時間(とき)

 

(1) 3人

 木根英次と斎藤恭子は小学校の同級生だ。だが決して恋人同志ではない。それどころか、その当時から仲 が悪い方だった。しかし、10数年ぶりの同窓会で、2人ともそんなことは忘れて普通に話せるようになっていた。
「恭子、付き合っている人いるのか?」
 英次は、年相応に綺麗になっている恭子が気になっていた。確かに小学校当時の恭子は、牛乳ビン眼鏡 に暗い性格と目立つ存在ではなかった。
 それが、この10数年で彼女を少女から女性へと変化させたのだ。
「うん。いるよ」
 英次に取って当然の答えが返ってきたと思っていた。これだけの女性を普通の男がほっておく訳がないからだ。
「どんな人?」
「昔、職場が一緒だった年上の人」
「そうなんだ」
 英次は、その時さほどその相手には興味を持ってなかった。20代後半の女性が1人の男性を好きになるのは 当たり前のことだし、かえってこれまでに恋愛経験がないほうが異常なのである。
「英次は?」
 逆に恭子に聞き返された。
「俺はいないよ」
「なんで」
「いろいろあるんだよ」
「なになに?」
 恭子は、興味のあることは、何でも知りたがるそんな女性であった。
「こんなところで話すことじゃないよ」
 英次にとってこの話は、忘れたい過去であることに違いない。
「チェ」
 恭子はガッカリしたのか、そこから先は突っ込まなかった。
「何の話だ」
 そんな2人に田門木耕作が入ってきた。恭子と耕作は、親同士も仲が良いせいか、その当時から仲が良かった。
「英次の女の話」
 恭子は、耕作に説明した。
「へぇー。英次、彼女いるの?」
「いないよ。いない歴7年かな」
 英次は、恭子が変なことを言ったので焦っていた。
「耕作は?」
「オレか、オレは別れたばっかだ」
 英次は、耕作がどういう女性と付き合っていたのか知っていた。耕作と英次は卒業以来会っていない。 しかし、お互いの共通の友人を介して耕作の情報は聞いていたのだ。
「なんだ。ちゃんと付き合っているのは私だけか。って言っても不倫だからちゃんとしているかどうか 分からないけどね」
 恭子は、自分のことを呆気らかんと答えた。
「へー」
 耕作は、余り他人のことには興味を持たない人物だ。
 しかし、英次は違っていた。その言葉に無言であったが、『不倫』と言う言葉に敏感になっていた。
 そして、3人と言うより、恭子の恋愛話を聞いていた2人であったが、余り興味を持たない耕作が、興味 を持って聞いているのに対し、英次は全然耳に入ってこなかった。
「どうして、そんなことするんだ」
 英次は、話の腰を折る形ではあったが恭子に聞いた。
「なにが」
「不倫だよ」
 英次は叱りつけるような口調で言った。
「だって、面倒くさくないもん。だって、私、相手に縛られるの嫌いだし」
 恭子が、いままでどのような恋愛をしてきたのか、どのような過去があったのかは分からない。だが、 確かにその言葉には、相手への愛情が感じ取れたのだ。
「それに、遊んでくれる人がいないし」
 恭子は続けていった。
 もし、彼女がいっていることが本当ならば、それは不倫ではなく、ただの遊び相手ということになる。 そして、そこには恋愛という言葉は当てはまらないのだ。
「俺達じゃだめか」
 英次は恭子に問いた。
 英次は、その時思ったのだ。もし、恭子の言うように不倫がただの恋愛の選択肢ではなく、彼女のいう 本当の寂しさから来るものであったならば、この間違った恋愛感情から救えるはずであると・・・。
「だって、私の休みって平日だから」
 恭子は、自分の自由になる時間と他人のその時間とが、食い違っていることにその原因があると言った。
「そんなの関係ねーよ。遊ぼうぜ」
 耕作も時間の食い違いには、何の抵抗もないようだった。
「本当・・・」
 その時の恭子は、一転して寂しげな表情から笑顔へと変わったのだ。

  こうして、英次・耕作・恭子の3人が、小学校の頃に戻って遊べる日が来たのである。
 

1999年作 SUGAR F