□ 第二十一回「種族の壁」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年7/5
ガルモートは今日出立予定だったドルトン達に便乗し、和気藹々と旅立った。それを見送って、わたしは朝日に背を向け毛布の中へもぐり込んだ。あー疲れた。
とうに昼をまわった頃、再び起床。そこらに放りっぱなしだった魔晶石つき装備品をしまい込む。また地下に行くのは面倒だし、ベルモートに管理を頼むのも、ちょっと。なので暫定的にわたしの管理下に。べつにネコババしたわけではない。

午後に村長宅で会議。夕べの戦闘で空席になった警備隊員と司祭の穴埋めについて。勢力配置図がどう変わったか見るにはいい機会なので、しばらく静観してみた。やはりブリジッタが場の主導権を握った。たいした意見も出ず、彼女の提案がそのまま承認される。といっても、根本的な解決にはならず。暫定的にグルバディ達のパーティを充てることになったが、その間樵や猟師の護衛ができないからだ。
しかしブリジッタって、結構ゴリ押しするタイプだなー。我々がコアを潰せば村にとっては万々歳だろうが、話の持っていき方が気に入らん。村長候補として気負っているのかもしれないが、その高圧的な物言いは何ですか。
自分達がどういう仕打ちをしたかわかっていないのかね? 散々安い賃金で扱使ったあげく、あっさりクビきりしておいて、今更偉そうに「金払ってやるからハイブ退治してこい」とはどういう料簡だ。今の力関係がどういうものかわかっていないでしょう。昔と違って君らは我々に伏してお願いする立場なんだよ。
まあいい。村の安定はわたしにとっても気になる事だ。助言ぐらいしてやる。
虎族の村落に行くから「帰ってきてコール」出すなら配達すると申し出る。キャスリーン婆さんは何事か心配しているようだが(さすがは陰の実力者、事の経緯を知っていると見た)、皆は無邪気に感謝していた。

会合が終わった後、予想通りキャスリーン婆さんに呼ばれ、40年ばかり昔の因縁話を聞かされる。
それによると――若かりし頃の村長は虎族族長のお姉さんと結婚の約束をしていたんだそうな。しかし種族間の壁は厚く、村人には秘密だったらしい。事情を知っていたのはヘルモーク氏、キャスリーン婆さん(この頃はまだ若いが)、族長の三人のみ。族長も村長と姉の仲を祝福していたのだという。
で、ついには駆落ちまで計画した二人だったが、約束の場所に娘は現われなかった。なんだかよくはわからないが、途中でならずもの冒険者に襲われたかなんかで売り飛ばされそうになった彼女は、別の部族に嫁いでいったとかなんとか。この辺が曖昧なんだが、ようするに添い遂げられなかったのね。
その後の虎族離村の経緯についてははっきり教えてもらえなかった。
……ほー、なるほど。故村長の冒険者嫌いも故あってのことだったんだね。しかし、どうも仕組まれたくさい話なんだよなー。当事者に訊いてみないと断定はできないけど。……ありがちなパターンとしては、村長の親父さんが仕組んだとか、ね。
にしても、ヘルモーク氏って若作りなんだな。

口寄せしたところ、ガルモートんとこの連中はユートピア教関係者ではなかった模様。しかしそれなりに悪党だったから別に心は痛まない。でもバグレスは可哀相だった。

ジーさんは一人でないと眠れないと言って、今日は木こり亭に泊まり。そんなにセイ君がしつこいの?
 
