならない。デフォルトで我慢するならアプリケーション毎にワープロを換えたと思って使うことである。先ず始めに標準的なエディターであるEmacs(多国語対応版をMuleという)で日本語を使用する場合から使い方を決めていくようである、Mule専用のFEPもあるらしい。
Netscape Communicatorのバージョン4.05をインストールして使用しているが、4.5をためしに別の機械のPlamo Linux上にインストールしてみた、しかしながらなぜかホームページでキー入力ができない何か設定を間違えたらしい。設定方法も今ひとつ良く分かっていない。デフォルトでは/usr/local/netscape と言うところに設定されるはずなのだが4.05のときはそうはならなかった。今度はディレクトリは旨くできたのだがそれ以外に何かが不足しているらしい。付属の説明書を良く読まなかったせいである。また課題か増えた。
ブラウザの次は壊してしまったWWWサーバーの再構築である。雑誌の付録のCDROMにDatabaseとApacheがともに入ったものがあったのでそれのインストールを試みたが、データベースのことが良く分かっていないため、変なLibraryが次々と必要になり一向に旨く行かない。良く分かっていないものと一緒に導入するとえてしてこのような結果になりやすい。ここはおとなしく撤収することにして一旦機械からそれらのファイルを除去した。
しかしながらサーバーは必要である、そこで志気を鼓舞してhttp://www.apache.or.jpから最新のバージョン1.3.4をダウンロードした。先ず解凍をする、Apacheはコア部分とモジュール部分から構成されていると有る。モジュールは多すぎても削りすぎても問題だと書いてある。
前の3.4バージョンではインストールした後/var/lib/httpdにあったものをデフォルトの/usr/local/etc/httpdに移したとたん/home/user-ID/public_htmlへアクセスが出来なくなったほどである。またもや数週間は難儀をする覚悟をした。
Apacheをコンパイルする前に先ず利用するモジュールを選択して組み込むと有る。/srcの中のモジュールを調べてみるがどうゆうものか良く分からないものが沢山入っている。Configurationの書き換えなどとんでもない。とにかくデフォルトで行くことにする。Configureコマンドを実行する、画面になにやらぞろぞろとでてくる。次にmakeコマンドの実行である、コンパイルの経過がまたぞろぞろと表示され画面が流れて行く。早くてエラーメッセージが出ていたとしても判らない。最後はコンパイルずみのものをインストールする、これもmake installコマンドで自動化されている。
最後はスタートさせる番である、/usr/local/apache/sbin/を怖々開けてみる、しめた!色々コマンドが入って居るではないか。apachectl startで実行をかけ、別の機械からhttp://www.kono2.or.jp/にアクセスしてみる。例の " It's worked! " が表示された。目出度し目出度しである、ついで/home/user-ID/public_html/に実際のホームページ用ファイル一式をftpする、ばっちりOKである。
Linuxの世界は急速に自動化が進んでいるらしい、Linuxがプレインストールされた機械の発売が相次いでいるご時世である。アプリケーション・ソフトも簡単にインストール出来る時代が到来しているのである。そろそろ有料のLinuxを購入して日本語環境を試用するときが来たようである。
雑誌の付録にVineLinuxがついていて初心者には使いやすいとあった。たしかにNetscapeCommunicatorの日本語化されたものまで自動的にインストレーションすることが出来た。導入そのものは日本語化されたインストール作業が出来て楽であった。基本になっているのはRedHatLinuxである。Xウインドウシステムもとても綺麗である。ウィンドウ・マネージャはWindowsMakerという。Plamoにくらべても/etc/fstabなどにはCDROMやフロッピーの設定がなされていた。
インストレーションが終わりしばらくして気が付いたが、ライブラリーがglibc2を使っているということである、このことは例えばadduserの代わりにuseraddコマンドがあるというような別のコマンド系統であるということで、4300円も出して購入した「Linuxクイックリファレンス」が全く使えないことを意味する、ただでさえコマンドの使い方に難渋しているのに全然別物を更に覚えなければならないことになる。たとえば設定ファイル/etc/exportsに相当するものが別に何かあるのかそういったことも含め別に勉強しなければならなくなることが判明した、現在の乏しい知識ではとりあえずこのようなSlacwareと別系統のパッケージを触るのは時期が早いと思った。
これは1台目の機械にLinuxをインストールしたときの苦労話で何回も気がついたら夜が明けていたことがあった。
