幼い誓いを残し、少女が逝った年の、秋だった。いつも通りに能楽師モリヤは、祭りの村を訪れ、そして、夜半に道場に現れた。 祭り騒ぎに加わる気になれず、道場の庭で素振りをしていたゾロが、師とモリヤを見かけたのは偶然のこと。二人は稽古場へと入ってゆく。張りつめた雰囲気に声をかけられず、幼いゾロは息を殺したまま、障子の隙間からそれをのぞき込んだ。 広い稽古場の中程で、向き合って立つ彼ら。竹刀を手に、師がどことなく苛立った声で言う。 『どうした、竹刀を取れ』 『必要ない。今のお前相手なら、こいつで十分だ』 手を一振りすると同時に、モリヤの手の中で、さっと白い扇が開いた。祭りの舞台でも見せる動き。だがそこには、舞っている時の、仙人めいた幽玄の雰囲気は無い。 『馬鹿にするなっ!』 師の竹刀が動く。殺気を隠しもしない鋭さで、モリヤの喉笛に向かって伸びた。が、男はそれをすっとかわす。次の横凪ぎも、続けて下段からの斬り上げも、当たったかに見えて紙一重で回避している。風に斬りつけているような捕らえ所のなさだ。 (おかしい・・・いつもの先生じゃねえ) あんな余裕のない表情など、ゾロは他に見たことがない。底知れない力を秘めていた師だが、後から思えば、この時には実力の半分も出せずにいた。 『精神集中が出来ていないな。そんなお前など、怖れるに足りん』 『その台詞、後悔させてやる!』 温厚な師らしくもない言葉。やり場のない怒りと悲しみ、絶望と喪失感、そんな感情を全て、叩き込むかのような太刀筋。 さすがに、猛烈な連撃の全ては避けきれないと見え、モリヤは竹刀を、手の扇で捌きだした。金属音が響く。ただの扇ではなく、鉄の骨で作られた鉄扇なのだろう。 だが、能楽師の、余裕のある・・・いや、どこか冷笑するような表情には、変わりはない。立て続けに打ち込まれる竹刀は、その身体を捕らえることなく、扇で捌かれている。 (何でだ・・・先生の打ち込みを、あんな扇で・・・) 少年時代には互角だった、と聞いたことがある。『あいつとはずっと、勝ったり負けたりを繰り返してた』と、師は苦笑しつつ言っていた。そう聞いたゾロは、いつかはくいなを追い抜いて、意地になって追いついてくる様を見たいと願ったものだが。 ・・・鋭い気合いと共に、竹刀が唸る。常人には見ることさえ出来ない太刀筋。が・・・モリヤの身体はそれをかわし、重量を感じさせない動きで、すっと相手の内懐に踏み込んだ。扇が舞う。打撃音と共に宙を飛ぶ竹刀。次の瞬間、白い扇は再び翻り、師の頭に横合いから叩きつけられた。 (今のは・・・! くいなが、最後の勝負で見せた動きだ!) いつ間合いに入られたのか分からない、不思議な足運び。軽やかに見えて鋭く重い一撃。それと共通するものを、ゾロは確かに、モリヤの動きに見た。 『こいつが真剣だったら、今頃命はなかったぞ』 能楽師は、鉄扇を突きつけながら、嘲るように言う。床に倒れた「親友」を見下ろしつつ。 『何で見切れないんだ? お前の娘も会得していた“青海波”だろう? そこまで腑抜けになり下がったか!』 お前の娘、の一言に、びくりと身を震わせていた師。 『・・・貴様に、何が分かる!』 『分からないな。ただ、剣士のお前が、能楽師に遅れを取るほど腑抜けちまってるのが、俺には我慢ならないだけだ。そんなザマじゃ、もうお前には何の取り柄も無いくせに』 容赦ない言葉を浴びせられ、しばらく俯いていた男。しばし後、その顔がゆっくりと上げられた時・・・ゾロは、驚いた。そこに浮かんでいた、吹っ切れたような微笑に。 『・・・みっともない所を、見せてしまったな』 『いいさ。他の誰にも、あんな真似は出来ないんだろう?』 ふっと緊張を解いたモリヤの、温もりの戻った言葉に、ようやくゾロは気づく。あれほどの心の乱れを、くいなが死んだ日から、師はずっと押し隠してきたのだと。そして、友の一見冷酷な挑発がなかったら、それを吐き出すことは出来なかったのだと。 『さあ、立てよ。