□ 第二十二回「古の旅路」〜ヴァイオラの徒然日記 □

(420年らしい)
2体のゴーレムをあっさり片づけたところで、向こうの方から更に4体が現れた。姑息なことにクロスボウを構え、待ちの体勢だ。しょうがないので木を盾にしつつ迎撃に入る。たいして手こずることもなく、あっさり骨の山が築かれた。紫ちゃんは両手利きなのか、クラブ二本を使いこなしてそれなりに強い。実はウェポンリーロッドみたいだけど、あれって神官には使えなかったような気が。それよりなにより、傷が治せる時点で別物だ。折り畳み式ヘルスロッド? 便利だな。
とっとと街に向かおうということになり、歩きながら話す。……なんかね、このひと、やっぱり人間じゃないみたい。なんの衒いもなく、クロムの親父に捕まって人間の姿にされたから名前がないとか言うんだもん。そういう話題を振ったわたしも悪いんだけど、なんとなーく聞かなきゃよかった。
おまけに、わたしの名前が気に入ったから名前をくれと言い出した。いや、それはいいんだけど。んー、さっきからこう、喉の奥にひっかかっているものがあるのよね。なんだろう。後の魔術師(仮)がゴで始まる名前らしいのも気になる。
うーん、と考えてこんでいたら、ハイブがひょっこり現れた。またしても周囲がぐにゃりと歪む感覚。なるほど、歪みが重なるとその反動で飛ばされるのか。ヴァイオラちゃんと姿を隠したゴ何某なにがしにお別れを言ったところで、突然理解の扉が開いた。
「お前、ゴードンか!」
「あ、ばれちゃった。また後でねー」
ゴードンにとって、この出来事は双方向らしい。さすが腐っても女神の使徒。わたしは大いなる安堵を味わった。
よかった。あの「神の目」が『ヴァイオラ』だった理由がわかって。
 
(456〜9年ぐらい?)
何か上昇した気分。気がつくと、吹きっさらしの崖の上に転がっていた。結局恵みの森からは出ていないようだ。装備も体調も万全だが、相変わらず他に人影はない。いつになったら合流できんのかねぇ。とにかく呪文を取り直し、いつでも動ける体勢を整えた。
30mぐらい下にある小径を2台の馬車が通っている。あれ、バーナード達だ。それに気づくと同時に、スコルの横にいたジャロスがこちらを見た。軽いノリで手を振るので、笑って振りかえしてあげた。
という事は、まだ彼らと会う前なのかな。確かにメンバーが若干違うみたいだし……。その物思いは背後の殺気に断ち切られた。ハイブだ。視認するやいなや、お馴染みになりつつある感覚に包まれる。
急激に落ち込む感覚と共に、見えないはずの情景が、聞こえないはずの会話がわたしの中に流れ込んだ。

……予想通りって、ほんとうに嫌なものね。
 
(125年らしい)
また森の中だった。でも、なんだか様子が違う。そして目の前には、またしても一人の少女。どうせ人じゃないんだろう。今度はなんだ。獣人か? 雰囲気からして鷹族かもしれない。
まん丸になった目でじーっとこちらを見つめ、彼女は言った。
「データにエラーがでるんですけど、何者なんですか」
データにエラーってなんだろう……。ちびっと嫌な気分になったが、「それはわたしがこの世界の人間じゃないから」と答えを返してみた。それにしても今回のお客さんは、のっけから飛ばすなぁ。ま、その分余計な気を回さないで済む……かなぁ。そうだといいなー。
やはりここは恵みの森らしい。なぜか彼女は人間のふりをしているようだ。しかしその言動では、まったく隠している意味がないのだが。
「あなたは何者ですか」
再び聞いてくる。そんなにエラーが気になるのか。嫌な気分が5割増し。
「とりあえず、人間ですが」
「それは嘘だと思います」
さくっと返される。
ぐらり、と心の平安が30度傾いた。
「普通の人間ならデータにエラーなんて出ません」
ああ、そうね、普通の人間ならね。しかしだね、この時代の人間じゃないからって事はないの? あるよね? あるはずだ、うん。……それで、今は何年なの。
「125年です」
なんとなく、ほっとした。そうだよ、この時代にわたしは生まれていないんだから、エラーが出るのは当たり前。「データにエラー」が何なのかは知らないけど。
しかし、125年か。あのリズィの最期から5年、ということはサーランド時代だね。またずいぶん溯っちゃって。そんな事をつらつらと考えていたら、少女の声がした。
「リズィさんって誰ですか」
思わず凝視した。いま、口に出した覚えはない。なのにその名前が出るのなら。
びし、と指を突きつける。
「鷹族だな!」
「えぇえ?! なんでわかっちゃったのぉ?!」
そりゃわかるよ。

