ピース

 

(3) 白い雲

 次の日、私とタヌキは太郎君に会いに一宮に出かけた。斎藤夫妻は、私達をあまり歓迎してはいないようだった。 なぜなら、太郎君は無事帰って来たわけだし、そっとして欲しいという感じだった。しかし、私達はどうしても 解かなければならない謎がここにあるんだと思っていたし、諦めがつかなかった。
「じゃぁ。キミが布団から抜け出したのは覚えていないのかい?」
 私は太郎君に問い掛けた。
「うん。気が付いたら、お山のてっぺんにいたの」
 太郎君は、私の目をしっかりと見つめ、はっきりと答えた。どうやらこの子がいっていることにウソは なさそうだ。
「それじゃぁ。光の玉みたいな物は知っているかい?」
「ううん。知らないよ。でもね、お山の後に白い雲のようなフワフワした所に居たような気がするよ」
 太郎君は、その時のことを思い出したのか、気持ちよさそうに私達に話した。
「白い雲?宇宙船の中の事か?」
 タヌキが私に話し掛けるが、私は続けて太郎君に問い掛けた。
「その雲の中には誰かいたの?」
「誰もいなかったけど、誰かが僕に話し掛けてきたよ」
「何ていってた?」
 やはり、宇宙人の存在があるのだろうか、私は身を乗り出して聞いた。
「あんまり覚えていないけど。名前を聞かれたり。それからまた雲に乗せてくれるって聞いたら、乗せてくれる って言ってた」
 次にタヌキが持ってきた鞄の中から、写真を数枚取り出して・・・。
「太郎君。キミの行ったお山は、写真を見れば分かるかい」
「うん。分かるよ」
 タヌキは、太郎君の前に写真を並べた。オーストラリアにあるエアーズロックの写真である。
「うーんこれかなぁ」
 太郎君は、タヌキの出した写真の1枚1枚を丹念に見つめていた。
「これが、お山の頂上の写真だよ」
 タヌキが写真の中から1枚を取り出し太郎君に見せた。太郎君は、その写真を受け取りその写真をじっと 見つめていた。
「ここだよ」
 太郎君は、はっきりとした声で答えた。
「どうして分かるの?」
「だって、この写真と同じこのお山、僕も見たもん」
 太郎君は、エアーズロックの頂上から見えるマウントオレグズを指差し、私達に訴えた。
「どうやら本当のようだな」
 私は、タヌキに小声で耳打ちした。
「じゃ。太郎君、今日はおじさん達は帰るけど、このことは誰にも言わないでね」
 タヌキは、写真を鞄の中にしまい、私と共に帰り支度をしながら言った。
「うん。分かった」
 太郎君は、首を大きく縦に振った。
 私達は、斎藤家と共に一宮を後にした。中央高速での車中、私達は、仕事の話は一切しなかった。私も タヌキも普通の世間話をしていたが、話が途切れ途切れになってしまうのは、お互いに太郎君のことがきに なっていたのだろうか?

(4) オーストラリア

 一宮から帰ってきた私達は、事務所で次なる作戦に備え早速準備していた。
 作戦とは、過去に浮気調査の時に使用した、連続8時間録画できる小型カメラを3台連動させて斎藤家 の前に置き、決定的瞬間を撮影しようと思っていた。そのためのカメラ・テープ・長時間対応のバッテリー などを準備していた。
「明日には、一宮にいけるな」
 タヌキは、準備したものをアタッシュケースの中に詰め込んでいた。
「太郎君の前にUFOまた現れるかな?」
 私は、準備に参加せず、煙草を吸うために愛用のライターに火をつけていた。
「絶対、現れるさ」
 タヌキは、準備していた手を止めて、強い口調で私に叫んだ。その時である、事務所に1本の電話が入った 。タヌキは、再び準備に忙しそうなので、電話を取る様子がないので、私はせっかく火を付けたばかりの煙草 を消して電話に出た。
「もしもし、こちらなんでも屋のパーフェクトです。あっどうも・・・。なんだって」
 私は、愕然とした気持ちで受話器を置いた。
「どうした」
 タヌキが心配そうにやってきた。
「斎藤婦人からだ。太郎君がまた居なくなった」
「な・何だって!また白い雲か?」
「だとしたら、エアーズロックだな。もし、明日になっても太郎君が戻ってこなかったらオーストラリア に行こう」
「分かった」
 私達は、今まで準備した機材をそっちのけで旅支度の準備に切り替えた。たまたまではあるが、2人とも パスポートを持っており、また、オーストラリア行きのチケットも思ったよりも簡単に手に入ったので、オーストラリア へ行くことに不便な点は何1つなかった。そして、私達は翌日、日本航空318便でオーストラリアのシドニー へと向かった。
 約8時間かけてシドニーへ着いた私達は、オーストラリア国内航空に乗り換えて、オーストラリア中央 部にあるユララ空港へ向かった。シドニーからユララまでは、約4時間である。
「タヌキ。長袖とか持ってきたか?」
 日本を出たのが、春から夏に変わろうとしていた時期であるため、当然オーストラリアは、秋から冬に変わろうと していた。
「もちろん持ってきたさぁ。しかし、太郎君がもしこっちに来ていたら寒さとか大丈夫かな?」
 タヌキは、エアーズロックの写真やオーストラリアの地図を見つめていた。
「少し心配だな」
 私もその地図を見つめ、煙草に火をつけた。他人から見ると本当に心配しているとは思えない口調である。 しかし、タヌキと同様に太郎君のことを考えていることには変わらなかった。
「地元の警察に頼んで捜索してもらったらいいんじゃないか?」
「ふー。それはまず無理だ」
 私は、窓際に大きく煙を吐き捨て、当たり前のような口調で言った。
「はぁ?」
 タヌキは、私の答えの意味に気付いていないようだった。
「警察でまず聞かれることは、どうして、パスポートを持たない少年がオーストラリアにいるのか? そして、行方不明になった少年が、どうして、エアーズロックにいると分かるのか?この2つを聞かれるだろう 。これをどうやって説明するんだ」
「・・・・・」
 タヌキは、やっと意味がわかったのか、私の説明に無言のままだった。
「とにかく。今回は俺達だけで太郎君を捜すんだ。もし他人にこのことを説明すればするほど変体扱いされるぞ」
 ユララ空港に着いた私達は、レンタカーを借りてエアーズロックまで行くことに決めた。そして、私達は 空港前にあるレンタカー屋に来ていた。
「ミスター。砂漠を走るんだったら、4×4(フォーバイフォー)の車に限るぜ。これは、パジェロ っていって、とても頑丈にできているから、夜中にカンガルーが飛び込んで来ても全然へっちゃらだぜ。こんな 車、日本にはないだろう」
 店の店主は自慢げに話しをしているが、私はそれが本気なのかオーストラリアンジョークだったのか さっぱり分からず、英語が通じないふりをしてごまかした。
「OK!じゃぁ、4×4しばらく貸してもらうよ」
「GOOD!それじゃぁ。前金で200ドルだ」
 私は、店主にお金を払って車のキーをもらった。私が店主と交渉している間にも、タヌキはちゃっかり 助手席に乗っていた。タヌキは、全く英語が話せないのだが、もしここで交渉が決裂していたら、タヌキは どうしていただろうと考えながらも、私も荷物を詰め始めた。

1996年作 SUGAR F