『ひかりの祝日』
                      by 刈穂川夏樹

「ロック、その枝で何を作るの?」
 不思議そうな眼で、バングーは、彼の「大きな友達」ロックの手元をのぞき込んだ。
「・・・飾りだよ。俺の生まれた国では、冬になると、こういうのを作って家に飾るんだ」
 昼の間に集めてきた、常緑樹の枝。つる草で束ねて、緑の輪にする。それから、赤くつやつやした、南天の実で飾る。ロックの無骨な指が、遠い記憶をたどりつつ、輪飾りを形にしてゆく。
「なあ、バングー。赤く染めた革紐があったろう?」
「うん、多分この袋に・・・ちょっと待ってて」
 バングーは、側の床にあった袋を探り始める。
「はい、これ。で、どうするの?」
「これも、飾り付けに使うんだ。ほら、こうやって結びつけて・・・あれ? どうやるんだっけな?」
 ロックは、赤い紐をリボン結びにしようとしている。
「こうやって・・・ああ、出来た出来た」
 無骨な指先で、それでも細心の注意を払い、紐の形を整える。そんな様子を、バングーは眼を輝かせて見つめている。
 この洞窟は、冬の間の彼らの家。食料もたっぷり貯蔵した。入り口は毛皮で塞ぎ、中をたき火で暖めて、居心地のよい場所になっている。もうすぐ、ここにも夕暮れが訪れようとしていた。
 ビーズの飾り物や、古いが色鮮やかな端切れなどが、荷物の中から見つかる。それも、輪飾りに添えられた。
「ねえ、ロック。これ、お祝いの飾りみたいだね」
「ああ、そうだ」
 うなずいて、ロックはゆっくりと話し始める。
「今日はね、神様の子が、この世に生まれてきた日だと言われているんだ。だから、俺の国では、みんなでお祝いするんだよ」
「神様の子って、やっぱり神様なの?」
 無邪気なバングーの問いに、ロックは微笑む。
「ああ、そうだ」
「その、神様の子って・・・もしかして、光の神様じゃない?」
 そう聞かれて、ロックは少し驚いた。
「何で知ってるんだ、バングー?」
 薄れかけた記憶の中。だけど、クリスマスの話をしてくれた老人は、確かに「神の子」を「この世の光」と呼んでいた・・・。
「だって、今日生まれた神様だったら、光の神様に決まってるじゃない。僕の村の呪術師さまが、そう教えてくれたよ」
「・・・・・」
「光の神様は、冬至の過ぎたこの日に生まれるんだって。だから僕たちも、毎年この日になると、新しく生まれてきた神様を見ながらお祝いしてたんだ」
「神様を見ながら? お前、今、そう言ったよな?」
 思わずロックは、目を丸くして聞き返す。バングーはうなずいた。
「ロックだって、いつも見てるんだよ。分からない?」
「・・・神様って、見えないんじゃないのか?」
「見えない神様もいるけど、見える神様もいるよ」
 そう言うと、バングーは立ち上がり、洞窟の入り口に駆け寄った。毛皮をめくり、外に出る。後から出てきたロックの眼には、赤茶けた荒野の地平線近く、オレンジ色に燃え立つ夕陽が映った。
「ほら、ね。あそこにいるじゃない」
 バングーは、太陽を指さしながら、無邪気に言う。
「ひかりの、かみさま」
・・・ああ、そうか。少しして、ロックはうなずいた。
 冬至を過ぎて、力を取り戻し始める太陽。だから「この日に生まれる」と言われるのか。この大地に生きる民の、素朴な信仰。
 少し苦笑しながら、ロックは言う。
「俺の国に伝わっている『神様の子』は、太陽ではなかったな。人間だったよ。世界を救うために、人の姿で生まれてきたんだ。だけど、他の人間たちには、そのことが分からなかった。そして・・・」
「そして? どうなったの?」
「可哀そうに、神様の子は、殺されてしまったんだ。だけど、その後で、素晴らしいことが起こった」
 と、バングーはくすりと笑った。
「何が起きたか、当ててみようか? ・・・その、神様の子は、また生き返ったんでしょ?」
「お、おい、どうして分かるんだ?」
「言ったじゃない。光の神様は、毎年新しく生まれてくる・・・それはね、死んでも生き返る力があるからなんだよ」
 どこまでも無邪気な、バングーの言葉。
 だが、ロックは、それに胸を打たれる思いだった。失った故郷で伝えられていたものと、バングーの語るものは、こんなにもよく似ている・・・。
「ロックの国でも、同じなんだね。光の神様がいて、死んでも生き返る力を持ってて、みんなをあったかくしてくれる。いつまでも、どこにいても、ずっと」
 夕陽を浴びながら言うバングーに、ロックは微笑んだ。
「ああ、そうだ、その通りだ。・・・今日は、そういうことを、みんなで感謝してお祝いする日なんだよ」
 全ての神は、もしかしたら、同じ源を持っているのかもしれない。全ての人の、魂の内奥に眠る、「神の元型」のようなものがあるのかもしれない。
 だからきっと、こんなに違う世界に生まれた者たちでも、心を通わせることができるのだ。・・・もうすぐ日没。そして、クリスマスイブがやってくる。

★ END ★
初出・97年冬コミ発行『Stille Nacht』

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