タイムスリップ
(2) 続・タイムスリップ
「さぁ。貴方も防空壕にいきましょ」 という婦人の誘いに。 「いえ、私は行きません。今夜は空襲はありませんから」 そういうと2人の動きが止まった。 「どうしてそんなことが分かるのよ」 「何度も言っているでしょ。あと10数時間後に原子爆弾が落ちる場所です。この敵機は偵察のためです。このことは 後世まで記録に残っています」 「さぁ。こんな奴ほっといていくぞ」 田門木は婦人の手を引っ張ってその場を立ち去った。「はい」 婦人は、最後まで私を見つめ、申し訳なさそうであった。 「後、1・2回偵察が来ます。最後の偵察は、投下1時間前の午前7時です。もし、これが本当だったら 、私のこと信じてください」 私は、逃げる2人の背中に叫んだ。 その後、1時と2時と2回、空襲警報が発令されたが、やはり私の言う通り空襲はなかった。 空襲警報が解除され、2人が戻ってきた時には2時半を回っていた。 「あなた、あの人のいう通りになったわ」 「たまたま当たっただけだ」 田門木は自分の置かれている状況に理解しようとしない。 「でも、あの人にとって、何の得にもならないことを一生懸命になるかしら」 婦人は、段々と私の話に興味をしめしているようだ。 「わしは寝るぞ。明日朝1番に産業奨励館にいかなければならないからな。御前等も早く寝ろよ」 田門木はそう言って、居間から消えていった。 「産業奨励館といえば、原爆ドームといて後世までその姿は残されます」 「なんだか本当みたいで怖くなってきたわ」 婦人は、両手を自分の頬に当て、怯えていた。 「あっ、そうだ。カメラは盗られたけど、その前に撮ったフィルムがあったはずだ」 私は、バックの中を捜し始めた。「あったぞ。奥さん、この辺に写真屋はありますか?」 「はい。ありますけど」「案内してください」「はい」 そして、私達は無理を言って写真屋を起こしフィルムを現像した。 「ほら、だんだん産業奨励館の姿がでてきますよ」 私達は、徐々に浮かんでくる建物に目を凝らした。 「あぁぁ・・・」 そしてそこには、白黒であったが原爆ドームの姿が完全に浮き出てきた。 「これは、映画のセットじゃないのですか?」 婦人は、写真を持ち上げそれをじっと見つめていった。 「奥さん信じてください。もう時間がない、とにかく広島をでましょう」 婦人は写真を見つめて考えるようだったが。 「分かりました。貴方を信じましょう」 やった!うまくいった。私は充実感で一杯だったが、それに慕っている時間はなかった。 「いかん。もう6時だ。後2時間しかない。急ぎましょう」 私達は、急いで家に帰った。「田門木さん起きてください」 私は、土足ではあったが、勢い良く家に上がり、辺りを捜した。 「あなた」 返答がなかった。そして、婦人はテーブルの上にある置手紙に目がいった。 『わしは、住友銀行によってから産業奨励館へ行く。昼前には帰る』 「すみません。これ」 婦人は、慌ててその手紙を私に見せた。 「住友銀行と言ったら爆心地の近くだぞ」「まぁ。どうしましょ」 婦人は、顔を両手でおうい、複雑な気持ちを耐えている。 「あと1時間半しかありません。ご主人を捜している時間がありません」「そんな」 婦人の目には、うっすらとにじんでいた。 「さぁ。早く行きましょう」 私は、婦人の両手を私の腰に掴ませた。そして、私が自転車のペダルを漕ぎ出そうとした時。 「やっぱり私降りるわ。主人を置いて行けない」 婦人は、その腰に回したてを揺らしながらいった。 「奥さん!全てを失うか、あなたと子供だけでも救うのか考えてください。それに、まだご主人が被害に会うとは 限らないでしょ。もしかしたら、時間が余って隣町の住友銀行に行くかもしれないでしょ」 「うぅぅぅぅ」 婦人は、私の背中で泣いていた。私は、婦人を慰めることより、自転車をこぐことに夢中になっていた。 30分位走っただろうか。 「あら、敵機かしら」 婦人は雲1つない日本晴れの空を見上げていった。 「あれは、昨日私が言った最後の偵察機です」 「あなたの言うことが本当だとして、どうしてそんなに詳しいの?」 「タイムスリップする前に、爆心地のそばに建てられた、平和記念資料館に行って勉強してきました」 「そんなのができるの?」 「はい。世界中の人々が訪れるところです。