同窓会

 

(4) 同窓会

 同窓会には、彼ら6人を含めて21人が出席することになった。先生を含めた35人に葉書を送って、 不在者返信が4人・残りは欠席である。
 シンジ・マサフミ・ユウコ・チナツは、集合時間より先に集合場所である、駅前に来ていた。もちろん 、幹事であるシンジは誰よりも早くきて、みんなを待っていなければならないので駅に残った。残りの3人は 、明日がバレンタインデーであるために、今日の同窓会のイベントとして、当時好きだった人に男女問わず、チョコ をあげようと言う企画があがっていた。そのためのチョコを買いに来てたのだ。
「なぁ。本当にやるのか」
 マサフミはこの企画に最後まで反対していた。
「何いってんの。あんたがいいだしっぺでしょ」
 チナツは既にチョコを選んでいた。マサフミは、2人から離れた所で2人の行動を見ていた。男性である彼には わからない一瞬だからだ。しかし、そんな2人を見ていて、普段見たことのない女性の一面を見たような気がした。
 そして、2人は義理チョコ用に売ってあった、20個数百円のコインチョコを買ってきた。そして、3人は シンジの待つ集合場所へと向かったのだ。
「あれ、まだ誰も来てないの?」
 マサフミは、集合場所にシンジしかいないことに愕然とした。集合時間はとうに過ぎているのに、そこには彼ら 4人しかいないのだ。
「印刷間違えたんじゃないの」
 チナツのそんな冷たい言葉に。
「ごめんごめん」
 集合場所より10分ほど遅れて、カツがやってきた。そして、つられるかのようにヨシエ・アキエ・マサオ ミワなどが続々とやってきた。
 集合時間には、誰もいなかったのにそれから20分後までには、ほぼ全員が集まっていたのだ。
「後は先生だけか」
 シンジが人数を確認していた。
「そういえば、先生きてないな」
 マサフミも当たりを見まわすが先生の姿が見えない。
「あぁ。先生に待たせたら悪いから、みんなより30分遅い集合時間にした」
「そうなんだ」
 あれだけ、喧嘩しても気を使うところなんか、シンジも大人になったもんだ。と感心していた。
「とりあえず、オレとユウコが待っているから、シンジはみんなを連れて行けよ」
「分かった。じゃ頼む」
 シンジはそういうと、先生を除いた十数名を連れて会場である「居酒屋・太郎」に向かっていった。
「さむーい」
 ユウコは階段に座っていたマサフミの隣に座り込んだ。そしてその姿は、回りからみたら仲の良いカップルに 見えたに違いない。しかし、ユウコにとってそれは、身体の大きいマサフミの影に隠れて、風除けになっていたに過ぎない。
「ごめんなさい」
 吉井先生が現れた。
「あれー。みんなは?」
 先生は集合時間に2人しかいないのに気付いた。
「寒いので、シンジが連れていきました」
 座っていたマサフミも立ち上がる。
「さぁ。先生いこう」
 さっきまで、マサフミにぴったりとくっついていたユウコは、先生の腕を取り会場へと向かっていった。
 3人が会場に着くと、今や遅しと彼等の到着を待っていた。
「先生、ビールでいいですかよね」
 もうすでに、乾杯の準備ができていたのだ。
「それじゃ。先生の乾杯の挨拶」
 中央に座っている先生に向かってシンジがいった。
「今日は、こんなに集まってくれてありがとう・・・」
 先生は、教師らしく1人1人に説明するかのように、語りはじめた。しかし、この話をまじめに聞いていたのは どれくらいいたのだろうか。
「それじゃ。乾杯」
 先生がグラスを前に出した。
「乾杯」
 みんなもグラスを前に出した。キーンキーンとグラスを合わせる音が聞こえてきた。みんな数年振り、また 数十年振りに会うはずなのに、昨日まで同じ教室で勉強していたかのように緊張やぎこちなさはなかった。
 やはり、先生の周りには沢山の人が集まり、昔話に笑いさえ起きていた。しかし、シンジとマサフミは決して 先生のそばには行かなかった。やはり、過去の思い出が彼等を先生から引き裂いたのだ。
 特にマサフミは、この同窓会が楽しみで出席している訳ではない。むしろ出席したくはなかった。なぜなら 、このクラスに特別会いたい人物もいなかったし、いたとしてもユウコの呼びかけで、すでにそれは実現できているのだ。 それよりも、彼の憧れの彼女が来ていないのが、彼を一段とそう言う気持ちにさせていた。
「どうしたんだ、さっきから携帯ばっかり見て」
 マサフミの隣に座っていたサトルが話しかけた。
「いや。オレ時計持ってないから・・・」
 マサフミは苦しい言い訳をした。もちろん、そんなことではない。クミからの電話を待っているのだ。彼の 携帯は古いタイプの型で、バイブレーションコールがついていないのだ。だから、この賑やかな場所で着信音 を聞き逃したら、クミとの約束を守れない。そう思っていたのだ。
「じゃ。これ配って」
