イワギリソウとイブキジャコウソウの咲く 出雲の宝石箱 立久恵峡 島根県出雲市

QJY131

山陰の耶馬溪

「出雲の宝石箱」と名づけた場所、立久恵峡は

早春から晩秋までいろんな珍しい花が楽しめるところだ。

長い間住んでいた出雲市塩冶町の自宅から、20分もあれば着く距離だったので、ここには数え切れないほど足を運んでいる。かつてQJYつうしん25号、昨年のQJYつうしん92号でも早春の風景を伝えた。この時のタイトルは「春は都会の雑踏を抜けて」とある。

これは随分昔に書いた詩の一節で、

風よふけ、風よふけ

青春は時の忘れ物、

過ぎ去った日よ、立ち去った人よ

時の流れに押し戻せ。

春は都会の雑踏を抜けて、

恋人たちが宍道湖へ

春のかすみのかなわぬ夢は、

晴れたと思えば、もう雨が

出雲の空のきまぐれの...

と、切ない気持ちとこのあたりの天候の不順さにかけて歌ったのを思い出したのだ。その楽譜は今も机の中に眠る。

でも今日は天気の崩れはなさそうだ。

駐車はトイレのある北の国道沿い、立久恵峡入り口バス停だ。92号ではここに咲くコンロンソウを紹介したのだが、今は工事のために見事に繁殖地が破壊されている。

残念な気持ちでつり橋「不老橋」を渡り、振り返った。すると車のたくさん通る道路の金網の中に紫色の花、大きな葉、イワギリソウだ。今日の目的の花にもう会えてしまった。山渓の「山の花」図鑑にもイワギリソウは撮影地を出雲市として載っている。おそらく、この花をこんなに簡単に見られるような場所は他には無いだろう。

前回も述べた山水画の風景が眼前に広がる。

山陰の耶馬溪と呼ばれるここ立久恵峡だが、どこの景勝地より珍しい花に会える素晴らしい場所だ。それも、高い山に登るわけでも無く、ハイキングしながら。

橋を渡ったところの岩にはこの立久恵峡でしか見られないとも言う、オオメノマンネングサの黄色い花があった。今咲く時期なんだ。つまりもう途方も無く珍しい花をふたつ見てしまったわけだ。

川岸のハマダイコンは今もうすいピンクの花を咲かせている。

森を抜けて

橋を渡ると思い出の樹木たちが待っていてくれた。カゴノキだ。これほど特徴的な樹肌をしている木は無いだろう、どんな図鑑にも出ている。それを実際に初めて見た時、どれほど喜んだことか、それ以来樹木が好きになったと言って良い。

ここではまだドクダミがつぼみだ。アオキは赤い実を残し、ナツグミもまだまだ実が青い。はっとする芸術的な形の花はキリンソウだ。

ウラジロガシ、サカキ、ヤブニッケイ、イヌビワ、シロダモ、ウラジロノキなどがまるで森林公園みたいに立ち並ぶ。

すぐ近くでキツツキ類の木をたたく音。

あまり人の入らない山道を選ぶのは、秘密の岩場に上るためだ。クモの巣を払いながら歩く。か細い枝に小さな葉のシデはアカシデだ。

秘密の岩場

霊光寺の手前、よじ登った崖の上、そこにはイブキジャコウソウが溢れる香りを振り撒いて咲いていた。ああ、何度来てもこの場所は最高だ。

ピンクの花は満開状態、花期の長い花なので、つい夏休みシーズンばかりねらって来ていたが、今がこの花の旬だったのか。

この花はまばらに咲いている姿ばかり見ていた。それもそのはず、伊吹山などにはお盆の頃出かけたし、花期が長いのでいつ旬なのか意識していなかったのが事実。

満開時の姿は丸くぼんぼりの様に咲いていた。

その周囲にはオオメノマンネングサが黄色いじゅうたんを広げる。花期の終わったイブキシモツケ(ここの看板にはキビシモツケとある)や咲き始めたネジキの鈴蘭のような白い花、意外なトベラも花をつける。

まだ葉ばかりだが、ヒオウギやサンイントラノオも姿を見せていた。もちろん、ここの代表花、ツメレンゲはたくましい姿で伸び始めている。イワヒバは緑豊かに茂り、カワラナデシコがもう咲いている。

オッタチカンギクの若葉、マルバマンネングサやヒメウツギ。ガンピも可愛い花をつける。

秘密の岩場は今も健在だ。

対岸の展望台へ

山道に下りて、霊光寺まで来るとユキノシタが多く咲いていた。そして巨大なオオハンゲの葉があるぞ、これはムサシアブミだ。少々気味の悪い姿であるがどこでも見られる花では無い。人の握りこぶしほどもある花をつけていた。

川岸にはアブラギリが白い花をつけ、香りの良いエゴノキは西表島では2月の終わりに目にした花。対岸の山中には紫色の花が咲く。ならばこれを確かめなければ。上流のつり橋「浮嵐橋」を渡り、車の通る道まで出る。

ところが、展望台への山道が工事のため通行止めになっているではないか。しかし、ここへ入らないことには忘れ物をしたようで後味が悪い。

工事は下山路側の砂防堰堤工事なので、無理して入って見た。

イブキジャコウソウ

手で触るとちくりと痛い葉、カヤが多い。イヌガヤなら痛くないが、これは鋭い針だ。

ツルマサキやコマユミ、ソヨゴは区別のつかない良く似た花だ。

カエデ科のミツデカエデやメグスリノキがあった。展望台に着くと紫色の花の正体はすぐにわかった。今が満開のセンダンだ。前任の地、福山市の木がセンダンだったので、ここ出雲市で見て喜んだ覚えがある。

展望台ではちょっと長い生物が日向ぼっこをしていた。どこかへ行ってもらい周囲を見ると、ここにもイブキジャコウソウが咲く。淡いピンクの素晴らしい香りの花。

ここから見える奇岩の光景、杭を立てたような岩から立久恵峡と名がついたことを思い出す。

ゆったりと流れる、初夏の日差しとツツドリの声。向こう側の岩場はここからは見えない。

岸壁のイワギリソウ

川まで下りて、今度は右岸を歩いてみよう。春先にはシロバナネコノメソウの群落のあったあたりを過ぎるとその花はいやがおうでも目に入る。

岸壁に咲き、花の色「紫」がキリの花のようだからついた名前、イワギリソウは随分少なくなったと聞く。イワタバコの仲間だが、なにしろその希少さゆえに持ち去られるのかもしれない。残念なことだ。決して庭で育つ花では無いのに。

イワギリソウ

そしてカメラを持った人にもすれ違う。皆良く知っているのだ。広い場所ではカワラナデシコの花の群生も見られる。秋ならノグルミの実、ウバユリの立つ姿を見る場所を過ぎるともう出発地点に戻ってしまった。

これだけの狭い範囲に価値のある個性的な植物が立ち並んでいる。だからここを「出雲の宝石箱」と呼びたい。宝石箱には珍しいだけではなく、とてもきれいな花々が収めてある。

【そば屋・一福】帰りに寄ってみたのが、R54・頓原の「一福」、いっぷくと読む。広島駅、八丁堀などにも店がある。伊藤さんという社長がこだわりを持ってはじめたそば屋。自前の畑で育てたソバで粉を挽く。琴引より少し広島よりにある。本物のそばはうまい。