お前の剣が、真髄を取り戻す所を、天国のくいなちゃんに見せてやれ』 『ああ、もちろんだ』 ・・・彼らは、再び向き合った。能楽師が、柔らかな動きですっと後退し、間合いを取る。剣士はそれを、静かに見据える。 『行くぞ!』 低い声と同時に、先刻までの殺気とは違う、清冽な気が立ち姿にみなぎった。 両者は同時に動き、間合いを詰めた。舞うようなしなやかさで。竹刀が一息に振り抜かれ、高い音を立てて鉄扇が飛ぶ。 しばしの、静寂の後。床に転がった白い扇を拾い上げて、能楽師は、汗の浮かんだ友の顔を扇いでやる。 『やっと本調子に戻ったな。・・・全く、さっきのは何だったんだよ。怪我でもしたら、今度の舞台どうしてくれるんだ』 『お前こそ、容赦なくやりやがって。あーあ、眼鏡にヒビが・・・』 二人の姿を見ながら、ゾロはふと切なくなった。くいなとは、こんな風に笑い合える関係でありたかったと、今更ながらに思って。 「ああ、そんなこともあったな。昔から、あいつと思いっきり喧嘩できるのは、私ぐらいだった」 モリヤは、懐かしげにうなずいた。扇を手の中で弄ぶのは、昔から変わらぬ彼の癖。 「私が君ぐらいの頃は、あいつとは喧嘩ばかりしていたのさ。悪友ってやつだね。まあ、私は舞の腕を鼻にかけた生意気小僧だったし、あいつも、口より先に手が出るような奴で」 「先生が? 信じられねえなぁ」 「今だから笑って言えるけど、喧嘩の原因の八割方は私だったよ。当時は思い上がってたからねぇ。『芸術家の繊細な心が、そんな物騒なもの振り回してる剣士に分かってたまるか』なんて・・・」 ゾロに向かって苦笑しつつ、モリヤは言葉を続けた。 「剣士には剣士なりの優しさがあるって、後でやっと分かったんだ。あいつ、どんなに逆上しても、小手だけは狙ってこなかった」 そう言われてゾロは、サンジとの喧嘩を思い出す。手はコックの命、という彼。だから、素手の喧嘩だと劣勢になりがちなゾロは、時折わざと手を狙ってやる。サンジが気を取られ、隙を作った所で、形勢逆転に持ち込むのだ。 (・・・まだまだだな、俺も) 同じ年頃で、すでに師匠は、自分を越えた境地にあった、ということではないか。 その時、ゾロはふと思い当たったことがあった。深く考える前に、それは口をついて出ていた。 「モリヤさん、その・・・今度俺にも、踊りを教えてくれねえか?」 「え、いいのかい? 前にはあんなに嫌がっていたのに」 村にいた頃は、顔を合わせる度「踊りを教えようか」と言われたものだ。実際、くいなや何人かの道場仲間は、面白がって教わっていた。習うと、剣の体捌きも少し向上するようだったが、「少し上達する」ために回り道してはいられないと、ゾロはいつも断っていたのだ。 そして。本当にたった今まで、思いも及ばなかった。 くいなの、最後の勝負で見せた秘技と、能との関係に。 さっきサンジにぶつけられた「ダンスの上手い奴は、喧嘩も強い」の一言がなかったら、そして直後にモリヤと再会していなかったら。おそらく、ずっと気づかないままだったろう。 「くいなにも、教えていただろ?」 「そうだが・・・まあ、君もそろそろかもしれないね」 少し謎めいた言葉を吐くと、モリヤは近くに控えていた、弟子らしい青年を手招きした。 「済まないが、ここの後始末を頼む。私たちは先に、宿の方に行っているよ。善は急げ、と言うしね」 ということは、まさか今から稽古か? と少々驚きつつも、ゾロは能楽師に連れられ、楽屋代わりのテントを出た。 すると、周囲を囲んでいた兵士たちが、はっと息を呑むのが聞こえる。その中にいた、下っ端よりは多少強いと見える男が、多少腰が引けた様子で声をかけてきた。 「お、おい、ロロノア・ゾロ! その方から離れろ!」 どうやら、能楽師を人質にしているとでも思われたか。それを見て取ったモリヤは振り向くと、ゾロの肩を親しげにぽんと叩き、そして悠然と男の方に歩み寄る。 脅されてなどいない、と見せつけるように。 「何のことだね、警備隊長さん? ここには、お尋ね者の悪党なんて居やしないよ。