タイムスリップ

 

(1) 旅行

私こと木根英次は、久々の休暇を使って広島に来ている。何故、広島なのかと言うと、これと言って理由はないが、戦後 50周年ということで、1度は行ってみたいと思っていたからだ。
 私は、何処に行ってみたいということはなかった。とりあえずガイドブックに従って、時間の許す限り沢山 の場所を見て回ろうと思っていた。原爆ドームに着いて写真を数枚いろいろな角度から撮った。戦後生まれ の私にとって、その時の私は、戦争の悲劇を写真に収めるというよりも、単なるオブジェを見ているかのような気分 で写真で写真を撮っていた。
 平和公園そして原爆資料館などに回った。原爆資料館では、どこかの町内会の団体に混じって、ガイドさん の説明を聞き戦争や原爆の恐ろしさを改めて知った。そこから、路面電車に乗り、ホテルに向かった。
 路面電車のスピードはそんなに速くはなかった。なのに、路面電車に初めて乗ることと電車から見える広島 の景色に感動していた。
 そして、ホテルに着いた。ホテルの最上階にあるレストランで夕食を済ませた後、友人の田門木耕作に電話を掛けた。
「もしもしタヌキか、オレだ」
 彼は、田門木(タモキ)という名前から、タヌキというあだ名であり、そして、体型もチビデブでタヌキに そっくりなことも由来している。
「どうだい広島は?」
 彼の口調は、なんとも嫌味っぽい。
「なかなかいいぞ。そっちはどうだ」
 私と彼とは、ひょんなことから出会い、2人で会社を経営しており、師走の忙しい時にわがままを言って、 会社は彼に任せての1人旅なので、申し訳ない気分で一杯だった。
「今、大掃除を終えた所だ」
「そうか」
 普段、掃除などしたことのない彼が、大掃除をしたのだ。帰ったら部屋がどうなっているのか私は気になった。
「お土産のもみじまんじゅう忘れるなよ。それと、オレは広島の××町生まれだから、その町の写真を撮ってきてくれ 、実は育ったのは東京だから、物心ついたときから1度も行ったことがないんだ」
 彼は思い出したかのように言った。
「分かった」
 私は、聞き流すような返事をした。それから、彼の父親は原爆によってなくなったことや生い立ちなどを 12・3分だったであろうか、私はずっと彼の話を聞き、話の内容は覚えていないが気のない合図地を打っていた のだけは覚えている。
「2・3日したら帰るから」
 彼の話に飽きた私は、そう言って強引に電話を切った。
   

1995年作 SUGAR F