『異邦の騎士』

By Natsuki.K

 戦場でのあんたは、いにしえの騎士を思わせるよ。そう言ったらあんたは笑うかな、オールグレン大尉?
 馬にまたがり、兵士たちを率いて走るその姿。青い軍服を、ぴかぴかの騎士の鎧に替えたって、ばっちり似合うんじゃねぇかと、俺はずっと思ってた。
 だって大尉、あんたにもきっと、騎士の血が流れてるはずなんだ。
 おあつらえ向きに、ムード満点の霧まで、森を覆っているじゃないか。俺の故郷アイルランドにも、よく霧が出た。こんな霧の中を、伝説の騎士たちが、駿馬にまたがって駆け抜けていったんだとさ。
 ……ガキの頃、親父は酔っ払うと、よく俺に言ったもんだ。
『なあゼブロン、お前は騎士の末裔だ。落ちぶれちゃあいるがな、ガント一族には、誇り高き騎士の血が流れてるんだぜ』
 アイルランドが、エリンの国と呼ばれていた頃の、おとぎ話の戦士たち。嘘か本当か知らねぇが、それが俺のご先祖様なんだってよ。
 その頃には、酔っ払いのホラ話としか思ってなかった。たとえ本当だとしても、血筋が何だ、そんなもん腹の足しにもなりゃしねぇ。哀れで滑稽なドン・キホーテの末裔か、そんなことより明日の食費だ。年端もいかねぇ頃から、いけ好かねぇイギリス人共に、ぺこぺこ頭を下げて食い扶持稼ぎの毎日。有り難がって主君にひれ伏す騎士の気持ちなんざ、分かりたくもねぇと思ってた。
 ダブリン近郊で、俺はそんな風に育った。
 アイルランドは、イギリスの植民地。宗主国様のご意向で、すっかり近代化に乗り遅れた貧しい国だ。食い詰めた奴らが大勢、アメリカに渡った。
 俺も、大尉の親父さんも、そんなアイリッシュ系移民の一人。腕っ節しか取り柄のなかった俺は、食っていくため軍隊に入った。
 軍人なんて所詮、軍というシステムの部品に過ぎねぇ。でもそれじゃ、誰も命を懸けねぇから、名誉という餌をどっさり与えられる。そんなもんさ、「軍人の名誉」の正体は。俺みたいな叩き上げの下士官には、嫌でも分かっちまう。
 だけど……俺は、あんたに出会っちまったんだ、ネイサン・オールグレン。
 軍人ってものを、現代の騎士だと本気で信じている、バカな若造。最初はそう思った。こんな士官の下についちまったら、長生きは出来ねぇとため息が出たもんだ。
 でも、一緒に戦っていくうちに分かった。あんたは決して、世間知らずの甘ちゃんでも、時代の流れが見えねぇようなバカでもない。それでも、今時何の得にもならねぇ「騎士の魂」を、誇り高く掲げようとしているんだ、ってことがな。
 南北戦争でも、インディアン討伐戦でも、あんたは部下たちに決して、略奪や女への暴行を許さなかった。文句を言う奴は、本気でぶん殴って黙らせていたな。そして後には、大尉が手を出すまでもなく、俺が代わりにぶん殴るようになった。
 いつの間にか、感化されてたってことかな。絵空事だと思っていた「騎士道」とやらも、悪くねぇかもしれない……俺のご先祖様たちも、案外馬鹿にしたもんじゃねぇかもしれない。そんなことを、俺は思い始めていたんだ。
 酒の席で、冗談に紛れて話した「ご先祖様の物語」。大尉、あんただけが、笑わずに聞いてくれたっけ。
『いいなぁ……誇り高き、エリンの騎士の末裔か』
 子供みたいに、空色の目をきらきらさせて……いや、本当に子供だったな。いくつも戦功を立てて、英雄扱いされていたあんただが、士官学校を出てから、何年も経っちゃいなかった。
『勘弁して下さいよ。騎士は騎士でも、俺なんて、腕っ節だけが取り柄の田舎騎士ですってば』
つい恥ずかしくなって、俺はそう答えた。ご先祖様の本当の姿は、せいぜいそんなもんだと、ずっと思っていたからな。伝説とは似ても似つかない、無骨な田舎騎士だろう、と。
 ……もし、あの気高い「エリンの騎士」が実在して、血筋を残していたとしたら。
 その血を色濃く受け継いでいるのは、大尉、きっとあんたの方だ。サーベルにやたらと思い入れがあるのも、剣に魂が宿ると信じるいにしえの騎士なら、当たり前のこと。
 あんた、もしかしたら、先祖返りなのかもな。もうじき二十世紀になろうってのに、古代の騎士の魂をもって生まれちまった、可哀想なドン・キホーテ。その誇りのためなら、風車ならぬガトリング・ガンに突撃しちまいかねない男。
 時代に取り残された滑稽な男だよ、俺もあんたも。
 そんな俺たちが、サムライの時代を終わらせるため、極東の小国まで流れてきた。
 皮肉なもんだな。どうやら俺たちの魂は、バグリーや大村よりも、あのサムライたちに近いのに。
 でも俺は、最後の最後まで、あんたを守って戦う、それだけだ。ウォシタの事件の後には、出来なかったこと。
 何故って……俺は、あんたに誓いを捧げた「騎士」だから。