私と同郷の坊やがいるだけだ」 「し、しかし・・・」 隊長に向かい、飄々とした笑みのまま、モリヤは言い放った。 「ここに本当に、噂の『三刀流の魔獣』がいるなら、君たち全員助からないよ」 兵士たちが凍りつく。能楽師の言葉が、脅しではなく、事実を言っているだけだと悟って。 「だけど幸い、ここにそんな奴はいない。祭りを楽しみ、私とも旧交を温めたいという青年が、一人居るだけでね。・・・そういうことにしておきたまえ、お互いのために。どうせ、この島の警備隊総掛かりでも、かなう相手じゃないんだから」 そして「そういうこと」になった。「ロロノア・ゾロについては見て見ぬ振りをしろ、下手に刺激するな」という通達が、極秘で島の警備隊に回ったらしく、滞在中はもう一度も、その手のトラブルはなかったのだから。 宿は、その広場から時計塔の反対側にあり、簡素ながら品のいい雰囲気だ。 芝生の広がる庭に入ると、高い白塀の向こうから、遠く街のざわめき。だが、気になるほどではない。 モリヤは、玉砂利の敷かれた小道に下駄を脱ぎ捨て、芝生の上に進み出た。月明かりの下、着流しの袖が翻ると同時に、手の中に白い扇が開かれる。 「それじゃ、今から基本の型を見せよう」 ・・・一座の者たちが、片付けを終えて宿に戻ってきた時、ゾロはまだその「基本の型」を稽古し続けていた。 さきほどの弟子の青年が、庭へ様子を見に来る。彼を振り向き、悪戯っぽい表情で、モリヤは尋ねる。 「どう思うかね?」 その囁きは、傍らの蓄音機が流す笙の音にまぎれ、ゾロの元へは届かない。 「これは驚いた・・・型に、ほとんど崩れがない。初心者とは思えません。簡単な所作ほど、実力が現れるものですが・・・」 弟子の戸惑いを前に、まるでクイズの答えを明かすように、楽しげにモリヤは告げる。 「ロロノア・ゾロはね、例の剣術道場の、一番弟子なんだよ」 青年は、一瞬眼を見開き、だが、納得したようにうなずいた。 「なるほど・・・そういうことですか」 という訳で、祭りを楽しむ仲間たちを後目に、稽古に通うこと数日。ゾロの腕前は、長足の進歩を見せていた。 不思議なことに、モリヤの教える舞いは、難しいとは思わなかった。まるで、本当は昔から知っていた、とでもいうように。ゾロはただ、それを思い出し、楽の音に乗せていけばいいだけだった。 そうか、俺の身体の中にあったのは、この動きだったんだ。ゾロはそう思う。ゆるやかな楽の音に合わせ、静かに扇をひるがえしながら。 祭りの街にあふれる、浮き立ち突き進むようなリズムではなく、あいまいで変幻自在な、だが確実に流れてゆく呼吸。どこか似ていながら全く違うそれが、自分の求めていたものだと、こうして稽古を続けてきたゾロには分かる。 もし今、サンジの『ダンスも出来ないようじゃ強くはなれない』との言葉を聞いても、笑って受け流せるだろう。 そして。かねてからの課題だった「物の呼吸」についても、期せずして重要な示唆を聞くことが出来た。 「へえ、物の呼吸か・・・もうそこまで達成したんだね」 稽古の中休みのベンチで、何気なくMr.1との戦いの話をしたら、モリヤは妙な顔もせずに答えたのだ。 「物の呼吸ってこと、分かるのか?!」 思わず聞き返したゾロに、能楽師は静かに微笑む。 「私の一門の開祖様が、こんな言葉を残しているんだ。『天地万物の呼吸、心に響かば自ずから音曲となり、身に染み通らば自ずから舞となる』ってね。その境地が、私たち一派の者の、究極の目標と言ってもいい」 「・・・そうか。何事でも表現するには、本質を捕らえなきゃならねぇ。そこで『呼吸を知る』ことが重要になってくる・・・」 ゾロは納得する。その極意は、剣よりもまず先に、こうした芸術の世界で必要だったはずだ。 「剣と能の道場が、同じ村にあって交流してたって理由、何となく分かってきたぜ」 「多分、君の想像した通りだよ。開祖については、こんな逸話もある。・・・彼には、親友の剣士がいた」 「それって、くいなのご先祖様か?」 彼女が存命だった頃、ゾロは聞いたことがあった。