QJYつうしん 153

休日は山にいます

平成12年12月2日
幻のキクを求めて  ニジガハマギクの咲く    虹が浜/山口県 光市

「まあ綺麗な野菊、政夫さん、私に半分おくれったら、私ほんとうに野菊が好き。」、政夫はいつもそう言っていた民子の墓に野菊を植えた。

伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の一節である。

スミレが春の野花の代表なら野菊は秋の代表そのものだ。もちろんタンポポやセンボンヤリが春の野山を飾っていても、秋の草原を白、紫、黄色に彩るさまざまなキクの仲間の威勢の良さはその年の思い出にいつまでも残る。

ちなみに今年は室戸岬周辺で見ることができる、「シオギク」がとても印象に残った。

秋はキクがいい

そもそもキク科(COMPOSITAE)の植物はとても種類(属)が多い。大きな特徴は頭花を作ることだろう。タンポポを例にとると、花びらに見えるひとつひとつが小さな花だ。だから頭花の下部はがくと呼ばずに総苞と呼ばれるなど特別扱いだ。多くのキクは頭状花、舌状花と形の違う花で頭花を構成する。これはマツムシソウなど他の科にも見られる特徴だ。

ひとつの舌状花をルーペでよく観察してみよう。花の付け根が筒状になっていて、キクは合弁花であることに気づく。

リュウノウギクなどキクらしいキク(ちょっと表現がおかしいが)はキク属と言って、独特の形状をした葉などで構成される。

実の運ばれ方もユニークだ。風に飛ばされたり衣服にひっついたり。

豆とかおいしい実が出来ることは無いのに、昔から愛されてきたキク科の植物。

話のついでに属の紹介をしよう。キク科の下に○○○属と言って細かく分類される。

ヨモギ属、アザミ属をはじめ、ノコギリソウ属、ヤブレガサ属,コウモリソウ属、・・・いやいや、いっぱいあって書ききれない。

ちなみに草本ばかりでは無い。コウヤボウキなど樹木の図鑑に載っているものもある。

瀬戸内の秋のキク

春のタンポポから秋のリュウノウギクまでキク科の花を見ない季節は無い。中でも晩秋に美しいキクを愛でることが出来るのは日本の良き自然なのかもしれない。

めっきり秋も深まり、山間部で霜の降りる頃、瀬戸内沿岸部では海岸性のキクが大きな顔をして咲き始める。ツワブキはその代表格だろう。白い花ならノジギク、黄色ならシマカンギクやヤクシソウと分かりやすいのもいい。深山で咲くリュウノウギクは優雅な香りと上品な姿で好まれるようだ。

穏やかな気候の瀬戸内ではノジギクも葉が薄くなりセトノジギクと名前が変わる。山間部にシマカンギクがあり海岸にノジギクとは、名前を交換したほうが良いのでは?

ニジガハマギク

このキクの名前を聞いてから、いつか捜しに行きたいとかねがね思っていた。それはひとえにこの美しい名前による。

ニジガハマギクは決してマイナーな植物では無い。ちょっとした図鑑なら名前だけでも載っている。
ニジガハマギク

南敦著「中国路 植物散歩」(葦書房、1995年、朝日新聞に連載されていたエッセイの集大成)にはこのキクについての考察が書かれている。南氏は山口の人で植物の和名・漢名などに詳しい人だ。氏はニジガハマギクについて同著の中で、この花は一株一株、染色体の数を数えなければ確認できないと明言している。

なぜならニジガハマギクは変種のサンインギクとノジギクの雑種であり、黄花も白花もあると言われているからだ。

1931年このキクを採取し命名した牧野富太郎は最初、シマカンギクとノジギクの雑種と発表した。雑種で厄介なのは稔性があること。つまりそのタネがさらに花を咲かせるのだ。

稔性のある雑種は本能的な先祖帰りなどもあって、訳がわからなくなる。大変だ。

自然による交配。これが自然によるものか昔の園芸家の作為だったのかは今では分からない。

ニジガハマギク 6倍体で染色体の数は54

〃 牧野発表  5倍体で染色体の数は45

シマカンギク  4倍体で染色体の数は36

サンインギク  6倍体で染色体の数は54

ノジギク    6倍体で染色体の数は54

京都大学の北村四郎博士のDNA鑑定によって先祖が特定できたのは良かったが、外見だけで判断できないのは素人写真家の私には想像で分類するしか無いわけだ。

だから表題にあるとおり「幻のキク」だ。

それにしても、「虹が浜菊」とはきれいな名前をつけてもらったものだ。牧野博士には感謝しなければならない。

光市役所〜自生地

ニジガハマギクのルーツを想定してみると、ここ光市がちょうどサンインギクとノジギクの分布交差する場所になるのだろう。前置きが長くなったが、光市役所には9人が集合した。メールで声を掛けたり、ホームページで公募していたから。

