『Graduation』 by Natsuki.K 「なあゾロ、頼みがあるんだけど」 ルフィがそう言ったのは、海上レストラン「バラティエ」の廊下でのこと。 「何だ? 雑用なら、お前の責任でやれよ」 「そうじゃなくてさ、あのコックのこと」 そもそもバラティエに来たのは、コックを仲間にするためだった。そしてルフィは、副料理長のサンジに目を付けている。 「説得すんの、手伝ってほしいんだ」 この一昼夜、ルフィは暇さえあれば勧誘しているようだが、サンジは取りつくしまもないらしい。 「ナミに色仕掛けでもさせろよ。あの様子じゃ、簡単に落ちそうじゃねえか」 「駄目。サンジの奴、ナミかバラティエかって言われたら、ナミを諦めるよ」 即答するルフィ。確かにそうかもしれない、とゾロは思う。ルフィはボケているようでいて、時折、ある種の神懸かり的な洞察を見せる時があるのだ。ゾロがその「器の大きさ」を認め、キャプテンと認めて従う理由。 そのルフィが、ふと思い出したように言った。 「ナミと言えば、あいつを仲間にした時だけどさぁ。俺が説得しても、全然聞いてくれなかったけど・・・あいつ、最初に心が動いたのは、ゾロに助けられた時なんだぜ」 「俺に?」 首をかしげるゾロ。 「そうだよ、覚えてねえの? バギーの手下共の刀を、こうガシーンと受け止めてさ、『女一人に何人がかりだ』って・・・カッコ良かったなぁ、あの時のゾロ。その後から、ナミの態度が変わった。俺が説得できなかったあいつを、お前が動かしたんだ」 「そりゃまあ、命を救われたんだからな」 そう言うゾロの目を、いつになく真剣に、ルフィが見据える。 「それだけじゃねぇ・・・俺より、お前の方が信用されるんだよ」 「信用、だぁ?」 海賊狩り、魔獣と恐れられてきたゾロにとって、「信用される」とは縁遠いことのはずだった。誰に信じられずとも、内なる信義を貫くだけ、と覚悟して歩んできた道。・・・ルフィの仲間になった時には、久々に「信頼されること」の喜びを感じた。だが、この常識外れな少年が相手である。結局「世間の眼など関係ない」というゾロのスタンスに変化はなかった。 その彼に向かって、ルフィは「信用されるはず」と言う。 「何だかんだ言って、まだ俺、色々経験が足りねぇだろ? その点ゾロには、積み重ねてきたものの重さがある。ホント、行動から心意気が伝わる、っていうか・・・俺の言葉より、お前の行動の方が重いんだ、まだ今んとこは」 「・・・・・!」 いつにないルフィの物言いに、ゾロは少し驚いていた。しかし、日頃の言動が「とんでもなさ過ぎる」ことを思えば、意外とその認識は正しいのかもしれない。 「料理長のおっさんも、やっぱり俺のこと、ガキとしか思ってないみたいだしな。あのサンジのこと、大事に思ってるなら、俺が連れてくなんて嫌だと思うんじゃねぇかなあ? でも、ゾロも一緒についてるなら、おっさん少しは安心してくれそうだし。もちろん、あいつもな」 「そりゃそうかも、しれねぇけど・・・」 口下手な自分に、言葉での「説得」ができるとは思えないが、何かを態度で示せ、ということならば。 「で? 俺は具体的に、何をすればいい?」 「んー・・・」 ルフィは少し考えてから、にかりと歯を見せて笑い、答えた。 「特に、何もしなくていいや」 「おいっ!」 「だから、変わったことは何もしなくていい、って言ってんの。ゾロはそのまんまで、十分かっこいいんだから。それをあいつに見せてやりゃいい」 またも、あの無邪気な、澄み切った眼差しだ。こんな眼をした時のルフィが、間違っていたことは一度もない。 「いつも通りに、敵がいたら戦って、まっすぐ世界一を目指してて、誰より強くて絶対負けない。それだけでいいんだ」 こうして、簡単な、しかしとんでもなく難しい課題を、ゾロは受け取ってしまった。 (説得のため、そのままの俺を見せる・・・ったって、下手すりゃ逆効果だ。畜生、一体どうすりゃいいんだ?) 密かにサンジを観察しつつ、どうアプローチすべきか、ゾロは悩み続けている。ルフィには「何もしなくていい」と言われたが、本当にそれで済むなら苦労はない。 何らかの働きかけをしなくては、キャプテン命令を遂行したことにならないだろう。などと、自分から心労を増やしているゾロであった。 ナミを最初に助けた、ルフィいわく「心を動かした」時の手は、多分通用しない。あのサンジは、下手に助けようものなら、むしろ逆切れするタイプだ。『何しやがる! てめえの助けなんか要らねえよ!』・・・セリフまで聞こえてくるようだ。実際、レストランで騒ぎを起こすチンピラ程度なら、瞬時にぶちのめす実力がある。優雅な身のこなしの裏に、牙を秘めているような男だ。 ・・・自力で勝てる戦いなのに、お節介にも助けが入った。そんな時の複雑な苛立ちは、ゾロ自身にも覚えがある。ルフィ、ナミ、ウソップなどの面々には無い感情だろうが。ナミやウソップは、戦闘力が低い分「助けてもらわねば仕方ない」と認めている。そしてルフィは「自分に出来ないことがあるからこそ、仲間を持つんだ」と思っているため、助けられて苛立つことなど無い。 (半端に強いから面倒なんだ) その呟きを、サンジ本人が聞いたら『何が半端だーっ! 俺様は料理も足技も半端じゃねェんだ!!』と叫んで蹴りを入れてきたかもしれない。 サンジはその一方、どうしようもない女好きでもある。文化の差もあるだろうが、ゾロから見れば、いささか病的な印象さえ有った。・・・もっとも、後にサンジが言う所によれば『てめえのムッツリスケベの方が、よっぽど病的なんだよ! この隠れエロ野郎!』とのことだから、双方の資質が両極端なのだろう。 両極端、その一語に尽きる。ゾロから見たサンジの印象は。自分とはかけ離れ過ぎていて、どうにもこうにも、打ち解けられそうな要素が見当たらない。そんな相手に、自分から関わっていかねばならないというのは、初めての経験だった。 今までの「海賊狩り」としてなら、単純だった。相容れないような者は、無視するか、斬るか。それで良かったのに。 いくら一行の「最長老」といっても、サンジの説得は、自分には荷が重い。ゾロはそう思い始めている。今度ばかりは、ルフィも人選を誤ったな、と。 説得を意識するだけで、どうにも口が重くなってしまう彼は、結局、まだ一度もサンジと言葉を交わしていない。 |
・・・という訳で、ルフィが彼らのお見合いを企んだそうです(違う)。
次回、ようやく初会話・・・? さあ、どうなることやら。