同窓会

 

(1) 再会

 それは、1本の電話から始まった。
「もしもしー」
 その声は、ユウコからの電話だった。マサフミは何年かぶりに聞く声であったが、彼女の声は 忘れてはいなかった。別に、彼女とどうこうあった訳ではないが、その当時から彼女の「もしもしー」 をものまねのネタにしていたからである。
「久しぶりー。元気だった」
 マサフミは、その声を聞いただけで久々に聞く声にもかかわらず、彼女がこの数年間、何の不自由もなく 送ってきたのだと手に取るようにわかる。
「元気だよ。どうしたんだよ、突然に」
 その当時から、彼女からの電話はいつも突然であった。いつもみんなを振り回し、 問題を起こしてきたのも彼女なのだ。
「久々にいつものメンバーで集まっているんだ。だからマサフミも出ておいでよ」
 マサフミはその言葉に、妙にうれしさと恥ずかしさを感じていた。確かに数年前までは、 何をするにもどこへ行くにも、決まったメンバーで行動していたからだ。だから 久々に会うのがうれしく思うし、自分自身何も成長していないのが、恥ずかしく思えるのだ。
「いくいく。シンジもケンイチも来ているのか?」
「もしもし、何やってんだよ。早くこいよ。後はオマエだけだぞ」
 電話に変わったのはシンジであった。シンジは、いつも私達仲間を遠くから見守って くれる、兄貴分的存在の人物である。
「シンジか?元気だったか?今何やってんだ?」
 マサフミは一気にしゃべり続けた。
「そんな話は、こっちにきてから言えば良いだろ。いいから早くこい」
 さすがに、シンジの一言は重みがある。マサフミは、みんなが集まっている 場所を聞き出すと電話を切ってしまった。
その日、決してマサフミの体調が良かったわけではない。しかし、ユウコとシンジ の声を聞いて今まで、ベットの中にうずくまっていた身体が自然と起きあがっていた。 そして、残りのメンバーとの思い出が、かれの背中を後押ししていたのだ。そして、 何よりも憧れの彼女に会えるのが、1番の理由であろう。
 マサフミは愛車のバイクにまたがりエンジンをかけ集合場所に向かった。それからのことは、 全く覚えていない。マサフミの家から集合場所まで10分程度のものなのだが、 信号を幾つ無視していったのか、そしてどれくらいのスピードを出していたのか、全く覚えていないのだ。
 そして、集合場所である喫茶「憩い」についた。彼等の住んでいる街は高層ビルの並ぶ大都会でも、山や川 に囲まれた大自然の街でもない。そんな街であったが、この「憩い」という喫茶店は、この街に似合わないハイカラ な店であった。
いつもはオシャレに無頓着のマサフミもこの時ばかりは、ショウウインドウに映る自分に髪をとかしシャツを整え、 店のドアを開けた。
 マサフミが彼等を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。それは、いつものメンバーがこの数年間 で全く変わらなかった訳でもない。ただ単に、昔から集まっていた時に座っていた窓際の奥から2番目の席に、 いつものような席順で座っていたからである。当然、マサフミも条件反射的にその席から見つめていたのだ。
「よお」
 マサフミの姿に1番最初に気付いたのは、ケンイチであった。ケンイチは右手を大きくあげ、マサフミに 合図を送っていた。
「おお」
 マサフミも彼等の方へ近づいていった。マサフミの目に映ったのは、電話をしてきたユウコにシンジ、マサフミ のことを1番最初に気付いてくれたケンイチ、ちょっとおとボケのクミ、そして、お嬢様でクラスのアイドル だったチナツであった。
 確かに、服装のセンスや髪型などは歳相応に変わったかもしれない。でもその場の空気や匂いなどは数年 前のままである。もちろん彼の憧れの君も変わりはなかった。
 マサフミは何の迷いもなく、彼の席であった窓際の右側の席に座ったのだが、当然のようにその席だけが 空いていたし、みんなもマサフミがその席に着くことに何の違和感も感じなかったのだ。そして、マサフミ が席に着くとあることに気がついた。
「おまえいつから煙草吸うようになったんだ」
 マサフミはシンジがくわえていた、今にも消えそうなショートホープに気が付いた。
「あっそう言えばそうだね」
 クミも両手をたたき、思い出したかのように言った。
