同窓会

 

(2) 欠席

 シンジは、その日いつものように目が覚めた。健康に気を使っていたころの習慣か、朝5時半には目が覚めるのだ。 彼にとって、毎朝やることは、顔を洗うことでも歯を磨くことでもない。パソコンに電源を入れ、インタネットとメール のチェックである。1日にさほどメールが来るわけでもないのだが、1通も来ない日もないので、必ずチェック して返事を書いて返信しているのだ。
「あれ」
 シンジはいつも来ない人物から重要マークの付いたメールが来ているのに気が付いた。クミからのメールである。 しかも件名には「ごめんなさい」の文字が書かれていたのだ。もちろんシンジはそのメールを1番最初に開いた。
「シンジ君へゴメンナサイ。2月13日は、用事があって行けなくなりました。みんなには私から連絡しますので、 宜しくお願いします。    クミ」
「なにがよろしくだよ。オレ1人で幹事やれってか?」
 シンジは朝から気分が悪くなっているようだった。もちろん返信には「ふざけるな」の言葉だけであった。
 その日の夜、喫茶「憩い」にシンジ・マサフミ・クミ・ユウコが集まった。もちろん、クミの欠席についてである。
「ごめんね。ちょっと用事ができちゃって」
 まず、はじめにクミが誤った。
「どういうことよ」
 やはり、ユウコはお冠のようだった。
「だから、ちょっと」
 クミはうつむき加減に小声で言った。
「あんた、男でしょ。まったくクミといいチナツといい、あんた達どうなっているのよ」
 ユウコの頭から角が生えてきているのが、マサフミとシンジには見えた。しかし、こうなったら誰にも 止められないのが、ユウコなのだ。
「ちょっと。チナツもって何だよ」
 マサフミは、焦っていった。
「なんでも、次の日がバレンタインだからって、前の日からずっと一緒にいるんだって・・・」
「まじかよ」
 シンジとマサフミは声を合わせた。
「なぁ。13日やめないか?」
 マサフミは続けて提案した。
「そうだな。まだクラスの連中には連絡していないし、クミもチナツも来れないんだったらそうしようぜ」
 シンジも賛成しているようだ。
「だめだめ。絶対にだめ」
 1度出た角は引っ込む様子はない。そして、マサフミ達もこの話は、別の日に切り出すのがベストだと 思っていたのだ。それに、ユウコには何か考えがあるらしいが、マサフミ達には言わなかった。
「でもね。チナツは何とか同窓会だけは出席するように私が説得したから」
ユウコは誇らしげに言った。
「なんだよ。それを早く言えよ」
 シンジはホッとしたようだ。
「本当に大変だったんだから、半分喧嘩だよ。毎日会える彼氏と数年振りに会う友達とどっちが大事って な感じでね」
 それから、ユウコはチナツとの会話を説明し、そして、どうやって説得したのかを話し始めた。そして話が 大体終わろうとした時に。
「さすがユウコ」
「えらいえらい」
 マサフミとシンジは彼女を誉めた。ユウコは昔から誉められるのに弱く、例えその言葉が、おだてやウソ でも気にせず照れて喜ぶのだ。2人ともこのことは十分に知っていた。だからこそ、1度出た角を引っ込めるには ちょうど良いのだ。
「やっぱりー」
 ユウコは、まだ話し終えていないのに、シンジとマサフミの言葉に偉く御機嫌であった。
「それより、どうやってみんなに連絡するんだよ」
 マサフミは、なるべくユウコからクミが同窓会に来れない原因を責めないように話をそらした。その時、 マサフミはクミと目が合い、マサフミは軽くうなずき合図を送った。クミもその合図に気付いたのか軽くうなずいたのだった。
「電話でいいだろ」
 シンジはもうすでに、電話で連絡することに決めてたみたいだ。
「でんわー」