 あれは、第七騎兵隊でのこと。俺たちの隊は、野営の最中だった。インディアンたちの動きも特になく、焚き火を囲んで皆で酒盛り、というのどかな夜。
 大尉、酔っ払ったあんたは、俺にまた先祖の話をねだった。伝説の騎士たちの武勲、遠い昔のおとぎ話を。
 ……俺が酒の席で、そういう話を始めるのは、元々の癖じゃない。あんたが聞きたがるからだったんだぞ、知らないだろう? みんな、そういうことにしたがったからな。南北戦争の英雄オールグレン大尉は、いい歳をしておとぎ話が好きな変人じゃない、副官の方がそういう趣味なんだ、って。
 色々話したよな。トゥアハ・デ・ダナーンの神々の、国造りの物語。英雄クーフーリンと赤枝の騎士たち。海の彼方の妖精郷ティル・ナ・ノグ、その妖精郷を訪れたフィアナ騎士オシアン。
 何だかんだ言って、この手の話は、みんな嫌いな訳じゃなかったからな。面白がって聞いてる奴も、結構いたっけ。……あの晩は、物語るうちに「騎士の叙任式」の話になっていた。
 騎士が、主君に剣を捧げ、忠誠を誓う儀式。
 この儀式を経た者だけが、真の「騎士」と呼ばれるんだ。
 どうやるんだっけ、と誰かが言い出し、大尉が『騎士の肩を、主君が剣の平で叩くんだ』と説明し、それでもよく分からないと、また誰かが言い……あの時は、みんな酔っていた。悪乗り半分でいつの間にか、実演してみせることになっちまったんだよな。
 大尉、あんたは当たり前みたいに、俺を騎士の役に指名した。話の流れからして当然なんだが、それが妙に嬉しかったよ。
 焚き火の炎に照らされながら、俺は大尉の前に片膝をつき、うやうやしくサーベルを差し出した。『騎士が剣を捧げるのは、忠誠と命とを捧げること』……親父から、幾度も聞かされた言葉を思い出しながら。
 剣っていう武器は、不思議なもんだ。おおよそどこの国でも、歴史をたどれば、魂を持つ名剣の伝説がある。槍だの弓矢だのの方が実戦には強い、そして鉄砲はもっと強い……とっくにそう証明されてるのに、どんな武器も「戦士のシンボル」としちゃ、剣の代わりにはなれなかった。
 俺が使ってたサーベルは、大尉の物みたいな特製でも何でもねぇのに、あの時ばかりは、えらく有り難い代物な気がしたな。
 周囲のざわめきが、ふっと遠くなった気がした。ここはアメリカ西部じゃなく、騎士の時代の、ヨーロッパの荒野じゃないか。その有り得ない錯覚が、妙に心地よかったっけ。
 大尉、あんたもあの時、同じことを感じてくれてたのか?
 少々ふらつきながらも、あんたは剣を受け取り、鞘から抜いた。頬が紅潮して見えたのは、酔いのせいだけじゃなかったろう。
『大尉、気をつけて下さいよ。ちゃんと剣の平で叩くんですよ!』
 兵の一人が声をかける。悪趣味な冗談に、どっと笑い声が上がる。みんな、分かっていたからな。あんたに限って、そんなことは有り得ないって。
 どんなに酔っていようと、武器を取って手元が狂うことは、決してない。それが俺たちの英雄、ネイサン・オールグレン大尉。生まれた時代が違えば、最高の騎士だったに違いない男。
 そのあんたが、厳かに告げた言葉を、声を、俺は忘れていない。
『騎士にならんとする者よ。真理を守るべし、教会、孤児と寡婦、祈りかつ働く人々すべてを守護すべし』
 お遊びの騎士ごっこだったはずなのに、その瞬間、皆が静まり返った。伝統的な、騎士叙任式の言葉だ。正義の戦士たれという、己の騎士への最初の主命だ。
 いにしえの習い通り、あんたは剣の刃身に、そっと祝福のキスをする。周囲が息を呑む気配の中、俺は目を閉じた。焚き火の炎に浮かぶ、ひどく敬虔なその表情を、じろじろ見ちゃいけないような気がしたんだ。
 ……膝をつき、頭を垂れて待つ俺の肩に、そっと、でも力強く、刀身の感触が落ちた。ひとつ間違えば大怪我しかねないこの儀式で、騎士は主君に、文字通り命を預ける。先祖たちも、同じことをしてきたんだ……思いがけないほどの感動に包まれながら、俺は思った。
 鞘に収められたサーベルを、改めて腰に吊してもらいながら、まだ震えが治まらなかった。どうした、寒いのか、と尋ねてくるあんたの手に、跪いてくちづけたいような気分で。
 冗談半分で始めたことだなんて、もう忘れそうになっていたよ。
『では、新たな騎士の誕生を祝って……諸君、改めて乾杯だ!』
 仰々しく言いながら、あんたはさっと手を振って、周囲の部下たちを見回す。一斉に上がる歓呼の声。
『さあガント、お前ももっと飲め!』
 まばゆい思いでその笑顔を見つめながら、俺は胸の中だけで呟いた。『Yes, My Lord』と。口に出してしまったら、ただの冗談になってしまう気がして。
 軍隊の部品なんかじゃなく、凛々しい貴公子に忠誠を誓った騎士。俺は本当に、そうなれたような気がしていたんだ。
 誰にも、言わなかったけどな。


