時間(とき)

 

(2) 三角関係

3人の再会があってから、彼等は頻繁に会うようになっていた。別に恭子の寂しさを癒すために気を使っている 訳ではない。もし、3人が気を使っているのであるならば、2人で会う機会があるなら、必ずもう1人を誘っていた。
 再会があってからそんな関係が1ヶ月ほど続いたある日。
「どうしたんだ恭子。暗いぞ」
「ううん。何でもないよ」
 恭子は、無理に笑って見せた。
「なんだよ。何か隠しているだろう。言えよ」
 あまり、他人には興味のない耕作でさえ感じ取っていた。
「あのね。もうこんな風に会うのも後わずかかなって」
 無理に笑っていた笑顔も次第に悲しい顔になっていった。
「どう言う意味だよ」
 英次は運転しているせいか、彼女の顔をまともに見ることができない。しかし、彼女の悲しげな表情は、 見なくても理解できたのだ。
「それは・・・」
 恭子は、その訳を言わなかった。
「男が会うなって言うのか」
 後ろの座席に座っていた耕作であったが、この時ばかりは、身を乗り出して恭子に迫った。
「違うよ。そんなこと言わないし言わせない」
 確かにその通りなのだ。彼女は、束縛されるのがいやで、不倫と言う恋愛の選択肢を選んでいるのであった。 だからこそ、恭子が英次や耕作と会うことに、制限することを嫌っていた。
「じゃ。なんだよ」
「どうでもいいじゃん」
 恭子は、それ以上喋りたがらなかった。
 その日は、英次も耕作もそれ以上聞かなかった。というよりも聞けなかった。何故ならば、彼女の悲しく そして切ない顔をこれ以上見たくなかったからである。
 そして、その日は多少気まずいまま、軽くドライブをして、お開きにすることにした。道の順序からいって 恭子を降ろしてから耕作を降ろすことになった。
「バイバイ」
 恭子は、英次の車から降りた後、2人に手を振って家の中へと入っていった。
「耕作、時間あるか」
 英次は、アクセルを踏み出し、恭子の家から立ち去った。
「別にいいけど」
 耕作も今日は、何か煮え切らないようだった。
「じゃ。ちょっとお茶しに行くか」
「いいぜ」
 そして、2人は普通のファミリーレストランへ足を運んだのだ。
 2人は、ホットコーヒーを注文し、向かい合った席で2人とも考え込み沈黙が続いていた。お互いが、 恭子のことについて考えていたのは言うまでもない。
「おまえ。恭子のことどう思う?」
 そんな時間がどの位経ったであろうか、英次が耕作に聞いた。
「どう思うって」
「恭子のこと好きか?」
「好きだぜ」
「それは、女としてか。それとも友達としてか」
「女としてだ」
 いつになく、真剣な2人の会話であった。
「英次は?」
 そんな英次に、耕作も問いた。
「俺も同じだ。ただ・・・」
 英次は語尾を濁した。彼には何か特別な考えあるようだった。
「ただなんだよ」
 耕作もやはり、そのことが気になるらしい。
「本気になれないんだ」
 英次は、のどに何かが詰まっている思いだった。
「それどう言う意味だよ」
「恭子は、絶対俺のタイプじゃないんだ。煙草は吸うし・自分勝手でインモラル・・・。でも、抱きしめたく なる時があるんだ」
 英次は、その原因を知っていた。恭子が時折見せる、その寂しげな表情が英次を引き付けていたのだ。 しかし、それをあえて耕作には、この時告げなかった。
「良く分からねーな。好きか嫌いかじゃないのか」
 はっきりしない英次に、耕作は怒りさえ覚えた。
「好きは好きさ」
 英次も強く答えた。
「じゃ。本気になれないってなんだよ」
「俺にもわかんないよ。ただ、恭子のこと嫌いになれればどんなに楽と思ったか」
 この時、英次には気付いていたのだ。自分が無理して恭子のことを好きになろうとしていることを。
「好きなのに、嫌いな方をが楽なのか」
「あぁ」
 英次は、このままでは、せっかく3人で昔のように接することができたのに、この関係を崩すことは、 英次の本心でもなかった。そのためにも、耕作にあえて告げなかったことを言わなければならない。 そう感じていたのである。
「実はな」
 英次は語り始めた。まずは、自分の過去について、彼が7年前に別れた彼女が別れ際に言った言葉。そして、 その時の表情。それが、恭子の寂しげな表情に非常に類似していること・・・。
 また、英次が『不倫』を嫌うことについても話し始めた。自分の母親が不倫によって家庭崩壊までいったこと・・・。
 それら幾つものことが、偶然重なりあって、彼女が気になる存在になっていたのだ。そしてそれが、何時の間にか 、彼女を好きになっていたのだ。
 さらに英次は続けた。彼は、恭子に対し「ああしろ・こうしろ」と色々なことを言ってきた。それは、決して難しい 内容ではなく、人が人として接するに当たって、インモラルな行動や言動を取る恭子への助言であった。 もちろん、どうでも良い人ならば、英次のそこまで言うはずがない。ただ自分の好きになった人が、周りの 人から嫌われてほしくないし、当然、自分も嫌いになりたくないからだった。
 これらのことを英次は、耕作に説明したのだ。しかし・・・。
「恭子は恭子だろ。御前の前の彼女でもないし、御前の母親でもないんだ」
 耕作は、これまで発言に食って掛かった。そしてさらに続けた。
「俺は、今までの恭子が好きだ。だから変わってほしくないし、御前に変えて欲しくもない」
 耕作は、その言葉を残し、英次の前から立ち去ってしまった。
 結局、英次の考えとは逆の結果になってしまった。耕作なら分かってもらえると思って話したことが、 耕作を怒らせることとなってしまったのだ。
 それ以来、3人で会うことはなくなってしまった。


