98年9月26日 QJY 113号

陸の松島を見下ろす キバナアキギリの咲く 島根県石見町 石見冠山いわみかんざん(859m)

香木の森

広島から浜田道を使い、瑞穂ICへは一時間もかからない。ここ香木の森へ寄ったのは訳がある。料亭「万橲亭」に注文してある昼の弁当を取りに行くためだ。

御主人は若いが、京都の老舗「萬亀楼」で板前を勤めた人、今でも弟子入り希望の人があとを絶たないと言う。こんな田舎では京料理を分かってもらえないと嘆く。従って客は広島からが多いそうだ。予約しないと入れない素敵な場所。

受け取った弁当は思いのほか大きくて、横にしたままではリュックに入らない。おかずの中から「こんにゃく」と「酢味噌」の組み合わせが漏れそうなので、先に戴くこととしよう。

ついでに香木の森のハーブ園の様子を見てから行こう。駐車場にオガタマノキが植えられていた。神社でもないのに不思議だ。来春の花芽がもう付いているぞ。

レストラン「香夢里」の前にはローズマリーサントリナ、メキシカンブッシュセージなどが咲く。サイモンとガーファンクルのスカボローフェアの一節が頭をよぎる。「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」

前方北を見ると京太郎山、後ろは原山、右手にひときわ優雅にそそり立つ、本日の山「冠山」。

わかりにくい登山口

ところでこの山「冠山」は「かんざん」と呼ぶ。

古くは近くを流れる深篠川とともに深篠山と呼ばれたらしいが、中国地方のすべての冠山がそうであるように山頂の形から呼び名が変化した。

事前の調査でも登山口はわかりにくいことは知っていた。ただ注意すれば冠山登山口と表示は出ている。それにここは日本、人に道を聞けば日本語で返ってくる。道を聞いて猟銃で撃たれることは普通は無い。

だからカーナビなど不要と思うのだが。

香木の森の前をひたすら直進すれば、R261に出る。少し行けば右手に「石見井原」のバスセンターがあり、最初で最後のトイレもここで利用できる。

800m先に「宮ノ原」バス停、さらに100m行けば右手に細い坂道があり、あとは一本道。わかりにくいのはシイタケ栽培の農家の先で道が細くなるが、これは左折し、300m先の左に倉がある十字路は右折する。右手に廃バスが置いてある場所だ。キバナアキギリがたくさん咲く。十字路から200mで右手に車の置ける登山口だ。

井原のバス停隣のスーパーで道を教えてもらったら、今朝皆が草刈りに出ていると言う。来週10月4日は地区民の登山大会なのだそうだ。

なるほど車が6台、場所を取っていた。

それでももう一台くらい置けるので心配は無い。

清流の山歩き

登山口から気持ち良く草刈りがしてあり、とても歩きやすい。もっとも、道端の草花が遠慮無しに刈られて、無残な姿を見せるが。

オオバショウマの白い穂、キバナアキギリ、アキチョウジ、ヤマシロギクなど被害は大きい。

登山道はそれほど広くなく、植林のスギも目に付く。ミズヒキの清楚な赤が際立つ。ほどなく耳を澄ませば絶え間無い水の音、流れに沿って黒いチューブが敷設してあり、どうやら飲料水として利用されているらしい。

草刈りの人たちが向こうからやってきた。早い終了だ、朝早くから始めたからだろう。

そして危なっかしい丸太橋を何度か渡ることとなる。滑ることが怖いと思う人は、是非杖を用意することだ。それに靴が濡れるくらい当たり前と思う、神経の図太さも危険を回避する策のひとつ。

リョウメンシダが道の山すそを覆う。草刈りで刈られたものが落ちている。どちらが表か迷ったら、胞子の付いているほうが裏と考えよう。

渓流の舞姫「アブラチャン」に実がなり、山道はしっかり刈られて歩きやすいことは確か。ここで一人の男性に追い抜かれる。

広島やまびこ会の「あと60分」の表示が見つかるとスギ林も終わり、キバナアキギリ、アキチョウジなど、秋の花達ともお別れになる。

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ヤマナシとクリの林間

ここで左折し、やっと落葉樹の林の中に入る。ブナが現れた。イノシシの開墾跡も生々しい。

坂道がどんどん急になり、一歩一歩の時間がかかる。林の中からヤマドリだろうか低音の羽音が聞こえる。足元にウスタビガの緑色のマユが。

先程から視界の開けない、あまり面白くないひたすら登りの山道。一気に汗が流れ落ちる。風も無く、さりとて陽射しも無いので辛くは無いが、急坂はいつまで続くのか。

花が無くなったのが面白くないが、足元にクリの実が目に付くようになる。と言うよりも、目が下ばかり向いている。あーしんど。

そして右手に大岩の展望台が現れた。岩の上から見下ろす石見町は緑のじゅうたんの上に濃い森の島が点在し「陸の松島」の異名のとおり。

眼前のクリの木にたくさん実るイガはちょっと危なくて取れないが。

そして稜線がはっきりし始めて右手に山頂が確認できる。まだまだ高いぞ。T字路に差掛かるとちょっと左の方へも寄ってみよう。ヤマナシの実がたくさん落ちているから。

360度の展望から見る「陸の松島」

最後の登りは今までにも増して、急峻な坂だ。

降りる時の怖さを考えたくはないが、一度や二度は滑りそう。

山頂には先客の男性。丁度下りるところだった。山名と標高を記した柱が立ち、長いベンチ。狭い山頂だが、そんなことはどうでもいい。この眺望!

360度の山、山、山。

石見町の京太郎山や原山はもとより、東に三瓶山、正面に大江高山のラクダのコブ。広島県側の天狗石などの山塊が手に取るように広がる。

来週はここに多くの町民が登ってくるのだろう。記念のネームプレートも置いてある。毎年10月らしい、個人の名前と年齢も。

眼下の「陸の松島」は地図で見る石見町の形そのままの盆地の中に、まるで外国の風景のように優雅な姿を見せる。

遠く「香木の森」あたりから手前の皆井田地区、裏側に見下ろす植林地は少々残念な景色だが。

「万橲亭」のお弁当を戴いたあとは、稜線沿いを200m先に進み、東ピークに寄ってみよう。

実際はこちらの方が863mと標高が高い。東ピークと呼ばれても正確な方角は南だ。

途中にコオニユリの咲いた跡、ホツツジやダイセンミツバらしい低木が続く。未整備なので展望は期待できないが、自然溢れるヤブコギ縦走路は、ラクダの背の大岩の上で休んだり、アゲハやタテハの蝶達の飛行ルートとして十分楽しめる。

登山口から2時間30分、石見町自慢の展望の山「石見冠山」は苦しい歩行の後のさわやかな山頂がきっと満足感を与えてくれる。

山はこれでなくっちゃ。


[編集後記]

仕事で良く行く尾道市。久しぶりに千光寺へロープウェイで上がってみた。最終便の17:15発だ。当然下りは歩いて下りる。

山頂にはアベマキが多い。ウバメガシ、ビワ、ツバキなど。皆大木だ。実をたくさんつけたムクノキも。

展望台から眺める瀬戸内海の風光明媚な景色もすばらしい。向島、因島、瀬戸田にかかる橋も。

文学の小道に沿って天寧寺の三重の塔まで一気に下りた。木造の塔は何十年何百年と尾道を見守って来た。車の入れない狭い坂道。

名物の尾道ラーメンの前にはたくさんの人が並ぶ。

干物の店、すし屋とか映画に出てきたアイスクリームの店など。小さい頃の広島を思い出した。