 あの頃は良かったな、大尉。俺たちはまだ、インディアン討伐戦を、誇りある戦いだと信じていられた。
 結局の所、俺はあんたを守れなかった。ウォシタの事件の後、ぼろぼろになって軍を離れたあんたを、追っては行けなかった。騎士のつもりになっても、俺はやっぱり、兵隊に過ぎなかったんだ。
 あんたは、騎士に見捨てられた主君と、主君に裏切られた騎士の思いを、同時に味わった訳だ。……カスターは、士官学校からの仲だったあんたを『ああいう優等生は、いざとなると脆いんだよ』の一言で見限った。
 そしてバグリーは……奴があんたにしたことは、思い出したくもねぇ。何ならこの戦いで、どさくさ紛れに撃ってやろうかと思ってたんだが、感づかれたみてぇだな。とっとと逃げちまいやがった。何が「戦闘は任務外」だ、ビビりやがって。
 いつだったか、あの野郎に、馬鹿なことを言われたよ。お前はまるで、お姫様を守ろうと必死になってる騎士だな、って。
 そうだったら……あんたがもし「お姫様」だったら、ひっさらってでも、あんな奴の所には帰さないのに。
 だけど、あんたは男で、戦士だ。自分の誇りは、自分の手でしか守れねぇと知ってる、騎士の魂の持ち主だ。
 だから……俺には、見守ることしか出来ねぇ。
 でも、一度戦場に出たなら、あんたを助けて命を張ってやる。戦いしか能のねぇ田舎者の俺に、出来ることはそれぐらいだ。命ある限り、俺はあんたを守る。
 ……今、こうして、霧の中でサムライ共を待ち受けているように。
「着剣!」
 馬上から響くあんたの声は、酒で荒れてはいても頼もしい。ああ、戦場に立ちさえすれば、あんたは今でも立派な戦士だ。俺は誇らしい思いで、その命令を復唱する。
 ん? 大尉、急に馬を寄せてきて、何の用ですかい?
「軍曹! 後方へ行って、補給列車の状況を見てこい!」
 ふふん、そう来たか。……俺は答えない。あんたの考えぐらいお見通しだ、意地でも退かねぇぞ。
「ガント軍曹、聞こえたか?」
「はい、大尉殿!」
 俺は威勢良く答える。愛用のライフルを構えたまま。ただの兵隊なら、命令通りにするだろう。でも騎士なら、そして主君の意図が分かってたら、どうだろうな?
「じゃあ、命令に従え。行け!」
 むきになって言うあんたの様子に、思わずふっと笑みが漏れる。
「お言葉ながら“クソ食らえ”でございます!」
 主君が命を懸けているのに、その騎士が従わないでどうする?
 何か言いかけたあんたを遮るように、ホルンのような不気味な音が響いた。サムライの合図だ……来る。もう、逃げる余裕はなくなったな。
 俺は、あんたを守る。俺より先には、決して死なせやしねぇ。
 そうして、俺が倒れたら……サムライ共は思い知るだろうよ。ブチ切れたネイサン・オールグレン大尉の恐ろしさを。
 俺が剣を捧げた男は、飲んだくれの軍人崩れなんかじゃない、第七騎兵隊最後の騎士だ。
 ……時代が違ったら、俺はきっと、あんたを「My Lord」と呼んでいたろうな。腕っ節しか取り柄のない田舎騎士の忠誠を、惜しみなく捧げて従ったろう。
 なあ、大尉。あんたに出会ってなかったら、俺は一生、大事なことを忘れたままだったよ。自分がどこから来たかも、何者だったのかも、先祖たちが何のために戦い、死んでいったのかも。
 目の前の景色と、ガキの頃のおとぎ話が、一瞬、重なって見える。遠い先祖たちが駆けた、アイルランドの霧の森と。
 もし……もし、ここから、生きて帰れたら。長い間思っていたことなんだが、今度こそあんたに言うよ。
 いつか一緒に、アイルランドへ行こう。俺の故郷、あんたの先祖の地。懐かしい 「緑玉の島エメラルド・アイル」、霧に包まれて広がる緑の平野。貧しくとも心暖かな人々が、素朴に暮らすあの国へ。
 そこでならきっと、大尉はまた、あの頃みたいに笑ってくれる気がするんだ。
 ……森の奥から、鬨の声が聞こえる。兵隊共がもう、浮き足立ち始めた。
 緊張を隠せないあんたの表情。俺は、もう一度振り向いてうなずいた。ヤバい戦いは何度もあった。でもいつだって、ネイサン・オールグレンは、戦い抜いて生き残ってきたじゃないか?
 馬蹄の響きと雄叫びが近づいてくる。さあ、もうすぐだ。
 そして俺は……奇妙な既視感と共に、「それ」を見た。伝説の騎士たちのように、異様な古い鎧に身を固め、霧の奥から現れる騎馬武者の群れを。
 兵士の誰もが怯えている。ああいう敵に向き合うには、にわか造りの「兵士」じゃ駄目だ、「戦士」でなくちゃいけねぇんだ。それがきっと、俺と大尉が、ここにいなけりゃならない理由。
 さあ来やがれ、サムライ共。アメリカから来た、時代遅れの騎士の主従が相手になるぜ。
 俺は、血のたぎりを覚えながら、手の中の銃を構え直した。