7/6
朝、大司祭から連絡が入る。
『要望通りティバート・リンオット、セロ村着任決定。従者二名、神官一名同行。到着は7月10日予定』
さすがは大司祭、外さないなぁ。
丁度良いから狩人たちのメンテでもしてお待ちしましょうかね。
朝食の席で出発が11日に延びた事を告知。ついでにラッキーにプレゼントが10日に届くと言っておいた。

ジーさんが髪をばっさり切った。何があったんだろう。でも似合うから良し。セイ君はまたしても言葉をかけられずぐるぐるしていた。もういい加減に学習したらどうなんだろう。
そろそろ温情をかけるのにも飽いた。ラッキーと二人でジーさんの髪型を誉めまくり、一緒に髪留めを買いに行こうと約束する。セイ君は泣きそうな顔をしたが、もう知らん。
明日の夜ガサラック達を夕食に呼ぶことにしたので、カインと共にヘレンを落としに行く。最初は渋っていたが、マルガリータも一緒にどうぞと、二人がかりで言いくるめた。ガギーソンにも断りを入れ、食材と酒は全部ここで購入。
我ながら、だんだん金遣いが荒っぽくなってきたと思うが、やはり清貧の心を忘れてはいけない。金があるからといって、むやみにばらまいちゃダメだよね。
帰り道、まだ家の屋根が見えないというのに、向こうの方からジーさんとセイ君の痴話喧嘩が聞こえてきた。……外でやるな外で。本当に恥も外聞もない子達だなぁ。
軽く叱責した後、予定通り髪留めを買いに三人でトムの店に。途中でジーさんがセイ君の理想主義にへこたれて、道端なのに人生相談パート2。
セイ君がジーさんのやることなすこと全てにレッテル貼って囲い込んでしまうのは、きっと不安だからなのだろうが……。ジーさんにしてみれば、そりゃあ嫌だろう。セイ君がこう、と思っているジーさんは、セイ君の中にしかいないんだもん。目の前の自分を見ずに、そんな幻影見られちゃね。
セイ君はやはり躾直しが必要なのか。

首脳部に出発が延びたことを断っておく。ついでに神殿にも人が来るらしいと言っておいた。
 
7/7
午前中にベアードの親父っさんと懇談。ガサラック達は若手連とあまりうまくいってないようだ。やる気なしゴロツキーズの方がかえって村にとけ込んでいるらしい。やはり何者かが裏で仕掛けをしている気配がする。メーヴォルは要注意。

セイ君はまた男を口説いていた。あれは病気か。

ガサラック達と夕食会。場を華やかにしてみようとジーさんとラッキーに腕を振るってみた。元の素材がいいから、二人とも飾りがいがある。しかし、セイ君は相変わらずだった。そんなへなちょこな誉め方すんなら、黙って見とれていた方がなんぼかマシ。ちっとはカインを見習え。まあ、あれはあれで行き過ぎだとも思うが。
こういう席でなら何か吐くだろうと思ったが、ガサラックの口は貝のごとし。そして関係ないところで大いに口を開くコーラリック。なんというか、村長の次男ってこんなのばっかり。
ガサラックにはしばらくの間、妙にお節介なカインが張り付いていたけれど、結局煮え切らぬ態度でうやむやに。あんまりしつこいと嫌われるぞ。それと、妙に年寄りじみたお説教するのはやめろ。まだ15歳のくせして、なんでそんなにじじむさいのか。
 
