□ 第二十七回「つがい・3」〜ヴァイオラの徒然日記 □
- 460年 8/10
- 神殿で報奨金を貰う。一人1万gpと永年冒険者パス。しみったれた王宮とは大違いだなぁ。その後でラッキーとわたしは各々別室へ呼ばれた。神殿としても、ラッキーほどの実力を持つ司祭を野放しにしたくはないだろう。万が一ということもある。打診だけでもしておこうという事かな。
通された部屋には当然大司祭しかいなかったので、挨拶もそこそこに結論だけ延べた。
「潰れた神殿を一ついただきたい」
――つまり。
大司祭の下で働くのに否やはないが、諸事情により自己鍛錬のためにしょっちゅう神殿を空けることになるだろう。
それじゃ他の神殿に示しがつかないので、フィルシム神殿が持っている中でも放置された区域(主に下町であろう)にある神殿を預かりたい。身分的には半ば部外者――神殿から外注を受け、その辺り一帯を面倒見る形が望ましい。神殿からは最低限の物資援助と後ろ盾しか貰えないが、そのぶん好きなように切り回せる。
5年もしたら自分はいなくなるかもしれないが、それまでには後進が育っているはずだから、それに任せればいい。
一通り聞いた後、大司祭は徐に言った。
「話はわかった。そなたは、あのカジャ殿の弟子。一所につなぎ止めることは不可能だろう。しばらくは神殿を切り回して、中間管理職の辛さでも味わうがよかろう」
やっぱりいろいろと苦労しているんだろう。なにやら実感のこもった言葉だ。
「こちらで適当な神殿か神殿適応地を見繕っておこう。充分に神殿管理をした後は、世界を旅して見聞を広げてくるが良い」
わたしは一礼して部屋を出た。
それにしても、わたしって、おじさんの弟子だったのか。知らなかった。
ジェラルディンと今後についての話をした後、午後は遺品を配って歩く――ロビィの隊商とサムスン達の分。
ロビィ達の分を手渡した時、エステラ嬢は思わず涙をこぼした。さすがに堪えきれなかったのだろう。それでもすぐに涙を拭って、隊商主の顔に戻った。ミットルジュ爺さんの仕込みが良かったのか。この先が楽しみだ。
注文した卵を貰いにトーラファンのところへ行く。
「できているぞ」
満面の笑みを浮かべて取り出したそれは、鶏卵ほどの大きさで、殻にうすい斑点が散っていた。まん丸いことを除けば、どこから見ても普通の卵だった。
「要望通り、一昼夜抱いて孵した者が主になるように調整してある」と言って取り出したのは、専用の巾着袋だった。
相変わらず細かい親父だ。
代金9000gpを払いがてら、ふと思いついて訊ねてみた。迷子のヘルモーク氏について何か調べる方法はないだろうか、と。以前、デパートの身元調査をしたことがあるが、ああいう本人さえも知らないような情報を探れるのなら、ヘルモーク氏の居場所ぐらいわかるんじゃないだろうかと思ったのだ。
……確かに情報は手に入ったが。代わりにトールの純潔が犠牲になった。ごめん、トール。
レスターとカインは相互に影響しあった結果、妙にかわいくなくなった。カインは小賢しく、レスターは斜に構えて厭世的。どうせなら短所を補えばいいのに、短所で補ってどうするよ。
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- 8/11
- ラッキーに卵を渡す。その子が良い話し相手になってくれることを願う。
今日は久しぶりにトールと骨休め。だらだらと海釣りしたり、豪華な風呂で遊んだりした。三回勝負に負ける。
下町活性化計画をトールに話した。もしあそこでギルドを開くのなら、神殿に併設する酒場は彼に任せる事になる。もともとクダヒでやるはずだった内容に近い事もあり、無条件で承認を得られた。
- 1)フィルシム下町活性化
- フィルシムの下町で、各勢力の真ん中に神殿を構える。神殿には酒場を併設する。
文字通りの聖域として、この酒場と神殿内にいる間は抗争厳禁。この場所で情報流通と商談を大いに奨励し、また憩いの場として提供する。
従業員は更生中のストリートチルドレンや足を洗いたい娼婦他。
- 2)クダヒと連携した人材育成及び活用
