QJYつうしん 85号

平成10年1月16日

休日は山にいます

山歩きの集約・小さなマッターホルン 広島県佐伯町 冠岳(487m)

気になる山容

R186のドライブはアウトドア志向の人達にとってとても魅力的である。小瀬川の流れに沿って、羅漢温泉周辺を春はコウヤミズキ、秋はヤマハゼが色を添える。

大半の人は佐伯町を経由するため小瀬川ダムや蛇喰磐、弥栄峡方面を訪れることは少ない、が交通量も少なく、楽しいドライブは変わりなく出来る。

位置的には三倉岳の丁度ま裏あたりに、いつも気になる山があった。気になるのは私だけかも知れないが、その姿がマッターホルンを思わせる、と言えばちょっと言い過ぎだが、大きな岩を頂上に戴き、小瀬川ダムを覗き込むように聳え立つ冠岳(487m)だ。

あまりメジャーな山では無いことはその標高からも判断できるが、結構山歩き派には話題にのぼる山でもある。

ミニ連山

其の内訳は、「意外に急坂」「分かりづらい登山口」「山頂からの展望の良さ」「岩山登りの面白さ」など、山歩きの要素をすべて満たすと言ってもいい。この山にすべてが集約されている。

登り口は小瀬川ダムの桜並木の駐車スペース。その前にトイレ休憩を弥栄峡の駐車場で済ませておいた方がいい。但し、夏場は有料駐車場となっている。また小瀬川ダムの管理事務所の北側入り口がトイレだが、休日は開いていないかもしれない。

アカマツにかかった札で登山口であることは何とか確認できる。今は真冬でとても歩きやすいがブッシュのはびこる夏はどうか分からない。

いきなりの急坂なので当然、準備運動をしっかり行なうこと。

シキミ、イヌツゲ、ヤブツバキ、ヒサカキとくれ ば取り立てて珍しい樹木は無いが、ソヨゴの赤い実やシロモジの花芽を確認できると嬉しくなってしまう。

5分でマイクロウエーブの鉄塔だ。

ツツジ類の多いことが分かると、更に別の季節にも来たくなる。

そして5分弱で第一ピークだ。ダムの向こうに釜ヶ原温泉の建物が見える。そういう意味ではとても便利な山だ。

アオハダ、アカマツ、リョウブ、アラカシ。

10分で第二ピーク。今日の天候は晴、冬でも暖かく、時折雨雲が降らせる小雨もちっとも気にならない。うっすら汗ばんで来るほどだ。

アップダウンの多さはむしろ単調な山歩きより歓迎かも知れない。

ヤブニッケイ、枯れて立つコウヤボウキとママコナ。足元に花芽をつけたシュンランと赤い実のヤブコウジ。

第三ピーク、第四ピークと続くがそのたびに「あ、もう一つ谷が…。」と気落ちする。山歩きの面白さでもある。ミニ連山と呼びたくなる。

出発して40分くらいか、第五ピークに差し掛かる頃、眼下の真珠湖(小瀬川ダムの別称、カワシンジュガイから付いた名前)の上に美しい虹がかかっていた。

それでもパラパラと降る訳でも無い、むしろ陽射しが暖かく、風も無いため手袋さえ邪魔になる。暖冬である。

R186を走るダンプの騒音もここでは無縁、小鳥の声や林間に見えるタマミズキらしい赤い実に歓迎され、これが最後という第六ピークでは眼前に冠岳の全容が入ってきた。

その前には大岩が主峰を守るかのように立ちはだかる。

ジャンダルムに護られて

護衛兵(ジャンダルム) はここまでの様に簡単には征服されない。

細い頼りない紐がつけてあるが、急な岩のぼりを強要され上から嘲笑われているよう。

やっと登った岩の上からは真珠湖が最高の笑みを浮かべてくれた。温泉のテニスコートや見えるものすべてが「箱庭」のよう。

南にははるか下方にさきほどの鉄塔。

テンの糞が落ちているがどうやらカキの種が入っているぞ。

大岩を抱えるように立つ松の木も素晴らしい。ここから頂上まではコシダに足元を覆われる。

中国山地をはるかに

一時間で登山の醍醐味を味わえる素敵な山、いやマッターホルンの頂上がすぐそこだ。

右手には三倉岳の裏からの勇姿、ここからしか見られない裏三倉だ。

頂上には広い岩がまるでテラスになって置かれている。それは「置かれている」と表現しなければならないほど完璧な舞台だ。

もっともここで「舞」を披露しようものなら、足がすくんでしまうが。

北には深入山あたりの山々が白く雪をかぶる。うわさに違わず素晴らしい展望だ。

近辺の名も無い山塊も岩が多く魅力的。

ついにマッターホルンの山頂に立った喜びは久方ぶりの1000メートル以上級の征服感だ。とても500メートル足らずの山とは思えない満足感。

map

下りの面白さ

折角なら下りは別ルートとしたい。

どこでもそうだが、赤テープをきちんと判断して下れば怖くないぞ。下山最初の分かれ道は直進せず右側の赤テープを選ぶ。

急坂下りだがつかまる樹木が多く、安全だ。下から谷川の音が聞こえる。

コシダに代わってウラジロが多くなる。アラカシ、ツバキに混じって大きな葉のタラヨウ、ホオノキが見られる。

振り返って見上げる裏冠岳も見事。途中の大岩もバラエティに富んでいる。雑木林の背が高いので夏でも日陰になることだろう。

30分以内で谷川まで到着する。

ゲッ!

橋が無い。いや、もともとそんなものは無い。「おーい渡し舟よー。」などあるハズ無い。花芽を付けたシュンランが微笑む。

案内板に「谷川を渡り、林道→186号へ」と書いてあるのだから、どうしろ、と言うのか。

昨日の一日降った雨で谷川の水量はすごい。足が濡れるのは構わないが、なんとか滑ってボチャンだけは勘弁して欲しいものだ。

じっくり見渡すと下流方向に二箇所、石飛び渡りの出来る場所があった。

あとは滑らないよう祈るだけ。

林道は割と広いが車が通れるほどのものではないから安心して歩ける。いきなり目に付く赤い実のツルリンドウ。従って林道の名前を「水流林道(つるりんどう)」と名付けてみた。

ハイノキやナツツバキを確認。

R186までは下りなのに一時間かかったが、同じ道よりは楽しかったはずだ。特に夏場は涼しくていいだろう。

そして10分もあれば車を置いた場所まで戻れる。車で登山口に来るとピストン(帰路も往路と同じとする)が常識だが、ここでは連山の縦走感覚で一つの山を廻り歩く事が出来た。

ダムのサクラはもう3ヶ月後は咲いて散っていることだろう。季節はあまりにも早くめぐる。

こうして素晴らしい山歩きの環境を手近に持つ我々は、とてもシアワセなんだろう。

{カワシンジュガイ}
2万5千年前から生息すると言われる淡水性の貝。
アブラボテ、アマゴなどと共生し清流の尺度にもなる。昭和5年広島県の天然記念物に指定された。