 シンジはそんなに背の高い人物ではないせいか、また、学生時代に陸上部に所属していたので、 そう言った煙草や酒などには、1番気を使っていた人物のはずであったのだ。そのシンジが何のためらいも なく、堂々と煙草を口にしていたのだ。
「21歳の時からかな」
シンジが照れくさそうにしゃべっているのを5人は見逃さなかった。
「それより、どうしたんだよ急にみんなを集めて」
 彼は明らかに話題をそらしていた。
「前に、キャンプにいったじゃない。そのときの写真が出てきて、懐かしくなって電話しちゃった」
 ユウコは、あっけらかんと答えてしまった。もちろん、その言葉に彼女自身悪気があるわけでもない。 むしろそれが、彼女の自然体の姿なのである。しかし、ユウコが連絡をとった時、必ずしもみんなが家にいる 保証などない。ましてや、携帯電話の番号など数年振りに再会するので、知ってるはずもないのだ。それでも、 6人全員が集まるのは、彼女が強運の持ち主なのか、それとも人柄なのか、彼等メンバーの七不思議の1つ である(ちなみに残りの6つはない)。
「それにしてもみんな全然会わないよな」
 ケンイチが続いた。
「そうだな。俺とケンイチは高校が一緒だからその時まであっていたけどそれ以来だな。みんなは?」
 マサフミの言葉に・・・。
「私とユウコは腐れ縁だよね」
 チナツは右手の人差し指を自分とユウコに交互に指しながら答えている。彼女等は大学までの一貫制の 女子校に通っていて、もちろん大学までずっと一緒だった。
「オレは、クミの妹と同じ職場なんだよ。そのせいか、家に電話するといつもクミが出てくるし、 妹の飲み会にもくっついてくるんだぜ」
 シンジはちょっと迷惑そうにいっている。その真相はこの時には全くわからなかった。
「別にくっついて行ってないもん。妹が一緒に行こうっていうから」
 クミは口を膨らませながら怒っている。しかし、その仕草は昔と変わりはない。彼女の癖なのか、怒ると 必ず口を膨らませるのだ。
「なんだ。それぞれ特定の人とは会っているのか」
 ケンイチは1人で納得しているようだ。
「ちょっと待ってよ。俺とオマエは高校までだろうが、それから何年経ってると思っているんだ」
 マサフミは、誰とも会っていないことを強調している。
 それからの彼等の会話は、定番の会話である。「今何やってんの?」から始まって、あの時と同じように、 ユウコが話の先頭になってみんなを引っ張っている。だが、ユウコの話には必ず結論がない。結論に辿り着く 前に他の話題を振り撒き、そして話の途中でも、違うことを思い出すとその話を切り出すのだ。昔は、そんな 締りのないユウコの言動が皆気になってしょうがなかった。しかし、大人になった今、話の間や沈黙がないように しようとしている、ユウコなりの気の使い方であると気付くのだ。
 そんな話の尽きないことが、いつのまにか時間を忘れさせてくれた。あたりは明るくなり、店のマスター も彼等に気を利かせて、閉店時間を遅らせてくれていたのだった。
「今度、みんなで会おうか?」
 チナツが提案した。
「あのクラスか?」
 シンジがちょっといやそうな顔をしている。確かにシンジにとって、あのクラスに良い思いではない。 いつも先生と喧嘩をし、笑った記憶すらないからだ。
「私、吉井先生の連絡先知っているよ」
 クミは得意げに言いきった。
「じゃぁ。幹事はクミで決まりね。それと、1人じゃなんだから、シンジあんたも手伝いなさいよ」
 仕切り屋らしいユウコである。
「えーー」
 シンジとクミは声をそろえた。
「何でオレなんだよ」
シンジはただでさえ、先生に会うのも嫌なのに、さらに幹事までやらされたらたまらない、といった感じであろうか。
「だって、あんたが1番クミと連絡しているんでしょ。それに、先生の連絡先知ってんのクミだけでしょ が、いいね、決まりね」
 ユウコにこう言われたら、誰も断ることができない。
「ご愁傷様」
 マサフミとケンイチが2人に手を合わせてお辞儀した。
「何いってんの。あんた達も手伝うのよ」
 ユウコは立ち上がり、マサフミとケンイチの交互に指差し言いきった。
「それと、同窓会は2月13日土曜日だからね」
 ユウコはちゃっかりと日付まで決めていたのだ。
 ユウコがこのためにみんなを呼び寄せたのは、この時誰も気付かなかったのだ。

こうして、平成11年2月13日・めでたく同窓会が開催される運びとなったのである。

1999年作 SUGAR F