□ 第二十六回「つがい・2」〜ヴァイオラの徒然日記 □

460年 8/8
いろいろ考えていたら夜が明けた。やる事が決まったからにはいろいろ準備(根回しとか)が必要だ。その前に、心友たるトールには話を通しておかないと。言わなかったらあとで絶対に責められる。
「あのね、クダヒには帰れなさそう。やりたい事ができちゃった」軽い口調でそう言ったら、同じ調子で手伝おうかと返された。内容も聞かずに、ごくあっさりと。
うーん、でも何十年かかるかわかんないし、そもそもやり遂げることができるのか疑わしいのに。それにあなた、クダヒの縄張りはどうするの。
そう言ってみたけれど、トールは微塵も動揺しなかった。笑って言った。
「友達だからな」

朝の奉仕活動をさぼるために院長と会見。現在の状況を軽く話しておいた。ここを襲撃するほどバカではないと思うけれど、何かの間違いで飛び火するかもしれないし。時間が余ったので、しばらくアーシャをあやす。

ジーさんの危険予報は大分精度があがっている。宿に戻る直前で、例の襲撃者共が隣の部屋に潜んでいることが判明した。それはまた入念なことで。この分なら反対側も押さえられているに違いない。
部屋で作戦会議。ここで逆襲撃をかけても一網打尽にできるかわからないので、それぐらいならわざと隙を見せて誘うことにする。だいたい証拠もないのに襲いかかってこっちが無法者になったら嫌だし。もうちょい時間とか情報とかがあれば根回しもできるけど。
ある程度準備を整え作戦開始。向こうは各個撃破を狙ってくるのでひとまずパーティを分断する。姿を消したジーさん達は廊下で待機。中にいる我々はなるべく死角を無くすような位置をとり待機。大雑把な作戦だが仕方ない。こうなったからには手持ちの力で最善を尽くすしかあるまい。
けれど、襲撃は我々の予想を遙かに上回る苛烈なものだった。

読み違いはいくつかあったけれど、そのうちの一つは、彼らの実力がわたし達よりも一回りは上だということ。そしてその手強い相手に敵対する為に、もっと準備が必要だったということ。……少なくとも、わたしはこの作戦を翌日にするべきだった。襲撃者達の情報を得るために、今日の呪文は殆どが探索用だったのだから。いつも通りの呪文配分だったなら、彼は死なずに済んだかもしれない。長くて短い戦闘が終わった時、わたしは横たわるセイ君の身体を見下ろした。

後始末のために大司祭に応援を頼む。神殿の内通者もわかったし、半分は生かしたまま拘束してある。後はルブトンのところでゲロしてもらえばいい。
すぐさま現れた警備隊に後を任せ、セイ君の身体と一緒に神殿へ。太っ腹な大司祭は蘇生を神殿持ちでしてくれた。……よかった。
 
8/9
久方ぶりにすっきりした気持ちで朝を迎える。いろいろ難癖つけてきたユートピア教とハイブは一掃された。いくつかの懸念はあるにしろ、今日は祝勝会に相応しい日だった。
戦利品の分配時にセイ君がアミュレットをくれた。リズィがつけていたのと同じやつ。わたしとしては、あればもちろん有り難いけれど。これ、アナスターシャからの贈り物でしょうに。相変わらず女心(男心も)のわからない子だね。
躊躇っていたら、トーラファンがいらん口出しをしてきた。……やっぱり覗かれていたか。この屋敷内で密談ができるはずないとは思っていたけれど。グラが用心のために図書室を選んだのも、どうやらムダであったようだ。
思わず口がすべった風を装っているけど、絶対にわざとだ。引っかき回すのを面白がっている。いいでしょう、そっちがその気ならこちらにも考えがある。
「……わかりました。言うことにします」
あの時、視ていたことを。
トーラファンは慌てて謝った。やはり院長には知られたくないらしい。

トール達と一緒にぶらぶらと買い物。コーラリックはまたしてもマルガリータにお土産を買っている。昔の怜悧で清々しい青年は一体どこへいってしまったものか。まあ、本人はそれで幸せなのだろうけれど。
そのまま仕立屋を経由して竜紋亭へ。さすがに格が高いだけのことはある。ラッキーやルブトンは雰囲気にのまれてブルっていた。場数を踏んでいないし当然か。わたしだって、こういうのにはあんまり縁がない。もっとも、その場に居て当たり前な顔をするのは得意だけどね。でないと、裏町では目をつけられる。
豪勢な食事の後には雰囲気もほどよくほぐれ、宴はなかなかの盛り上がりを見せた。ドレスアップしたマコっちを筆頭に、フロアではいくつかのペアが踊りを披露していた。デパート達やジーさんとセイ君なんかは、それなりに楽しそうだった。
が、ダンスフロアは戦場である。純粋に楽しむだけのものではない。わたしは大いにこの場を活用させてもらった。
しかしカインめ、レスターと混ざったせいでずいぶんと小賢しい性格になりおった。このわたしに楯突こうとは。残念ながらルブトンは渡せない。わたしの計画には彼が必要なんでね。

そして青龍亭での二次会の最中、事件は起こった。
「ちょっと顔かして」マコっちが女に声をかけること自体、まず普通じゃあない。同時にカインも呼び出される。店の脇の路地へと入り――
そこには死んだはずのジェラルディンが立っていた。


……。
まあ、起こってしまったことは仕方ない。少なくとも、ライニスへ拉致られるよりはマシだろう。とはいえ、せっかくこれからの生き方を選択したカインにとって、彼女はある意味重荷だ。
「少し、歩いてくる」
そう言うと、カインはジェラルディンを連れて夜の街へ消えていった。確かに、二人きりで話し合った方がいい。どちらにとっても辛い事実が山盛りなのだし。どういう身の振り方をするにせよ、できるだけ支えてやらないと。
しばらくしてから二人は無事青龍亭に戻ってきた。

話し合いの結果、彼らは少しばかり距離と時間をおくことにしたらしい。カインは予定通りライニスへ。ジェラルディンはフィルシムに残ってユートピア教に荷担した罪の償いを。
――それなら、わたしが彼らにしてあげられる事はひとつだ。
「……なんだったらジェラルディン、うちで預かってもいいよ」
「え、うちって……?」
「ああ、言ってなかったっけ? 今度フィルシムで神殿預かることになったからさ」
何喰わぬ顔でさらりと言ってみる。今の今までそんなつもりはなかったんだけど。「審判」を見届けたら、霊格を高めに修行の旅に出ようと思っていた。本当は。
「その方が安心でしょ」
居場所ははっきりしているし、万が一アンプール家が手出ししても守ってあげられる。だから君は振り返らなくていい。行きたいところへ飛んでいきなさい。


今日は思わぬところで人生の曲がり角を曲がってしまった。もうちょい先まで行くつもりだったんだけどなー。まあ、いいか。それはそれで。
どうせアドバイザーの任期が終わるまでは大きな冒険なんかできないしね。その間に、前から考えてたセロ村&下町活性化計画に着手すればいいのだ。わたしがいなくなっても、ジェラルディンという後継者がいる。彼女ならうまくやれるだろう。

(S) 進路決定とジェラルディンの身柄引受について

大司祭からはすぐに返答があった。
『神殿より報奨金が出るので、明日正規の方法で来られたし。追って使者を遣わす』
やはり大司祭は人の使い方をよくご存じだ。

なんだか色々あったけれども今日は良い日だった。ジーさんは花を贈ってくれたし、カジャおじさんの友達は近況を教えてくれた。よかった。

 

 

 

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文責:柳田久緒