7/8
バランスをとるために、メーヴォル達を薬草採りに誘うようラッキーを誘導。うまい具合に力自慢のハルロリルはお留守番らしい。よしよし。各個撃破開始。
彼の分のお弁当を持って訪ねる。最初は胡散臭そうにしていたが、ラッキーのピクニック弁当がいいきっかけになってくれた。
話してみると、そう悪い人でもないみたい。それに、彼のいうことには肯けることも多々ある。
「恵まれている事を知らずに身の不運を嘆く奴らを見ると、頭にきてぶん殴りたくなる」
まあ、そうね。そこで本当に殴っちゃうから厄介なんだけど、言っていることはよくわかる。もちろん、持てる者にだってそれなりの苦労はあるのだけれど。
最終的に昨夜の模様替えを元に戻すのを手伝ってもらい、「実はリーダーじゃなくて雑用係だったのか」と同情をかうに至り、「あんたを見る目が変わったよ」との台詞を引き出す。晴れて二人目ゲット。
順調順調と浮かれていたら、親玉メーヴォルからナシつけたいと呼び出された。タイミング良すぎ。どうもこの人、普通の人間っぽくないんだなー。妙に訳知り顔でね。底が見えない。
いきなり「僕に話があるんじゃないですか」、とニコニコ顔で言われた。へぇ、そういう持っていき方するとは思わなかったな。直裁な言葉を使わずに、でも面倒な前置きは抜き。そういう探りの入れ方はわたしと似ているから話が通じやすい。
軽く牽制しあうような会話で互いの立場を確認し、紳士的に武装中立のまま物別れに終わった。毒もうまく使えば薬になる。できればこのまま村で薬になってほしいところなのだが。まあ、飽きたのならしょうがない。なんだか、寂しくて哀しいひとだった。彼の寂しさを埋めるものが、いつか見つかるといいのだけれど。
なんかあったら助力するという申し出だけはしておいた。
 
7/9
朝、ゴロツキーズ最後の一人がメーヴォルを探しに来た。彼からの伝言をそのまま伝えたら怒って帰った。んなこと言ってもしょうがないじゃない。本人やる気なしなのに、無理に引き止めてどうするよ。
まあ、ハル君の駄目押しも兼ねて、後でフォローを入れておくか。

この間の人生相談中にラッキーが変だった理由が判明。またしてもセイ君の株が落ちる。なんでかなぁ。あんなに何度も言い聞かせたのに、呑み込みが悪いったらありゃしない。基本的な挨拶ができないのは、ラストンにそういう習慣がないからなのか?

いきなりバルジが現れた。残念ながらゴン二世はいない。 はるばるセロ村くんだりまで、ティバートの左遷を補佐しに来るとは。うーむ、さすがだ。公認の仲と噂されるだけの事はある。なんという情の深さであろうか。
で、バルジのお師匠情報によると、セロ村のコアには5万GPの賞金が懸かったらしい。今更? そしてたったの5万? まーショボいこと。
酒を酌み交わしつつ、奴の同行者について訊ねてみた。どうやら神官も幼馴染みらしく、彼はあんまり彼女のこと好きじゃないと見える。ベーディナ風だということだが、どちらかといえば口うるさいタイプらしい。どうだろう、ラッキーのライヴァルになりそうかな? それはそれで歓迎だけどね。

夜、思うところがあってラッキーを坊ちゃん塚に連れ出す。なんとなく、死ぬ気でいるんじゃないかと思って。カインもそれに気づいて、目で「頼む」と言っていた。相変わらずこういう事には聡い。
最近泣かないな、とは思っていた。あまり良い兆候ではない。強くなれと諭していたのが裏目に出たような気がする。不安や恐れを見せると怒られるとでも思ったのか。それで感情の揺れを全部中に溜め込み始めたのか。
――それじゃあ全く意味がない。
坊ちゃん塚に目をやる。半年前、ここで同じように話をした。あのときは「自分の足で立て、甘えるな」と突き放した。けれど……
「まずは聞くね。ラッキーにはなんか言いたいことないの? 悩みとか、不安とか」
今まではパシエンスの人達がいるからと思っていた。そういうのは彼らの役割だと。でも、さっきキャスリーン婆さんに相談しているのを立ち聞きして思った。本当は、いろんな事を誰にも言わず我慢していたのかもしれない。でも甘えるなと言われたから、わたし達には頼らないようにしているのかな、と。
そう思ったんだけれど。ラッキーはきょとんとしていた。そんなことを聞かれて意外だ、というような表情。なんだろう、なぜか、話がうまく噛み合わない。
……それでもとにかく言っておかないといけない事がひとつ。
それは、ハイブコアが最後と思うな、ということ。
レスターを死なせた因縁のコア、しかも「夢見石」の迷宮だもの。何があってもおかしくない。だから覚悟を決めるのはいい。けれども、それだからといって、死んで当然だと、これで最後なんだと思って欲しくない。たとえあの時と同じ状況におかれても、一人だけ逃げ延びるくらいの気概を持って欲しいのだ。
そう言ったら、またしてもラッキーは混乱した表情を見せた。同じ言葉を喋っているはずなのに、言っていることが全く通じない。さらに見当違いな「がんばります」発言をかまされ、わたしは脱力感に襲われた。

なんで? どうして?