彼女の名はエオリエル、通称リエル。地上に降りた姉のエルフィーナを探しているらしい。人間に誑かされている姉を助け、連れ帰らなければという使命に燃えているらしい。要するに、お姉さんはジルウィンみたく、人間と添い遂げようと思ったのだろう。リエルの気持ちもわかるが、お姉さんは帰るつもりあるのかね。ないような気もするけど。
話していて思ったが、鷹族はどうもひとつのことに囚われる傾向がある。視野狭窄っていうのか、直球一本槍っていうか。そういうのも嫌いじゃないが、せっかくだからこの機会に啓発しておこう。

次の夜には目的地に到達。近寄るだけで聖別された場所だとわかる。おぼろげながら、ジルウィンがダルフェリルとつがった場所だと見当がついた。
その魔法陣の真ん中に、なぜかぼんやり座り込んだコーラリック。久しぶりに知った顔を見た。声をかけると、泣き出しそうな顔でこちらに走り寄ってきた。心細かったらしい。その時が来たということか、向こうの方からジーさんとセイ君が、それぞれ現地の人と連れ立ってやってくるのが見えた。
なるほど、あれがお姉さんとそれを誑かした人間か。厄介なことになる前に手を打っておこう。さり気なくリエルの肩を拘束した後で、二人を呼び寄せる。その声で、全員が互いに気づいた。
ぎゃんぎゃん喚くリエルをがっちり押さえている間に、目の前で愁嘆場が繰り広げられた。どうやらエルフィーナ達はつがいの儀式に失敗したらしい。だから、もうすぐ彼女は魂の消滅をむかえる。それを助けるためには……。まったく「人魚姫」そのままのオチだ。それでも男が彼女を想っていたのが救いか。
しかし、なんで一度しかできないんだろう。

ジーさんとセイ君がこの結末をどう受け止めたかはわからない。いきなりハイブがざくざく現れて、またまたどこかへ飛ばされたから。
でもちょっと考えさせられた。わたしはリエルに向かって、「神にもらった魂だとしても、自分のものは自分のもの」と言ったけど。もしあれがジーさんだったら、同じ事が言えただろうか。
 
(448〜50年あたり?)
急激に上昇してゆき、今回は意識を保ったままどっかの時代に着く。とうとう合流できたようだ。皆揃っている。ついでにハイブも。
皆の戦闘への切り替えが早くなった。時間もかけず一掃される。ジーさんは気絶してたし、ラッキーは麻痺ってたけど。麻痺を解こうと治癒呪文をかけたが、何も起こらず。厄介なことにハイブの唾液は進化したらしい。仕方ないので、ラッキーには痺れたまま情報交換に参加して貰う。ヘルモーク氏とバルジ&ティバートがここへ現れなかったのが気になるが、考えてもしょうがないのでひとまず脇へおく。
いろいろと話を出し合ってわかったことは――

・族長のお姉さんと村長は待ち合わせの手紙をすり替えられたらしい。
・村長の名を騙る凄腕の盗賊がお姉さんを冒険者に襲わせた。
・スカルシ村ができた当時、ルナブローチで獣人を操ろうとする魔術師がいた。
・セイ君のお兄さんはバーナード達に殺られた。
・この時代には少し若いトーラファンがいて、彼は知り合いの研究所に向かう途中だった。

皆はわたしほど流されなかったようだ。ラッキーとトールなんぞここから動いてもいないしね。けれど、各々何かしら衝撃的な体験をしているのはわかった。ジーさんとセイ君は気まずそうだし、カインは妙に荒んでいる。一体何があったのやら。
とにかくこうしていても仕方ないと、(おそらくクロムのであろう)研究所へ向かう。トーラファンがくれたというボーンゴーレムは、在りし日のゴンを思い起こさせてちょっと悲しかった。
研究所の焼け跡には、基本的に何もなかった。あったのは、隠し収納庫の中のシリアルアイテム。101〜108まで。108の聖章は、紛う方無くラッキーのもの。なるほどね。
ラッキーがその事に気がつかないのもなんだけど、それよりも103の大剣を目にしたカインの様子がおかしかった。信じられない物を見たというような、その事を信じたくないというような……。
まさかレスターが出てきたわけじゃないでしょうね。念のため名前を呼んでみたらカインだった。
ほっとしたのも束の間、いきなり衝撃が来た。ラッキーの聖章と、床下の聖章が反発しあって。そういえば、歪みが重なると飛ばされたんだっけ。忘れてたな……。




――夜だった。そこらにはハイブの死体。見たことのある景色。
どうやら戻ってこれたらしい。
……わたし達は。

 

 

 

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文責:柳田久緒