- クダヒで考えていた人材育成施設を、前述の神殿兼酒場に組み込む。
「働かざるもの食うべからず」の基本理念により、ちびっこは裏方で、少し大きくなったら神殿や酒場で雑用や通常の仕事をさせる。
条件にあえば人材斡旋もする。クダヒと連携して、情報・技術・人材の交流をはかる。
彼がクダヒの時のように裏をしっかり掌握してくれれば、たいして難しい仕事ではない。そして順調にいけば、これに並行してセロ村の計画を押し進めることができるだろう。
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- 8/12
- 朝、卵が孵った。注文通りのつやつやした真珠色の鱗に、黒い瞳としっぽが愛くるしい子だ。ラッキーは最初びくびくものだったが、そのうち慣れるだろう。これが蛇嫌い克服の端緒になるといいのだが。
このあいだジーさんに貰った花束は花びらだけを小瓶に詰めた。思い出の一品ってやつかな。
ジールは元気にやっているようだ。
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- 8/13
- 大司祭から神殿候補地二ヶ所についての連絡。好きな方を選べとの事。どちらもいわゆる裏町にあり、打ち捨てられた状態にある。
両方とも現地調査の上、カインのヤサに近い方を選んだ。半分崩れているけど、どうせ酒場を併設するつもりだったから丁度良い。場所的にも縄張りの中間部にあって好都合。
(S) 候補地決定及び左官手配のお願い
すぐに返信がきた。明日任命式をするらしい。相変わらず手回しがいい。
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- 8/14
- 任命式はあっさり終わった。大司祭の「実力ある貴女なら、この場所をきっと仕切れるに違いない」という、そこはかとなく侮蔑を漂わせた演技は拍手ものである。ユートピア教相手にお芝居を続ける必要はなくなったけど、大司祭個人の手駒としては現状維持が望ましい。いつ何が起こるかわかんないものね。
予定通り、ジェラルディンはうちの神殿付き。大司祭の冷遇ぶりを示すかのように、通常2〜3人いるはずの下級神官も彼女一人。ありがたいことだ。余計な連中の世話なんてする暇ないし、わたしとしてはその方が楽で良い。
そういえば、あそこにはイメリエス通りとかいう立派な名前があるらしい。つまりイメリエス神殿が正式な呼び名。賭けてもいいが、そうは呼ばれないね。絶対にイム神殿って呼ばれる。
すでに待機していた神殿御用達の左官屋と打合せる。昨夜ざっと起こした図面を見せたら、ちょっと難色を見せた。神殿からの援助金は後払い(しかも半額)になるため、こういう大きな仕事では手付けを入れるのが普通なんだそうな。至極もっともなので5000gpを前払いしておく。
(→イム神殿&イム酒場 図面)
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- 8/15
- 他の皆はデート、とその付き添い。それはそれで楽しそうだけど、やっぱ過保護だよね。あのティバートに心配するほどの何かができるわけもない。
そもそもラッキーはわたしやカインなんかよりよっぽど強い人間だ。わたし達は弱いから身を守るために様々な強さを身につけたけど、あの子はそういう鎧を身につけない。最初から最後まで素のままだ。それは、強靱さの証でしょう。
そういうわけで、わたしは今後のためにルブトンに根回し。やはり地元警備隊とは仲良くやっていかないとね。あの辺りは無法地帯だから、わたし達が面倒見ることになって安心だと言ってくれた。何事かあっても、我々の裁量に任せてくれるということで決着。よし。
午後は再び左官と打合せ。
ジーさん達の報告の中でちょっと気になることがあった。なーんかあったんだな、これは。こういう時は内部事情に詳しい人を頼るべし。
(S) 王宮で何事か動きがあったかの問い合わせ
