『真冬の花』 by 刈穂川夏樹


「もう、ずいぶん前のことだけどな。俺がまだ、本当にガキだった頃の・・・」
 冬の初めのある日。次の街へ向けて、森の中の街道を歩きながら、ジークはぽつりと口にした。
「友達の誕生祝いで、遊びに行くとさ。綺麗な花が、家中に飾ってあるんだよ。野原にあるようなありふれた花なんだけど、でも、それが羨ましくって」
「羨ましい?」
 御剣が聞き返す。うなずいたジークの横顔は、木枯らしの中、ひどく淋しげだった。
「ああ。だって、俺の誕生日、真冬だもん。花なんて、咲いてる訳がねえ。・・・だから、親に言ったこともなかったな。いくら誕生日でも、有りもしないものを飾ってほしいだなんて、そんなわがまま言えっこねえだろ?」
「ふーん、そうかぁ・・・」
 道端には、しおれかけた最後の花々が、頼りなげに冷たい風に揺れている。この国には、日本よりもずっと早く冬が来る・・・と、御剣は思った。
 だからこそ、遅い春と束の間の夏を、人々は愛する。光あふれるその日々に、野山を飾る花も。秋が駆け足で過ぎ去れば、残らず枯れ果ててしまうから。
(俺、ここの農民に生まれたくはなかったな。こんな気候じゃ、作物も育ちが悪いから、みんな苦労してるしよ)
 ドイツの冬は、長く厳しい。灰色の雲がどんよりと垂れこめ、ほとんど陽も差さない、重苦しい日々が続く。
 その冬のさなかに、ジークは生まれたのだ。
 
 
 こんなことを、御剣が思い出したのは、ジークの誕生日が近づいたからだ。
 元々、十六世紀の日本には、個人の誕生日を祝う習慣はなかった。人の年齢は「数え年」で数えているので、年が改まるごとに、皆一斉に歳を取る。
 しかし、西洋に来て知った「誕生祝い」の習慣も、御剣は気に入っていた。人それぞれが「特別な日」を持てる、というあたりが。それで、ジークに何か贈り物でも、と考えていて、この花の話を思い出したという訳だ。
「花・・・? そうか、花か。確かに、この時期には見つからねえよなぁ」
 大雪に閉じ込められて、しばらく滞在していたある街の宿。その一室で、御剣は低く呟いた。確かに、今の時期に有るのは、色あせた乾燥花ぐらいだ。
「他に何か、いいもんはねえかなぁ?」
 少し考えて、荷物から巻いた紙と筆を取り出した。『論語』あたりから、気の利いた一節でも書いて贈ってやるか、と思いついたのだ。いや、どうせなら『孫子の兵法』の方がいいか。一見無学に見える御剣だが、読み書きはできるし、「立派な侍」を目指してそれなりに勉強もしてきたのである。
「やっぱり『論語』で、っと・・・ああっ、しまった!」
 手元が狂った。最初の一字を書くつもりだった筆は、白紙の上にべったりと墨の跡を残す。思わず、巻き紙のその部分を引きちぎり、手の中でぐしゃっと丸めてしまった。
 が、その時。彼はふと気づいて、その丸めた紙を注視した。日本から持ってきた和紙。その丸まった様子は。
(これは!)
 御剣はうなずくと、必要なものを探しに出た。
 
 
 そして、誕生日の朝。ジークは、部屋のテーブルに置かれた、小さな花束を見つけた。薄紅色の、バラの花束を。
「嘘だろ? こんな時期に!」
 慌てて手に取り、確かめてみると、それは染めた和紙で出来ている。うまく丸めて、細い木の枝に取りつけ、バラの花のような感じを出しているのだ。
 素朴な造り花の束を、少年は言葉もなく見つめる。
「誕生日おめでとう。どうだ、気に入ったか?」
 声をかけられ、やっと我に帰った様子で、ジークは振り向いた。
「なあ、ミツルギ。これ、お前が? 前に俺が言ったこと、覚えててくれたのか?」
 少し戸惑った様子のジークに、御剣は笑って答えた。
「まあな。あんな顔して話されちゃ、忘れようったって忘れらんねえよ」
「・・・どんな顔だよ?」
 からかわれたと思ったのか、少々むくれて言うジーク。
 この少年は、気づいていないのだ。自分が、どんなに淋しがり屋なのかを。心の亀裂を癒すために、本当に必要なものは何なのかを。
 魂に、誕生の日の凍てついた風を宿して、ひとり荒野を歩む。花の咲くこともない魂の荒野を。
 そんな彼だから、見守ってやりたいと、御剣は願ったのだ。
(いつか、お前の心の森にも、本当の花が咲くといいな)
 その時ふと、御剣はそう思った。ジークの歩む「現実」が、心の弱さから生まれた偽物だということは、まだ知るよしもなかったが。
「むくれてんじゃねえよ、折角の誕生日だろ? さあ、何か美味いもんでも食べに行こうぜ!」

★ END ★
初出 98年2月・ゲームコミケにて配布のチラシ本。
見た人ほとんど居ないと思うので、再録しました(笑)

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