『Return of The Dragon(仮題)』 by 刈穂川夏樹 「何よぉ、和冦だなんて! もう少しで琉球なのにぃ!」 シャンファが愛剣をひっ掴み、船室から飛び出す。キリクもその後を追い、甲板へ急いだ。扉をくぐると、南海の日差しが、室内に慣れた目に突き刺さる。 後部甲板には船員たちが集まり、不安げにざわめいている。その中、鋭い眼で海原を眺めるマキシの姿。視線の先には、近づいてくる船が二艘、いずれもこの船より大きい。船足も速く、追いつかれるのは時間の問題だ。 「勝てると思うか?」 その横にいた李龍が、マキシに問う。 「戦いなら、負けねえ。俺たちが居るんだぜ。ただし、それなりに被害は出るだろうな。人数に差があり過ぎる」 「船員はかばい切れない、と言いたいのか? まあ確かにな」 「・・・はっきり言うよな、あんた。用心棒としての面子を、ちったぁ考えてくれ」 彼らはこの商船で、琉球までの用心棒を勤めている。もっとも船の長は、マキシの評判を聞いていて、上客扱いで歓迎してくれていた。だからこそ、期待を裏切ることはできない。 「このあたりは、使える暗礁もねえか・・・こうなったら・・・」 しばし考え込んだ後、マキシは、少し離れた所にいる船長を振り向いた。 「策があるんだ。うまく行けば無傷で勝てる。一か八かだ、やってくれるか?」 白髪混じりのその男は、静かに、しかし決然と答えた。 「戦いになったら、全権をお預けするとの約定ですぞ。我々に異存はありませぬ」 李龍はうなずきつつ、マキシに言う。 「ということだ、早く策とやらを教えろ。ただし、俺が助けることを当て込んで敵中突撃、というのは却下するぞ」 「三年前とは違うって。ま、見ててくれよ」 マキシは苦笑いしてから、その「策」を説明した。帆を一杯に張り、和冦を引き離している間に、急いで準備が進められる。 いよいよ、敵船が迫ってきた。向こうの荒くれ男たちの顔が、こちらからも見分けられる。もう少しで接舷というこの時を狙って、マキシの号令が響いた。 「取り舵一杯!」 船は曲線を描きながら、和冦船に向き直ってゆく。同時に、銅鑼の音が、海面を震わせて響き渡った。二度、三度、立て続けに打ち鳴らされるその音の中、するすると帆柱に上がってゆく、大きな旗。 海原を割り、まさに天に舞い上がらんとする海龍が、色鮮やかに縫い取られている。その四隅には「南海龍王」の金文字。これが、マキシの旗だ。かつて、仲間たちと共に海を駆けた船で、誇らしげに翻っていた海賊旗だ。 和冦船の上に、ざわめきが起こる。狼狽したように顔を見合わせ、まさか、まさかと口々に呟く男たち。その呟きをかき消すように、激しく連打される銅鑼の音。 最後の一打ちは、旗が上がりきると同時に、ひときわ大きく打ち鳴らされた。残響の中、マキシは船縁に飛び乗る。居合わせた者全ての視線を、その一身に吸い寄せて。味方のそれは切望、そして敵方は、驚愕と恐怖。 南の日差しにひときわ映える、白い衣装。覇汀原を肩にかけ、和冦たちを見回しつつ、マキシは不敵な笑みで言い放つ。 「俺が誰だか分かるか? せいぜい、身の不運を呪うんだな。てめえらが鮫なら、俺たちは、それを喰らう龍!」 そして、背後の船員たちを振り向き、さっと手を振る。 「野郎共、返り討ちだ!」 号令に応え、うおぉぉぉっ、と腹の底から響くような鬨の声が、船員たちから湧き上がった。彼らの実際の戦力はともかく、この瞬間の志気だけは、無敵の水軍のもの。まるで、マキシの亡き子分たちが乗り移ったかのように。 ・・・この時すでに、勝負はついていた。和冦たちの戦意は、完全に失われている。 「逃げろ! 舵を切れ! 何をしている、早く!」 和冦の頭が、真っ青になってわめき立てる。 「奴らだ・・・奴らが、戻ってきたんだ!」 しばし後、和冦船が小さくなってゆくのを見届けて、マキシは甲板に飛び降りた。深追いすることもあるまい。あの船が噂を広げてくれれば、マキシとしては十分に「勝ち」であった。海の悪党共は、しばらく怯えて過ごすだろう。彼らの最大の天敵であった、南海の義賊の影に。 味方側の被害は、船縁に当たった鉄砲玉ぐらいである。交戦らしい交戦をする前に、和冦は逃げてしまったのだから。 「どうだい、決まったぜ」 構えを解き、ほっと一息ついている一同に、彼は得意げな笑みを投げる。周囲の船員には、緊張が解けてへたり込む者もいるが、さすがに旅の仲間たちは違う。 「良かったわぁ、あの連中が腰抜けで」 可愛い声できついことを言うシャンファを、マキシがこづく。 「何言ってんだ、俺の評判のおかげだろうが。このマキシ様を敵に回せばどうなるか、ここらの海賊ならみんな知ってるさ」 「でも、結構危なかったと思うよ。あいつらに、本物のマキシ一家じゃないって気づかれてたら・・・」 妙に冷静かつ正確に突っ込みを入れるキリク。向こうを怒らせてしまったら、策が逆効果になっていた所だ。無論、迎撃の準備もしっかり整えてはいたが。 「てめえらなぁ・・・少しは素直に誉めやがれ!」 マキシが拳を振り上げてみせると、キリクとシャンファは笑いながらそれを避け、周囲を駆け回る。・・・そんな様を、少し離れて見守っていた李龍は、静かに呟いた。 「お前の姿ひとつで、歴戦の海賊共が、しっぽを巻いて逃げてゆく・・・それほどの漢になったのだな、マキシ」 琉球はもうすぐ。海は、碧く澄んでいた。この海が、血で穢れなかったことを、李龍は少しだけ嬉しく思った。 ★あとがき&解説 このストーリーは、2000年1月からシリーズで出している同人誌の1エピソードです。「ソウルシリーズ・ヌンチャク使い中心」というコンセプトで、彼らが生還しているパラレルストーリーにつながってます。完結編は、今冬発行予定。お問い合わせは こちらまで。 |