このボードは台湾製でアメリカ製でないからボードメーカーのリストの対象外でそこから判断がつかなかったが搭載されているビデオチップ名が分かったので何とかOK,しかしこんどはディスプレイユニツトの方のこまかなハードウエアのスペッシフィケーションを入力するところでまたまた旨くいかない、そのうちいろいろやっていると何となく動いてしまった。DOS/V誌の記事だけではうまく行かず「入門Linux」という本を買ってきてそれに沿って導入を幾度もやり直して何とかとりあえず動かせる所まで来た。
気を落ち着けて考えてみたところどうも前のバージョンのセットアップ・フロッピーディスクをそのまま使ってはいけないことに気が付いた、これを作り直したところめでたくXウインドウのセットアップを通過できた、前回難渋したビデオカードのセットアップはなんなく通過し、ディスプレイのところまでこぎ着けた。
前回偶然でたらめに入力してたまたまOKで通過したのが今回はなかなか当たらない、付属の資料なぞとっくの昔無くなってしまっていてどんなハードウエア・スペックなのかよく分からない、ここの設定は候補の数が多いがそれを選択すればいいのだからなんどかやれば当たるはずであるからと、気ながにやったところOKになつた。
ここらあたりから必要になってくるのがEMACSとかviとかのエディターの使い方である、私はviの最低のコマンドを何とか覚えた。これがないと色々設定を変えることもできないからである。
付録の本体であるインターネットサーバーの構築方法の本にはごく当たり前に繋がるがごとく記述されていてこんな低次元のケースについては書いてない、カーネルの再構築などという恐ろしげなことのやり方が載っている、藁にもすがる思いでこれもやってみる、いろいろ訳も分からずに変な設定や選択をやり最後にコンパイル迄やり直してみたがいっこうに旨くいかない。OSの再コンパイルなどということは昔バロースB1000と言う機械で一晩がかりでやったことがあるだけで、こんなに簡単に出来る物とは思わなかったが、いまはまったく関係ないらしい。
日本語のマニュアルのなかに堀江さんというひとが書いた文書をふとみつけた、是が丁度ぴったりの内容を説明てしてあり、/etc/rc.d/rc.modulesのなかにDEC製のNICのドライバーの記述をすればよいことが分かった。例が書いてあったので、自分の機械の、マザーボードに直接組み込みではあるがLAN用のチップが同じなので試しにやってみたところOKになった。それからNE2000コンパチブルカードだともっと旨くいくはずなに何故だめなのかはどうもカード側でWindows用のP&Pドライバーがアクティブになっているためらしく是をころせばこのNICもOKになりそうだということも分かってきた。
この調子でゆくと、本来無料のOSだが本代だけでWindowsの購入価格の二分の一位になるかもしれない。しかしApacheはWindowsNTにも導入できることがわかりCGIもどうせ必要になったはずだし、結局Linuxのリファレンス以外はOSとは別の費用ということになるようである。インターラクティブなホームページの改造を目指して、これから更にやらねばならぬ事がいっぱい出てきた。(後でエリック・ハーマン著の「CGI入門」と言う本に巡り会いこのあたりの疑問が解決した。)
実は日本語が使えるPerl等も別のパッケージ、例えば前述の付録のPlamo Linux等をインストールすれば使えるとは思われるが、その一部分を別にインストール済みのLinuxに導入する力がまだ無い。 だから宿題だらけである。
この本にはSLIPの方法も書いてあるのでPPPは横に置いてSLIPをやってみることにした。IBMへの接続方法が例にされているが自分のISPへの場合デバッグしながら所々を変えて行かねばならない。一旦mode PPPでIPアドレスが取得出来るところまではきた。しかしその後切断されてしまう。どうもISPの方式がこの後も違うらしいことが判ったのでこれも一旦止めることにした。後でISPに電話したらうちはSLIPは出来ないと言われてしまった、とんだ回り道であった。
さつそくアクセスしてみたところうまくLinuxマシンのXウインドウズ上で走らせたNETSCAPEコミュニケーターを使用してISPから自分のホームページを見ることが出来た。漢字や半角カタカナのフアイル名を使用したところがNGで有ることが判明していたが2カ所有っただけだったので早速手直しした。これでUNIXからアクセスしていただいた方々にも完全なホームページを見ていただけるようになった。後に横浜市のある公社のホームページを作成したときに、このチェック方法で幾つかの問題点を見つけることが出来た。
仮想コンソールということをしらなかったため、こんな基本的なことを不便なやりかたでやっていた。適当な本がなかなか見つからなかったが、山崎康弘著「Linux活用メモ」を見つけてからはおかげで何が基本的なことか解り、体系的にLinuxを勉強出来るようになった。ぜひLinuxの習得にとっかかりがつかめず悩んでいらっしゃる方々にこの本をお勧めする。SUコマンドの存在も知らなかった。
http://www.linux.or.jp/ 日本Linuxユーザー会
http://jf.linux.or.jp/ JFの部屋
http://sunsite.une.edu/mdw/linux.html LDPホームページ