初めて逢った頃のジーさんや、村長宅の鼠たちの方が意志の疎通をはかれるってどういうことよ。
なんだか情けなくなって、力無く笑うわたしに焦ったようにラッキーが言った。「なるたけ怖がらないようにしますから」
その途端、痛打を食らって膝が挫けそうになった。
ほんの少しでも不安を、痛みを取り除きたかっただけなのに。全く相手にされない。まるで透明な厚い壁を挟んで相対しているかのように。どれほど手を伸ばしても、どんなに呼びかけても――

わたしは、思い上がっていたのかな。今までわたしがしてきたことは、傲慢な独り善がりな押しつけでしかなかったのか……。
とても、泣きたくなった。

いっそ諦めようか、そう思った。でも、坊ちゃん塚を見遣り、それだけはできないと思う。レスターが死に逃げした時、ロッツ君がわたしを信じないで逃げ出したあの時、思い出すたびに苦いものが込み上げる。いまここで諦めたら、三度目の挫折を味わうことになるだろう。

塚を見下ろし、また月を見上げ、ひとつ深呼吸。

「わたしが今まで言ったことは全部忘れていい。ただ、ひとつだけ覚えておいて」
せめて、なんでこんな話をしたのかだけはわかって欲しい。いまは届かないのだとしても、いつか伝わる日がくるかもしれない。だから、言うつもりも必要もなかった想いを口にした。
「わたしは……ラッキーを、君たちみんなを愛しているよ」
その途端、彼女は愕然として目を見開いた。愛されているなんて微塵も思っていなかった、という表情かお。 それは、わたしのアイデンティティを真っ向から突き崩すに足るものだった。




――ああ、だからロッツ君はわたしを信じなかったんだ。

 
7/10
夏の朝靄は消えるのが早い。あっという間に川面から照り返しがきた。光る影がゆらゆらと坊ちゃん塚を彩っている。わたしはすでに腰より高くなった塚に背を預け、投げ出された脚の間に目を落とした。……まったく予定外の墓参りだ。

あのねぇ、坊ちゃん。君の傲慢な人を人とも思わない態度はいただけないし、死に逃げしたことは噴飯ものだけど。君という人を受け止めることもせずに、わからないなら仕方ないね、それは君の選んだ道だって――そんなことを当然のように考えていたわたしは、思い上がっていたのかもしれない。
わたしは誰でも公正な扱いをするから、受け入れることができるから、あとは相手がそうしたいかどうかを選ぶだけ。その上で好きな奴とは仲良くし、嫌いな奴とはつき合わない。神さまみたいな誰でも一緒のつまんない公平さなんかじゃなく、相手の存在を肯定した上での人間らしい取捨選択。それがわたしという人間のもっとも基本的な、そしてもっとも誇れる在り方だった。そう信じていた。
でもね、昨夜ラッキーと話していて思った。それはもしかすると、とんでもなく自分に甘い、それこそ独善の最たるものじゃなかろうか。
君がああいう事になって、ロッツ君が逃げ出して、ラッキーとわたしは全く理解しあえてなくて――それをつらいと思うのは、きっと自業自得なのだろう。受け入れるだけで何もしなかった、その結果がこれなんだと思う。