『道場の初代様、つまり私のご先祖様はね、モリヤおじさんの所の開祖様と大の親友だったの。それで隠居する時、この村を選んだのよ』と。 能楽師はうなずく。笑みが悪戯っぽいものに変わっていた。 「その剣士は、修行のためにある岩を斬ろうとしていたが、どうしても斬れずにいたんだ」 丁度、鉄を斬れずにいたゾロのように。明らかに、その符合を意識して持ち出した話だろう。 「それを聞いた開祖様は、岩の所へ出かけてゆき、感じ入ったようにしばし眺めた後、横笛を取り出し、即興の楽を奏で始めた。そして、演奏が終わった時・・・剣士は刀を構え、見事に岩を一刀両断してのけたというよ」 「つまり・・・岩の『呼吸』を、音楽で表現し、その剣士に感得させた、と・・・」 「そういうことだね。音楽というのは、『物の呼吸』に最も近い芸術だから」 その鼓動と調べが、人間の肉体という器を得ると、踊りになる。いにしえの天才能楽師は、その感覚を磨いた結果、期せずして剣の極意に近いものを得たのだろう。サンジの『ダンスの上手い奴は、喧嘩も強い』という言葉は、確かに真理でもある。 「・・・もしかして、モリヤさんも『物の呼吸』を読めるのか?」 ふと気づいて尋ねたゾロに、思いがけない答えが返ってきた。 「ふふっ、ある意味じゃ君より詳しいよ。私には、子供の頃から出来たんだ」 さらりと言ってのけた能楽師に、ゾロは少々鼻白む。モリヤには時折、こうした変な冗談を言う癖があった。 「冗談だと思ってるだろう? じゃあ、ちょっと見ていたまえ」 モリヤはベンチを立つ。不意にその「呼吸」が、ゾロの意識にくっきりと映り込んだ。集中していた訳でもなく、他人のそれが明確に読める状態ではなかったのに。 (ま、まさか・・・?!) 側の木立に、ゆっくりと歩み寄る男。・・・いや、その歩みはすでに「舞い」であった。立ち木の傍らに、ゆるやかに両手を広げて立ち、踊る。風に揺れるように静かに、だが、どっしりと根を張った力強さで。 モリヤの「呼吸」は消えていた。それは形を変え、舞いの中で木の呼吸と共鳴し、そのものと化している。 (そんな・・・! 自分の『呼吸』を、思い通りに変えられるとでもいうのか?!) しばし、ゆるやかに舞った後、能楽師は木立を離れ、コスモスの花壇に近寄った。また「呼吸」が変わる。白く咲き乱れる、可憐な花々の呼吸を、その舞いが発している。 その時、庭に何羽かの水鳥が現れた。卵を取るため、裏庭の池で飼われているらしいが、時々こっちにも遊びに来るのだ。・・・それを目に留めて、またモリヤの呼吸が変わる。今度は、水鳥の呼吸。引き寄せられるように彼を囲んだ鳥たちの中、翼がないのが不思議に見えるほど、その一群に溶け込んでいる。 (そういえば『鶴女房』が十八番だったよな、この人・・・) この力があったからこそ、彼は「天才」と呼ばれるのだ。天地万物の呼吸を、自在に表現する技。舞台の上で、人ならざる精霊にさえ、なりきってしまえる力。 (参った、かなわねぇ・・・俺より数段上の境地じゃねぇか) 破壊する剣の力は、結局最後には、創造し生み出す力には勝てない、と。いつかゾロの師も言っていたが。 「・・・疑って悪かった。知らないものを、あんな風に身をもって表現できるはずがねぇ」 ゾロは、少々ばつの悪い思いで、舞い終えて戻ってきた能楽師を見上げる。自分の得た力について、思い上がりがなかったとは言えない。そのことを、婉曲に教えられたような気がして。 「誰にでも本当は、ああいうものを感じる力はあるんだよ。普段は意識していないがね。少しの才能と努力があれば、限定的にでも感じ取ることはできるんだ」 モリヤはそう言いつつ、再びベンチに腰掛けた。 「・・・生け花の師範とつき合ってたことがあったけど、彼女は、花の心が分かるって言ってたね。『どう生けてほしいか、花の方から教えてくれる』って。実際、素晴らしかったよ。あんな風に、内なる輝きを引き出してもらえるなら、生けられた花も本望だろう」 「花の呼吸を、知っていた訳だ?」 「そういうこと。