さっそく庁舎裏に有る崖に咲く黄色いキクが見つかったので観察して見ることとする。周囲には海岸性の植物が多い、イヌビワ、ネズミモチなど。まさかDNAを調べることなど出来ないので、これをニジガハマギクとしよう。市役所の守衛さんの話では、以前は庁舎と国道の間あたりに植えてあったそうだが、トイレを建てなおしてから無くなったと言う。もっともこれは本物では無いと言われたこともあった。

で、これを基準として似たようなキクを探すこととする。事前に山口県の自然観察指導員・清木先生から、「下松市との境界あたりの線路沿いを捜せ」と言われていたので全員そちらに移動してみた。

あったあった。市の浄化センター近辺に駐車しJRの線路沿いに歩いて見ると黄色いキクがたくさん。沖縄に多いアワユキセンダングサやノジギクらしき白いキクも見つかる。

本当にたくさんの黄色いキクが咲いている。

黄色いキクがサンインギクかニジガハマギクか不明だが、ともかくあったのだ。一堂喜んでいると、けたたましい警笛を鳴らして電車が通り過ぎて行った。工事中の列車による事故の話しを良く聞くが、なるほど電車は静かにやって来るものだ。誰も音がするまで気づかなかったとは。クワバラクワバラ。

結局ここには白いノジギクは一株見つかっただけ。ほとんどが黄色いキクだった。前述、ニジガハマギクは黄花と白花があることを思い出して欲しい。

美しい松原・虹が浜

虹が浜は市を流れる島田川の西に広がる風光明媚な浜だ。特に今日は快晴で風も無く暖かい。ぼんやりしていると眠くなりそうな日だ。普段ならウィンドサーフィンで賑わう浜も、今はもう秋、誰もいない海。

島田川の河口に向かい浜辺の植物の観察をしてみよう。コウボウムギ、ハマゴウ、ハマヒルガオ、ハマナデシゴが大群落を作る。花の季節なら目を見張るほど見事に咲いていただろう。特にハマゴウは香りの良い実を鈴なりに付け浜一面に広がっていた。

波打ち際には小さな穴のあいたたくさんのアサリが打ち上げられている。はてこれを食ったやつは、海の底の弱肉強食の連鎖が想像される。

おや、黄色のキクも見つかった。虹が浜なのでこれもニジガハマギクと決め付けたい。ただ舌状花がやたら短いのだが。このように素人レベルの植物観察は、想像力をたくましくして深みに入らない程度にこだわりを大切にすべきである。

恐らく島田川はふたつのキクの境界なのかも知れない。この近辺を境に黄色いキクと白いキクが棲み分けをしている。

花だけでなく我々を悩ますのが葉の形、隣り合った一株一株違うといえば違うのだから。
虹が浜にて

上関のセトノジギク

黄色いキクを堪能したので、次は白いノジギクを観察しよう。東へ移動して、周防大橋経由で上関に至るドライブは白いセトノジギクのノジギクロードとなる。それは昨年のQJY140号に詳しく書いた。
上関の紅葉

今年も同じ時期だから同じようにセトノジギクは花盛り。ヤクシソウやハマナデシコも見られる。

やはり「むろつの天ぷら」を買って、上関大橋を渡り展望所から晴れ渡る瀬戸内海を見渡そう。今年のシャシャンボの実はどうなのだろう。はたして、驚くほどたくさん実っていた。参加した皆が口にほおばる。手の届く範囲には少ないから、誰か先人が採りに来た可能性もある。ジャムにするとおいしいからね。
セトノジギグ

本土側を振り返れば、海岸の紅葉が今一番きれいなことに気づくだろう。真っ赤なハゼノキがその主役、ハゼノキは沿岸部に多い南国の樹木だ。瀬戸内の紅葉の代表木。
コバノタツナミソウ

そして昨年と同じ場所でアツバタツナミソウ(コバノタツナミソウ?)らしき花が咲いているのを確認。また、たくさんのセトノジギクの群落に出逢い、花,花,花のドライブを終えた。

この季節でも満開の花の観察会が出来るんだ。