わたしは今まで自分が思うように生きてきた。そのことを恥じる気はないし、悔いることもない。
ただ、もう少しだけ大人になれていたらと思う。



昼前にティバートが来た。ジーさんが街道を鳥に見張らせていたので、すぐにわかった。しかし、いつのまにそんな技を覚えたの。
門に向かう途中でバルジと会った。無言の内にフォーメーションが決まる。あのどんくさい男と長年連れ添うからには、やはり気配りとか目端がきくようになるのだろう。っつーか、バルジがいるからいつまで経ってもどんくさいのか。
ティバートはバルジを見てものすごく驚いていた。つき合いの浅いわたし達でさえ、バルジが来ることは予測できたのにね。相方のお前がなんで驚くかな。「やっぱり来てくれたんだなバルジ」ぐらいのノリで笑みを零したりすれば奴の株も上がったんだが。所詮はティバートか。
ジーさんやカインがラッキーを連れてやってきた。打ち合わせしたわけではないが、ちゃんとティバート達が見えないように気を逸らせつつ距離を詰めている。こういうところがすごいよね。ラッキーのことになると、途端にみんなの息はぴったり合う。
わたしは身体をひらいて腕を差し伸べた。その先には、奴。
「ほーらラッキー、君へのプレゼントだ」
ティバートの後で「ベーディナ小姑系」神官がせせら笑うのが聞こえた。あー、なんか嫌なタイプだなこのひと。しかも「あなたたちが噂に聞く冒険者たちね」と来た。一体どういう噂を聞いているのか知らないが……まあ、そういうことなんだろう。
肝心のラッキーは実感がわかないのか、カインの後でもじもじおどおどしている。なんで? と聞かれたので、せっかく贈ったんだから見てくれる人がいなきゃ意味ないでしょ、と答えた。
やっと前に出てきたラッキーと奴が話始めたあたりで、例の神官から横槍が入る。うーん、やっぱりこのひとやな感じ。言ってることはその通りなんだけど、妙にツケツケした物言いなんだよね。ベーディナもこういう事言いそうだけど、彼女はもっとカラっとしてて嫌味がない。
村長宅に案内した後も、そんな感じは強まるばかり。そう、ブリジッタとグリニードを足して二で割ったらこんなかな。
そのブリジッタは妙に大人しい。代わりにベルモートが大はしゃぎだった。純粋に騎士が来てくれたことが嬉しくてしょうがないらしい。そりゃそうだ。こんな僻地に派遣されるわけないもんね。でもさ、こういうところで国の信頼度とか、村民の士気とかが上がるんだよね。ちゃんと見捨てないでくれたんだって、感謝するんだからさ。
たとえ実質的にわたし達がコア潰したのだとしても、派遣された騎士が左遷された新参者だとしても、その功績は騎士を遣わした国に返る。それが効率よく人を使うってことだ。

木こり亭で待つこと暫し。やっとティバートが現れた。公の場所で人間模様を繰り広げるのは、もしや我々にかけられた呪いなんだろうか。
いきなりラッキーが泣き出して、まさに想いを自覚した台詞を吐いた。そして、ティバートは相変わらず。妙に余裕の態度でラッキーを泣かす。何が悪いというわけでもないのだが、奴のこれを見るたびに何故かいらつく。どんくさいくせに、余裕綽々だからだろうか。少なくともスマートではないのは確か。
コアへの事務的な打ち合わせをざっとすませる。お前を待ってたんだと言ったら、聞き返しもせず素直に頷く。この辺はちゃんと大人で助かる。バルジが今更ながら参加表明したら、ラッキーが猛反発した。だって昨日言ってたじゃない。ゴン二世を造るのに金がいるって。
やっぱり、あのときの事が尾を引いているのかな。ラルヴァン達と戦った時、バルジが死んじゃってラッキーすごい落ち込んでたもんね。ラッキーも最後には、納得はしないものの翻意はできないと諦めたようだ。

