QJY通信 94号

平成10年4月19日

日本一のカルスト台地をめぐる オキナグサの咲く 山口県秋芳町 秋吉台

長者が森

前日は萩市で遅くまで仕事だった。で、広島へは帰らず久しぶりに秋吉台の春を満喫することとした。

鍾乳洞の「秋芳洞」は修学旅行の定番。個人的にはその上、地上の秋吉台のほうが面白いと思う。200種以上と言われる豊富な植物群は早春の山焼きで保全されていると言ってもいい。

だからビニール袋を持った人々がワラビ採りでカルスト台地を歩き回っている。

彼らにとって、ズボンの黒くなる山焼き後の草原はうっとうしいものに違いない。当然そんなことお構い無しにリュックを担いで散策コースを歩いている人達もいる。

長者が森は大きな駐車場が傍にあり、乾いたカルスト高原の中にこんもりとした鎮守の森を形成している。不思議な光景だ。

まずはこの中に入ってどんな樹木があるのか探ってみよう。先程から子供達のおおきな歓声が聞こえる、幼稚園の子らがたくさん。

ここに向かうまでにたくさんのスミレ(和名スミレ)の花に逢う。カノコソウももう咲き始めている。

森と言っても小さな一角。ただしこれを構成する樹木は皆大きい。イヌビワ、タブノキ、カゴノキ、シロダモなど。ヤブツバキは花をつけ、カラスの巣も確認できる。

今日のように快晴の一日、春ならまだしも夏の炎天下だったら大変だ、影の無い秋吉台ではこういう森がもっとあってもいいのだが。

冠山(377m)

この名称の山は多いがまさかここにもあるとは。なだらかな散策路を冠山に向かい、今日は陽に焼けてしまうぞ、と思いながら帽子を深くかぶる。

ドリーネ(台地が鉢状に陥没した場所)の内側は少し湿り気があるのか緑が濃い。何やら吸い込まれそうで近づき難いが。

スミレがタチツボスミレに替わりフデリンドウが現れる。あまり栄養が無いのだろう、一本ずつ咲いていた。

所々に樹木が立っているが、長者が森のような照葉樹林は他に無いようだ。コナラが2〜30本立つ場所にはチゴユリの若い葉も見られる。

全般には絶望的な乾燥地帯、と言っても過言では無い。そんなガレ場に青くみずみずしい花が並んでいた。ホタルカズラだ。

花の時期によるのか赤っぽい花弁のものも時折見る。群生している場所では青、紫、赤と一種類の花群とは思えないほど多様な色彩、総称してルリ色か。

カズラと名付けられてはいるがツル性とまでは行かない。確かに長い枝を出して横に伸びているものもあったが。

生命力は旺盛のようだ。カルスト台地を構成する石灰岩柱の僅かな割れ目にも咲いていた。

地獄台

名前は怖いが本日の最大の目的地。この名前は石灰岩柱(カレン)が様々な形で立ち並ぶ様子から付いた。また、この景観から、秋吉台で最初の天然記念物にもなったと言う。

冠山から下って10分で到着する。花を付けたクヌギ林の中を抜けて、高さ3メートルの「地獄臺」と書かれた石柱が建ててある場所だ。周囲はセンボンヤリが春の花を咲かせ、ノギランらしき若葉やユリの葉も見られる。

白い日傘をさしたリュックの女性がひとり、向こうからやってきた。

「何かお捜しですか?」

私の、カメラを抱えたいでたちに彼女の協力的な言葉。「オキナグサならそこにありましたよ。」と追い討ちをかけて下さる。

実になったオキナグサをやっと見つけられたところだった。いつものように目が慣れてくるとかなりの数の花を観察できた。満開状態でも下を向く、そして毛に覆われた黒っぽい紫色は山焼き後の黒い土に溶け込んでしまうのだ。

日傘の彼女は地元の野草の会の人だそうだ。秋の秋吉台も良いと言う。

今年は島根県の瑞穂町とこことオキナグサを二箇所観察できたことになる。ここのオキナグサもいずれは見られなくなるのだろうか。

さらに北の丘に登り、ホタルカズラやオキナグサに出合う。振り返ると先程の白い日傘が緑の台地のはるか向こうに揺れていた。

map

北山(372m)

地獄台から烏帽子岳(395m)まで少し歩いて草原の草花を楽しむこととしよう。

あとは北山に向かい草原トレッキングだ。

秋吉台を訪れることが病み付きになった人を「秋吉族」と呼ぶそうだ。地質学者、花のカメラマン、洞窟マニアつまりここは宝の山なのだそうだ。鍾乳洞などは全体像の四分の一も明らかになっていない。石灰岩の中にある海の生物の化石などは、太古のロマンを語る。

カルスト台地の石もたかが石と言うなかれ。例えば外観は草原に群れるヒツジの優しさの石灰岩柱だが実際に岩肌に触れてみるとその鋭いヤスリのような表面の仕上げに驚く。

他県の人間など、ここの本来の姿の十分の一も知ってはいないのだ。

いわく、肌で感じてこそ「秋吉台」の魅力が分かるのだそうだ。

さて本日の最後の山「北山」は小高い丘で誰もが一度は登って見たくなるほどの手軽なハイキングの丘。

ヒメハギが小さな花をつけ、ミツバツチグリも明るく黄色い花を見せる。

ここに集まる人達はほとんどがワラビ採りの家族連れ。空にはヒバリが甲高い声で歌い春本番の様相。

今、ここ北山へのルートが一部規制されている。原因は多くの歩行者の踏圧で草原の裸地化が進んだこと。そのため裸地に芝生を入れているのは少々残念な気もする。

ただ、「ここを通らないで下さい」と看板があるのに、人は何故これを無視して入り込むのか。これから先は人間の意識の問題。

いい大人が注意事項を理解できる小学生に何と言い訳できるのか。

落ちているタバコの吸い殻や空缶。

駐車場に近い所はこうして醜い身勝手な人間の姿をさらけ出す。

C57の汽笛音

本日はむつみ村で宿泊するのでR9を徳佐方面に移動する。

途中、長門峡がある。この時期ならタイリンアオイが花を咲かせていないだろうかと寄ってみることとした。道の駅の駐車場に車を置いて歩きはじめたら、背後に機関車のすごい汽笛音がした。

SLやまぐち号だ。

時刻は16:10。津和野を15:23発とパンフレットに書いてあった。黒い煙を吐いて、堂々たる勇姿。「貴婦人C57」などと誰が言った?とても男らしく力強い。

さて、長門峡はカンアオイの葉を見つけたが花が咲いていないのでタイリンアオイとは確認できなかった。ちょっと早かったのか。

しかし、思いがけず河畔にキシツツジが満開で待っていてくれたのが嬉しい。