END 

お題「主従」は、みんな殿&氏尾で書くだろうと思って、
あえて外してみました。根がアマノジャクな夏樹.Kです(笑)。
しかし軍曹……全編に渡って、走馬燈モードってやつですかこれは(苦笑)。
しかも、強力な死亡フラグ「生きて帰れたら告白するぞ」やらかしてるし(違う)。

冗談はさておき、私もしかすると「大佐×大尉で鬼畜」はただの前提で、
「軍曹→大尉で純愛」の方が好きだったのかも……と書いてて思った。
「行き過ぎた友情、ただしひたすらピュア」って感じのね。
オールグレンの方も、バグリーよりもずっとガントを慕ってる気がする……
というか、バグリーには逆らってもガントの言うことなら聞いてそう。
(日本行きの仕事だって、バグリーが直接持ってきたら断ってたはず)
でも、そもそもガントのオールグレンへの感情は何だったのか。
友情? 部下としての忠誠? それとも他の要素が?
とか何とか考えるうちに「実は騎士の末裔で……」などという
オリジナルでっち上げ設定を作ってしまいました(笑)。
ラスサム西洋キャラの中で、彼は唯一、「忠義」の何たるかを
理屈でなく魂で分かっていた、そんな気がしてならないんです。
オールグレンは、騎士道精神への憧れは大いにあったものの、
半端に新時代へ適応しているせいで、古い形の「忠義」を実行できない。
でも、だからこそ勝元の「唯一の対等な存在」になり得た訳で。
(あと、オールグレンの素質が本来「仕えるよりは仕えられる方に向いていた」ので、
直観的に勝元の心に近づけたんでは、とか何とか思ってみたり。
貴公子の素質を持ちながら「自由と平等の国」に生まれ育ったオールグレンと、
自由と平等に憧れつつも「君主」として運命づけられた勝元……という対照性。
なんてことを、勝手に妄想したりしています)

なお、オールグレンがアイリッシュ系かどうかは不明ですが
ガントとお揃いの方が美味しいので、その説を採用しました。
中の人もアイリッシュ系だし、まあ問題ないでしょ(笑)。
「騎士叙任式」も、細かい所は色々違ってそうですが、
「ガントたちの知識も完全じゃない&そもそも略式でやってる」ってことで
あんまり深く突っ込まないでやって下さい(^^;


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