わたしはやっぱり精進が足りないらしい。ティバートのことを軽く叩いている時に、いきなりカインがへこんだ。考え無しの発言で、彼の心の傷を抉ってしまった。それが善意からならまだまし……いや、やっぱり良くはない。とにかく、攻撃の意志を持って放った言葉が、側にいる人間まで傷つけた。
よくよく考えてみれば、もしティバートが落ち込めばラッキーが心配して不安になる、そんな当たり前のことを失念していた(いつもなら、ラッキーのいないところで叩いていたし)。
ちょっと自己嫌悪。
カインには謝った。ほんとにごめん。
 
7/11
朝早く出発。今回は虎さん達に乗せてもらえなかった。残念。
 
7/12
順調に進む。
 
7/13
虎族の村に着く。早速村長と談合。あからさまに「人間め」という顔をされた。一応セロ村からの親書は渡したし、村への滞在は許可された。他の村人は誰も出てこないけど、ひしひしと冷たい敵意を感じる。まあこんなもんだろう。
そんななか、やけに親しげな神官の案内で滞在用の家に通される。……やっぱし事の経緯を聞いておいた方がいいよね。ヘルモーク氏に頼んで、族長との会見をセッティングしてもらった。
………。
………あー。
それ、はめられたんだよ族長。なんでわかんないのかね? 単純、というと語弊があるので純真だという事にしておいてあげよう。とにかく、40年前の一件、そして今回の事件と二度に渡って騙されたのは確実。でも本虎ほんにんがそうと信じているのなら、いくら周りが言っても意味がないし。だから、わたし達がコアを潰したらお返しに神にお伺いをたててくれるように頼んだ。村長があなた達を欺いていたかどうか、その事を。
誰がやったかはわかんなくても、村長が裏切ったんじゃないことだけは信じて欲しいと思う。族長だって、そこが一番辛くて許せない部分なのだろうから。
ヘルモーク氏って結局何者なんだろう。
 
7/14,15
満月期のジーさんの体調を鑑み、出発を伸ばすことに。久しぶりに日向ぼっこして過ごす。族長の木はなかなかいい枝振りで気に入った。
 
7/16
とうとう来た。何重にも重なる因縁を引きずって。コアからはおどろおどろしいまでの歪んだ気が立ち上り、なんだか気分が悪くなる。絶対にここ、時空の歪みとかあるよ。
そしていきなり現れた分裂部隊。なんとか間に合った、と思った瞬間、ぐにゃりと空気が撓んだ。またか。
あの工房の時とは違うけれど、どこか別の場所へ落ちていく浮遊感。もういい加減慣れたよこの不条理さには。下の方にはジーさんやセイ君、さらにそのずっと下にハイブ共とヘルモーク氏が団子になっている。まずいなー、なんかばらけそうな予感。そう思ったところで気を失ったらしい。




――誰かの気配を感じて目を開けた。
目の前には、紫色の髪をした少女。びっくりした顔で、ついでほっとしたように微笑んだ。
「あ、よかった。気がつきましたかぁ」
素早く身体の状態を確認し、異常がないことを確かめて起き上がる。ここは森の中だった。慣れ親しんだ植生だから、恵みの森のどこかなんだろう。他に人影は見あたらない。やっぱりはぐれたらしい。
現状確認をすべく、目の前の頭が紫な少女と話をしてみた。それでわかったことは、ここはやっぱり恵みの森で、今は420年(……)、彼女は菫の花が好きなので頭も同じ色にしたという事。そして、姿を隠した同行者だかなんだかが側にいること。
なんかすっげぇ怪しいんですけど。
これからどうしようかと思っていたら、いきなりボーンゴーレムが襲ってきた。二人の追っ手らしい。何やって逃げているのか知らないが、助太刀しましょうかね。
「ヘイスト〜」
後で謎の同行者の声がした。魔術師らしい。なんだろう、どこかで聞いたようなふざけた声だ。

 

 

 

▲ 第二十回へ
▼ 第二十二回へ
■ 回廊へ

 

文責:柳田久緒