そして、原爆の恐ろしさや悲しさを知ってもらうために 建てられました」 「原子爆弾ってそんな凄い物なの?」 「えぇ。その証拠に、日本に投下されてからは、恐ろしくて2度と投下されていません」 「いったい、その爆弾でどのくらいの人が亡くなるの?」 「あまり良く分かりませんが、約8万人の人が1度になくなりますが、その後の後遺症などを考えると その倍は亡くなっています」 ずっと、自転車を漕いでいるせいか、息遣いが段々荒くなっている。 「戦争はどうなるの?」 「あと、9日もすれば、日本が無条件降伏して負けます」 一瞬の沈黙があった。 「ちょっと、自転車を止めてください」「何故?」 そう言われても、私は自転車を止めなかった。 「貴方は、やっぱり嘘をついている。日本が負けるわけないわ。原子爆弾の話も嘘ね。一体何を企んでいるの?」 婦人は、私の背中の服を掴んで揺らしていた。 「うるさい。すこし黙っていろ」 私は、チラリと時計を見て、8時をすこし回っているのに焦りを感じていた。 それから、数分は走っただろうか。 「もういいですよ。何も起きないじゃないですか。それに、もう宮島の鳥居が見えるじゃないですか。それって、 6里(24キロ)は離れていますよ」 と、その時であった。『ドドーン』 物凄い地響きと、物凄い風によって、私達2人の乗せた自転車も横転してしまった。そして、2人同時に 振り返ると。 「な・何これ」 余りの驚きに婦人の振り絞るような声だった。 「原爆特有の茸雲です。あの煙のおかげで、8万人の尊い命が奪われたのです」 私は、事実を知っているだけに冷静に答えた。 「大変、うちの人があの煙の中にいるのよ!探しに行かなきゃ」 婦人は、自然と煙のほうに歩き始めていた。 「待ってください。今行ったら、命を捨てに行くようなものです」 私は、婦人の腕を掴んでいった。 「後1時間もすれば、黒い雨が降ります。その雨に当たると、血液障害などに犯されてしまいます」 「では私達は、主人を捜しに行くことができないんですか?」 婦人には、大粒の涙がこぼれていた。「そう言うことになります」 その時、突然・・・。 「うぅぅぅぅ」 婦人はお腹を押さえ、腰から砕けるように地面に座り込んでしまった。 「どうしました」 私は、婦人の顔を覗き込むように言った。「急にお腹が」 いかん。陣痛だ! 「これに乗ってください。今すぐに医者を捜しましょう」 私は、婦人を再び自転車に乗せた。そして、とある村についた。村人の数人が茸雲を不思議そうに見ていた。 「はぁはぁ。すみません。妊婦が急に産気付いちゃって、この辺に医者はありませんか?」 「医者はいないけど、あそこは助産婦さんの家だ」 村人は、田んぼの中にある3件並んだ右端の家を指差した。 「ありがとうございました」 そう言って、私達は足早に、助産婦の家に向かった。 「お願いします。産まれそうなんです」 私は、家のドアを叩いた。と、その時1人の老婆が現れ。 「これはいかん。もう破水しておる。悪いが、この人を奥へ運んでくれるか?」 私の焦りに対し老婆は冷静に対処した。「はい」 私は、婦人を抱き上げ奥へと運んだ。 しかし、なかなか子供が出てこなかった。助産婦も私と同様に焦り始めた。それから10時間も経っただろうか。 「オギャーオギャー」 やっと、産まれた。これがタヌキか・・・。 「おめでとうございます」 私は、婦人の額の汗を拭きながら言った。「どっち」「元気な男のです」 「この子が貴方のお友達?」 婦人は満面の笑みで聞いた。これが、一仕事を終えた女性の顔である。 「間違いありません。口元と目元が大人になっても変わりませんから」 私も彼女の笑みに、にこやかに答えた。 「名前はなんて言うの?」「耕作。田門木耕作です」 「耕作かぁ。良い名前ね。この子の名前は耕作にしましょう。歴史は変えられないものね」「はい」 私は、彼女の手を握り締め、喜びを分かち合った。そして、いつのまにか泣いていた。 「ちょっと」 私は助産婦さんに呼ばれた。「あの人の旦那さんかい」「いえ違いますけど。ちょっとした事情で」 「子供は元気だが、母親が相当弱っている。だから、しばらく横にしておいた方が良い」 「分かりました。すみません、トイ・・・あ。便所貸してもらえませんか?」 「そこの突き当たりの所だよ」