 マサフミは反対の様子だ。なぜなら、彼自身電話連絡で、以前の同窓会の連絡が回ってこなかった苦い 経験を持っているからだ。せっかくやる同窓会ならば、全員に出席してもらいたい、そう考えているのであった。
「なんでだめなんだよ」
 シンジは不満そうにいった。
「みんなはオレ達と違うんだよ。家族と住んでいるかもわからないし。それに、電話番号だって、住所だって変わっているかも しれないじゃん」
 マサフミの説明に3人は黙ってしまった。
「じゃぁ。どうすればいいの?」
 クミはマサフミに聞き返した。
「往復はがきがいいんじゃない」
 マサフミはこの考えをすでに用意していたように、考える間もなく答えた。
「そうすれば、携帯の番号・現住所なんかわかるし、両親も不在だったら不在者通知で戻ってくるだろ」  マサフミは続けた。
「なるほどね。じゃ、早速取りかかろうよ」
 ユウコは帰り支度をはじめた。
「ねぇ。どこに行くの?」
 クミは、何が始まるのか分かっていない。それどころか、ユウコの行動に疑問を感じていた。
「マサフミの家に決まっているじゃん」
 ユウコは当たり前のように答えた。
「えっ。俺の家?」
 マサフミはユウコの発言に驚いた。
「いいだしっぺでしょ。なんか文句ある」
 ユウコは、マサフミを見下ろす形で吐き捨てた。
「ないです」
 マサフミは、まだ飲みかけのコーヒーカップを持ったまま、ただ彼女の迫力に負けてしまった。
「マスターお金ここに置いとくね」
 ユウコは、千円札をカウンターの上に置き足早に出ていった。
 外はいつのまにか土砂降りの雨が降っていた。ユウコとシンジは、シンジの車まで走っていった。マサフミ とクミは、クミが持ってきた傘に入り、マサフミの車まで歩いていったのだ。
「良く傘もってきたよね」
 マサフミは、クミが持っていた傘を取っていった。
「今日、突然天気が崩れるってTVでいってたから」
 いつもは、少しおとボケのクミも、こういうちょっとしたことには良く気が付くのだ。そのことには、マサフミ も感心していた。
 そして、シンジ達とは対照的にマサフミ達は、ゆっくりとマサフミの車に向かったのだ。そして、マサフミの車に 着くと、まず、助手席のドアのカギを開けてクミを乗せ、それから、運転席の方に回って、自分も乗った。
「じゃ行こうか」
 マサフミは、車のエンジンBOXにキーを入れ、ゆっくりと回した。
「うん」
 クミは運転席の方に顔を向けた。
 その時である。クミは、マサフミの左肩から左腕にかけて、グッショリと濡れているのに気が付いた。 自分の右肩・右腕は濡れていないのに・・・。
「くすっ」
「どうしたの?」
 マサフミは突然笑い出したクミに聞いた。
「えっ。さっきといい、今といい、全然変わってないね」
 クミは、マサフミのさりげないやさしさに、感動すら覚えていた。
「それはお互い様でしょ」
 そして、2人は声を出して笑った。それは、お互いが何も変わっていないことへの安心感からくるものであろう。
「そういえば、どうして来れないの?」
 やはり、マサフミはクミが来れないことが気になるようだ。
「えっとね。前の日から泊まりで伊豆に行くの」
「彼氏と?」
「ううん。妹と母親と」
 クミは大きく首を横に振った。
「そう」
 マサフミは、それ以上問い詰めなかった。確かに、クミはそんなことでウソをつく人物でないことは 十分承知していたが、もしクミの口から「実は・・・」と言われるのが怖かったのである。
「でも、当日までの準備は手伝うから」
「当然でしょ。シンジも困ってたよ」
「うん。さっき凄く怒られた」
「まぁ。オレ達もいるし安心しなよ」
「ありがとう」
 そして、2台の車はマサフミ宅に着いた。

1999作 SUGAR F