ピース

 

(5) エアーズロック

 空港からエアーズロックまでは、約1時間といったところだろうか、太郎君の言った通り、草も木もほとんど ない砂漠に目的地まで続く車道だけがあるように見えた。そして、空港を出た時から、エアーズロックが見えていたので、 私達は目標を失うことはなくドライブすることができた。
「物凄くでかい岩なんだな」
 私は、エアーズロックはすぐそこにあるのに、なかなか目的地に着かないからか、改めてエアーズロック の大きさに感動したと同時に苛立ちを感じていた。
 私達は、車に乗ってから約2時間で目的地であるエアーズロックに着いた。車を専用駐車場に止め車から 降りた。有名観光スポットであるはずなのだが、私達と同じフォーバイフォーの車が数台見えるだけであった。
「何年ぶりかなぁ」
 タヌキが頂上を見上げて懐かしそうに言った。私は、そのことことについては何も触れなかったし興味が なかった。そして、私達は登山者ルートの入り口までやってきた。目の前にある立て看板にタヌキが近寄って 行った。彼は、もちろんその看板に何が書いてあるのか分からないはずである。
「おーい木根。これなんて書いてあるんだ」
 やっぱり。
「どれどれ。ふむふむ」
 私は、学生時代英文科を卒業しているので、これくらいの看板の文章は朝飯前である。
「高所恐怖症の人や心臓に障害のある人の登山を禁ずる。って書いてあるんだ」
「ということは、結構死者がでているのかな?」
「そう言うことになるな。登ってみるか?」
 私は、頂上の方を見上げて言った。
「いや。夜まで待とう。光の玉に会えるならば、夜のような気がする」
 タヌキの言うことも一利あると思った。しかし。
「しかし、この看板には、夜間立ち入り禁止って書いてあるぞ」
 私は、看板の注意書きをタヌキに呼んで聞かせた。
「そうか。だったら車をうまく茂みに隠して夜まで待とう。それまで、エアーズロックの周辺を回ったり 、食料を買って来よう」
 何故か知らないが、こう言う時のタヌキは非常に説得力がある。
 私達は、もう1度車に乗り食料の買いだしと、エアーズロックの周辺のドライブへと行動を移した。町まで 言ってミネラルウォーターや簡単な食料を買い込んで、エアーズロックに戻ってきた時には、もう日が暮れようと していた。私達は、エアーズロックの周辺探索を中止して、車をちょうど良い大きさの茂みに車を隠し車から 降りた。
 その頃、辺りは段々暗くなり始めた。地平線の遥か彼方で、夕日が少しずつ沈んでいく、こんな経験は 東京では味わえない景色だろう。
 私達は、地面に腰を下ろし、さっき買ってきたサンドウィッチと牛肉の缶詰を頬張った。そして、食べ終わっる 頃には、辺りは真っ暗になっていた。電灯1つないところで、虫の鳴き声だけが響いていた。そして、どれくら の時間が経っただろうか、私達の目もこの暗闇になれてきたので。
「そろそろ出発しようか?」
 私は、思い出したかのように、食後の一服をしようとして、煙草に火を着けようとしていた。
「木根。よせ」
 私は、タヌキの言っていることが分からなかった。タヌキも私と同じくヘビースモーカーである。食後 の一服がどれほどおいしいか、彼自身が1番わかっているはずであるからだ。
「ほら、あそこに走っている警備隊に見つかる。この時間になると、まだ観光客が残っていないか 見まわるんだ」
「なるほど」
 私は、付けかけた煙草とライターをしまった。
「後、5・6時間してから登り始めよう。俺は、それまで一眠りするわ」
 タヌキは、そのままの姿で横になった。私もタヌキにつられて横になっていた。私達が深い眠り につくまでに、さほど時間はかからなかった。そして、誰が起こすことなくちょうど6時間たった ところで、お互いに目覚めた。
「そろそろ登り始めようか」
 タヌキがそういうと、登山用のリュックサックに、さっき買ってきたロープや水などの登山グッツを詰め 始め出発した。
 お互いに、この歳になると体力に限界があるらしく、思うように前には進まず、何回も休憩を取って頂上 まで登り付いた。
 頂上についた私達は、余りにひどい疲労感から無言のまま座り込んでしまった。そして、満天の星空を見上げ 「ほっ」と溜め息をついた。雲1つない夜空に、ただ感激して星を見ていた。さっきの地平線に沈む夕日同様に 東京では味わえないものであった。
「そろそろ、太郎君が来た証拠を捜そうか。まず、石を持ち帰って。そして、アンパンマンのバッチなんか あるといいんだけどな」
 私はそう言うと、重たい腰を上げて立ち上がった。しかし、タヌキは、立ち上がろうとせず、まだ星空を見上げていた。
「タヌキ。何やってんだよ。手伝えよ」
 いつまでも腰を上げないタヌキに怒鳴った。
「だってよ。ほら。星が消えたんだ」
 タヌキは、右手を突き刺し私に説名した。そして、私は彼につられるままに夜空を見上げた。
「あれー。本当だ」
 キラキラと光る夜空に穴を開けたかのように、一部分だけが黒く染まって見えた。
「な・・・・何だこれは?」
 その黒い穴がどんどん小さくなっていくと、突然『ピカッ』と物凄い光りを放ってきた。私達は、突然 の光りに手で顔を隠すのが精一杯だった。その時、その光が『バン』という衝撃音とともにエアーズロック にぶつかってきた。
 私達は、何が起こったのか見当もつかなかった。そして、石が転げ落ちる音がやけに響いていた。そして、 恐る恐る光がぶつかった場所を頂上から覗き込むと小さな穴が開いているのが分かった。
「えーん。えーん」
 明らかに子供の泣き声が聞こえた。
「子供の声だ」
「俺が降りて確かめてくる」
 私は、持参したロープや登山グッツを使って穴まで降りていった。穴の入り口に辿り着いて、懐中電灯 で中を照らすと、そこにはしゃがみこんでいた太郎君の姿があった。
「太郎君」
 私は、穴に入り込み太郎君に近づいていった。
「わーん」
 太郎君は私の姿を見て安心したのか、また大声で泣き始めた。
「もう大丈夫だ。おじさんが来たから大丈夫だよ」
 私は、太郎君を強く抱き締めた。そして、興味本意に辺りを懐中電灯で照らした。
「な・何だこれは?」
 私はすぐに入り口の方へと向かった。もちろんタヌキを呼ぶためである。
「おーい。太郎君が見つかったぞ。それよりちょっと降りてこいよ」
「太郎君に何かあったのか?今すぐ行くぞ」
 タヌキは私の使ったロープで降りてきた。
「おーい。木根何処だ?」
 穴の入り口でタヌキが叫んだ。
「タヌキここだ」
 私は、懐中電灯の光を使って、タヌキに合図を送った。
「あっこの前、家に来たおじちゃんだ」
「太郎君か?無事でよかった。じゃぁ何だよ」
 タヌキが一歩一歩近寄ってきた。
「これだよ」
 私は、私が発見した壁画を懐中電灯で照らした。
「何か文字みたいなものが書いてあるんだ」
 私は、この時本当に何が書いてあるのかわからなかった。
「これはエジプト文字だ」
 タヌキは驚きと同時に、何かわかるようだ。
「ここは、オーストラリアだろ。何でエジプト文字なんだ」
「俺のほうが聞きたいよ。とりあえず、太郎君を連れてここを脱出しよう」
 私は、この壁画のエジプト文字を数枚の写真に分けて撮った。そして、エアーズロックを後にした。

1996年作 SUGAR F