 チナツは、自分たちが買ってきたコインチョコをみんなに配った。
「明日は、バレンタインデーなので、当時好きだった人に愛の告白タイム」
 ユウコはノリノリに司会進行した。しかし・・・。
「えーー」
 ナオミやミワの陰口が、司会進行をしているユウコの耳に入ってきた。もちろん、シンジやマサフミの所にも、 かすかであるが聞こえたのだ。2人はユウコの方を見ると彼女の右手が拳を握っているのがわかった。
「やばい」
 2人は咄嗟にそう思った。彼女は1度切れると手がつけられなくなる。間違いなくナオミやミワは殴られる。 そう2人は思っていたのだ。
 しかし、ユウコは2人の心配とは逆に毅然とした態度で司会を続けていた。彼女もこの数年で大人になっていたのだ。
「誰からやる」
 ユウコは、みんなをせかしている。しかし。誰も誰かにやろうとしない。
「チナツやりなよ」
「やだよ」
 ユウコはチナツに振ったが、つれない返事が帰ってきた。
「じゃいいよ。そっちのはじから順番ね」
 ユウコは、はじに座っていたヒデに振った。
「いいよ、これからもよろしくね」
 そういうと、隣に座っていたナオミにチョコを渡してしまった。当時彼は、ミワやヨウコのことが好きだったはずだ。 なのにナオミに渡してしまったのだ。
 ユウコは、ヒデがヨウコやミワに渡してくれるものだと思って振ったのに、期待外れな行動にでたので、がっかり したのと同時に、右手にさらに力が入ってくる。
 ヒデが、隣に渡したのを皮切りにナオミも前に座っていたカツにと、当時好きだった人とは関係ない人に渡してしまったのだ。 そして、後は流れ作業のように進行していった。もちろん司会をしていたユウコもなにも言わなくなった。
 そして、順番でマサフミが最後になった。マサフミ自身、誰にあげようか迷っていた。彼の憧れの君が来ていれば 迷うことないのだが、彼女は来ていない。ユウコやチナツに渡しても、それではみんなと変わりはない。彼は考えた。 このしらけたムードを変えるなにかを。
 そして、彼はおもむろに、コインチョコの紙を剥いて中身を取りだし、それを口にくわえたのだ。
「実は、あの頃君の家に良く遊びに行ったのは、決してパソコンがやりたくて行ったんじゃない。君が 好きだからだ」
 そういって席を立ち、ヒデの方に歩み寄っていった。
「まじかよー」
 ヒデもそう言いながら、マサフミのくわえたチョコを口移しで食べようとしていた。そして、2人の唇が かすかに触れた時、みんなから笑いが起こった。その時である。
「あぁ。クミ」
 ユウコの携帯にクミから電話がかかってきたのだ。マサフミは、自分の内ポケットにしまってあった携帯を見た。 もし、ヒデに告白している間に、また話に夢中になって、着信音を聞き逃したらクミに申し訳ない。そう思っていたのだ。
 しかし、彼の携帯には「着信アリ」の文字はなかった。彼女は、只単にユウコの携帯にかけてきたのだ。
 マサフミはユウコの携帯を取り上げ話し始めた。
「どうだ、そっちは楽しいか」
 もちろん、彼は「どうしてだ」と聞いて見たかったはずである。しかし、そんなことは、彼女の声を聞いて 忘れてしまった。
「うん。今温泉から出たところ」
「それじゃ。みんなに代わるね」
 そういうとマサフミは、携帯を先生やみんなに渡した。
 そこには、彼女の姿があるわけでもない。ましてや、彼女がみんなとどのような話をしているのか分かる訳でもない。 なのに、マサフミはみんなに代わる携帯電話を見つめていたのだ。そしてまた彼のところに携帯が戻ってきた。
「妹の携帯?」
「うんん。公衆電話から」
「大丈夫」
「うん。1000円分のテレカ買ったから。あと35残ってる」
「そう」
 マサフミはまだまだ話したりなかった。あれもこれもと考えているうちに、時間は経ってしまうのだ。
「ユウコの話し聞いた?」
 クミはマサフミに聞いた。
「何の話」
「知らないならいいや。ユウコに代わって」
 マサフミは何のことだかさっぱりわからなかったが、携帯をユウコに渡したのだった。
「もしもしー。うん。そうなんだ。うん。ありがとう」
 明らかにトーンダウンしているのが分かった。そして、ユウコは電話を切ってしまった。
「何の話だったんだ?」
 マサフミは、ユウコにクミとの話の内容が気になっていた。
「何でもない」
 ユウコはそう言うと、自分のグラスを持って違うグループの輪に入っていったのだ。
 とりあえず、こうして数年振りに開催された同窓会は幕を閉じたのである。みんながあっという間 に過ぎた2時間と感じたに違いない。
「2次会は、私の家に来て」
 チナツはみんなを呼びかけた。チナツの家はお城のような一軒屋で、家にはパーティルームがあるらしく 、そこにみんなを招待したのだ。
 そして、チナツの家に向かったのだ。

1999年作 SUGAR F