返ってきたのは、ティバートがラストンへの使節団護衛になったというもの。はー、また懲りない連中だこと。そして使い捨ての人生を着々と歩むデパート。
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- 8/16
- 朝御飯のときにジーさんが消滅宣言をした。次の満月までに例の儀式を済ませないと、あの鷹族の娘のように泡になってしまうらしい。それならなるたけ早く儀式を行う方がいい。どんな邪魔が入るかわからないのだ。
ラッキーを迎えに行ったら、トーラファンの家の前でティバートと鉢合わせた。奴もとうとうご家族に頭を下げるところまで来たか。思えば長い道のりだったなー。
ラストン行きのことで水を向けたら自分から勝手に喋ってくれた。扱いやすい奴。ラッキーは貧乏くじ引いたティバートに同行すると決めたようだ。よかったねぇ、ティバート。これで何があっても大丈夫。なにしろデフォルトで付いてくる有能な魔術師だけでなく、鉄壁で完璧で究極な(やはり杖と指輪も持たせるべきか)ボーンゴーレム付きクレリックまでいるんだから。
子供らは着々とわたしの手を離れつつある。あとは「審判」がうまくいってくれれば言うことはないのだけれど。
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- 8/17
- セロ村へ出発。一緒に行動する人数がだんだん増えている。帰りはもっと多いだろう。
野営時、ふらりとアラファナが現れた。ルブトンの話では、仲間割れでファザード達に殺されたはず。もっともトーラファンから聞いたことが本当なら、今ここにいても全然不思議じゃあない。
我々の野営場所が彼らの待ち合わせ場所と同じだったのか、ずーっと無関係だと思っていた教祖まで姿を現した。あらら、半分嘘ついちゃったよ。
彼女はある意味ラッキーに似ている。我々と同じ感じ方をせずに今まで生きてきた。だから視点も感じ方も話す言葉の意味も、同じに見えるけれどどこかが違う。だからなのかな、憎むべきユートピア教のトップだとわかっていても、カインやセイ君は手を出さなかった。ジーさんやラッキーなんか親切に世話焼いてるし。一応騎士のはずのティバートが口出さないのは助かる。
彼女と少し話をして思った。なーんか似ているのね、あの人達――メーヴォルとラーカスターさんに。実力あるのにやる気なくて、退屈だけど気晴らしするつもりもなく、なんとなくその日その日をやり過ごしているあたりが。
違うのは、アラファナは自分が寂しい事に気づいていない事かな。あの二人は、それを埋めようとしても埋められないことに失望するのが怖くて、わざと強がっている感じだからね。
彼女は自覚はないけれど、人に怖がられることにとても哀しい思いをしているのだろう。そりゃまあ、全身から異様な気配は漂ってる上、うっかり触ったらおかしな妖魔に引き裂かれるとあれば、普通は敬遠するよねぇ。
この先、寂しさを紛らわすためにまた変なことを始められても困るので、そういう人間ばっかりでないことを証明してみる。魔物封じに一言断ってからアラファナの肩に手を置いた。
刹那、ぞわりと毛が逆立った。畏怖にも近い感情を強いて抑えつける。なんとか我慢できるが、それではあんまり意味がない。……あれを使うか。
きれいさっぱり恐怖心を拭い去り、両手で彼女の手を取った。たぶん、初めてなのだろう。そういう触れ方をされたのは。やっと表情が動いた。ちょっとだけ「つまんない」から解放されたようだ。
ジーさんの勧めでアラファナは暇つぶし先のショーテスへと旅立った。あのババアもちっとは汗をかくといい。
教祖はその教義上、かなり倫理に反することも平気らしい。彼にとってはアラファナが理想郷を見つけるために手を貸しただけの事。しかし、それがどれだけ多くの人間にとって不幸を招いたことか。「理想郷を見出す」という大いなる目的の前には、あれらの犠牲なんぞ塵芥のようなもんなのかね。
シア=ハも可哀相に。
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文責:柳田久緒