剣士にとって、あれは極意かもしれないが、芸術家にとっちゃ基本みたいなもんだよ。物の本質を感じ、共鳴し共感し、そして表現することはね」 「でも、そんなに簡単なものか?」 剣士である自分が、命がけでつかんだ境地を、そんな簡単に与えられる人々がいるなんて。どこか不条理だ、とゾロは思わずにいられない。 「ああ。何故なら、愛が助けになってくれるからさ」 「愛?!」 その瞬間、ゾロの脳裏をよぎったのはもちろん、あのラブコックの「お美しいレディ、俺の愛はあなたのものです!」との叫びとハートになった眼。 一瞬固まったゾロに、少しいぶかしげな顔をしつつも、モリヤは続ける。 「愛とは、共鳴し共感する力。人と人、人と物とを結びつけるエネルギーだ。例えば恋人同士が、何も言わないのに、互いの気持ちを理解していることがあるだろう? それは愛の力が、常人の感覚をそこまで高めた結果さ」 共鳴し、理解し、創り上げる力。そこから伝わる「愛」。 (そうか、勘違いじゃなかった。やっぱりあいつだ) ゾロは、サンジの料理を思い出した。食べたかった物、身体が必要とする料理を、的確に創り上げて供するコック。料理は愛だ、と口癖のように言う彼には、少々過剰なまでに「愛」をあふれさせている必要があるのだ。 「でもそういうのは、本来、剣士の感覚じゃねぇよな?」 そんな言葉が、ゾロの口をついて出ていた。余りにも自分と対照的な、あの男を思い浮かべながら。モリヤがうなずく。 「そうだ、剣士にとってはひどく難しい。『愛』の助けがないからさ。どんな存在でも、壊そうとしている奴より、愛しんでくれる人に応えたいはずだろう? 剣士の方も同じだ、斬る対象にいちいち心を傾けちゃいない」 ひたすら「愛」の赴くままに、対象を感じ取り表現すればいい、芸に生きる人々とは違って。 「だからこそ、剣士がその境地を知ることは、まさに両刃の剣だ。呼吸を知り共鳴した相手とは、必ずや共感が生じる。その相手を斬ることは、知らずに斬るよりずっときついだろう」 「・・・ああ」 その通りだと、ゾロは思う。かつて倒したMr.1は、己が肉体を刃に変えた最強の戦闘マシン。ある意味、ゾロの鏡像だった。 あの「呼吸」を感じ取った時、確かに「共鳴」は起こり、分かりすぎる程に分かってしまった。あれが、別の道を歩んだ「もうひとりの自分」の姿なのだと。 己の業を切り裂くように、刃を振るった。同じ修羅を心に抱きながら、あの男は倒れ、ゾロは生き残った。 「そのきつさに負けた剣士は、破滅する。君も聞いたことがあるだろう? 名剣士だったはずの者が、家族や仲間を手に掛け、自らも狂気の果てに死んでいく話を」 彼らに何が起こったのか、今のゾロになら分かる。「呼吸」を知り共感した相手を斬り続けたことで、その剣士たちは、自らの心を壊してしまった。斬るべきものと、守るべきものを見極められなくなってしまったのだ。 「そうだな。・・・先生は、きっとこう言いたかったんだ。鉄を斬る力は、斬りたい物を斬り、守りたい物を守ることを知るまで、手に入れてはいけない、と」 |
お待たせしました・・・って待たせ過ぎやっ!(ビシッ←自分に突っ込み)
この『Spilitual Dance』には、元ネタの時代小説があるんですが
書いている間に「余りにもネタ的にそのまんま・・・っつーかすでにパクリじゃん!」
と悩み始めてしまった結果、後半を大幅に練り直す羽目に。
しかしまぁ、タイトルに“Spilitual”なんて入れてはいたけど、
ここまで「もしかしてオカルト風味?」ってなるとは思わんかった(^^;
余談ながら、モリヤには鉄は斬れません(笑)。
彼にとって、「物の呼吸を感じる」ことは「物と共感する」ことであり、
「破壊」を前提に共感する、なんて矛盾した真似は出来ない訳で。
「そういう精神構造だから、幼い頃から物の呼吸を知っていても構わなかった」
とも言えます。性格的に、力を悪用できない訳ですからね。
(コウシロウ先生との喧嘩は・・・友情の証だからいいんですよ(笑))