(3) 誕生日


やはり、あの日以来、恭子と英次・恭子と耕作という風に会うことはあっても3人で会うことはなかった。
 しかし、恭子はその理由をしらない。だからこそどちらかと遊ぶ時は、必ずもう一方を呼ぶのであったが、 彼等はなんだかの理由をつけて断るのだ。
 そんなある日のこと、この日は耕作と恭子が会っていた。
「今度の連休、恭子の誕生日だろ」
「覚えていてくれたんだ」
 恭子は、今まで見せたことのない笑みを浮かべた。
「なんか予定あんのか」
 耕作は、自分が誕生日を祝う準備があるのに、素直にさそえないのである。
「ないよ。その日は朝から通しで仕事だし、帰ってくるの8時過ぎだもん」
「だったら、2人でパーティしようぜ」
「2人で?」
「そうだ。英次には内緒だぜ。いいな」
 耕作は、右手の人差し指を自分の口に持っていき、内緒のポーズを取った。
「どうして?」
「どうでもいいだろ。いいな」
「うん。分かった」
 恭子は、残念そうな声で多少不満が残ったが、耕作の言う通りにした。
 一方、英次も恭子の誕生日を忘れたわけではない。彼は彼なりの誕生日を企画していたのだ。その日の英次は 、隣町のデパートに来ていた。もちろん誕生日のプレゼントを買うためである。
 英次は、デパートや宝石店などを何回も往復して、その日1日悩んでいた。なにをプレゼントすれば、彼女は 喜んでくれるのであろうか。以前、英次は恭子に、誕生日に何が欲しいか聞いたことがある。しかし、 返ってきた答えは「現金100万円」だった。そんな彼女に何をプレゼントしても文句を言われるような 気がしていた。
 もう日が暮れようとしていたその時、彼の目にとまったのは『ミッキーマウスの掛け時計』だった。 英次は、一目でその時計を気に入ってしまった。
 宝石や洋服だったら、その人のセンスを問われてしまう。しかし、時計だったら実用的な物なので、文句の つけようがないような気がしていた。
 そして英次は、その時計を買い綺麗にラッピングしてもらって、明日の誕生日に備えたのだ。
 


1999年作 SUGAR F