時間(とき)

 

(4) 当日

 恭子の誕生日の日がやってきた。天気予報の「雨」が嘘のように晴れ渡り、天気まで彼女の誕生日を祝っている ようだった。
 英次も耕作もそれぞれが、恭子の誕生日を準備していた。
 英次もその日は、恭子同様に仕事であった。しかし、仕事の合間をぬって恭子の家に来ていた。もちろん 誕生日プレゼントを渡すためである。
 英次は耕作と違い、これと言って恭子と約束はしていなかった。それは、英次が約束をするのを忘れたわけではなく、 彼なりの考えがあったからだ。
「ピンポーン」
 恭子の家の呼び鈴を鳴らした。もちろん、英次も恭子が家にいないことを知っていた。しかし、誕生日プレゼント をその日の内に渡さなければ意味がないし、英次自身、その日の内に渡せる自信がなかったのだ。
「はーい」
 家の中から返事が聞こえた。恭子の母親は、自宅で学習塾の講師をしている。当然英次もこのことを知っていたので 、母親に渡すつもりでいた。
「ガチャ」
 玄関のドアが開いた。そして、そこに立っていたのは、母親ではなく恭子本人であった。英次は、いないはずの 恭子がいたという驚きと同時に、直接本人にプレゼントを渡せるという喜びを感じていた。
「お届け物です」
 英次は、照れた口調で言った。それもそのはずである。まさか恭子がいるとは思っていなかったので、 言葉を考えていなかったのだ。
「さすが英次。覚えていてくれたんだ」
 恭子は、英次からのプレゼントを受け取ると、早速包み紙を破り始めた。
「ちょっとやめろよ」
 英次は、恭子の行動を止めた。それは、恭子がプレゼントを見た時に喜ぶ顔なら良いのだが、怒った顔・ 悲しい顔を見たくなかったし、英次自身そのプレゼントにさほど自信がなかったのだ。
「なんで、いいでしょ」
 恭子は中味をみることを止めようとしなかった。
「やめろよ」
 そういうと、英次は強く抱きしめた。恭子はプレゼントを両手で持っていたので抵抗できないでいた。
「ちょっと離してよ」
「黙ってろ!」
 英次は、さらに強く抱きしめた。
「痛いよ。やめて」
「うるさい」
 英次は、そう言うと恭子の唇を強引に奪ってしまった。英次には、こうするしか恭子を黙らせる方法が浮かばなかったのである。 ほんの一瞬の出来事であったが、英次には、1時間にも2時間にも感じたに違いない。
 唇と唇が離れてから、2人は見詰め合い無言であった。英次は、メッセージの書いてある誕生日カード を恭子に手渡すと、何も言わずにその場を立ち去った。
 恭子は、英次が立ち去ってからプレゼントの中味とカードの中味を覗いた。
 カードには、ごく当たり前な「誕生日おめでとう」などのメッセージが書かれていた。そして、恭子はカード のほかに、もう1通の手紙が入っているのに気が付いた。そこには、1つの詩が書かれていたのだ。


時(とき)

時は5秒後の過去から5秒後の未来へと君を運び。
その一瞬の時が君を輝かせる。
時は悲しいことも寂しいことも忘れさせてくれ。
会えない時が多くとも夢を訪れ1つになれる。

時を刻む音が君を守り。
時を刻む音が君をすこし大人にさせる。
時はお互いを成長させ。
今度会うときは一回り成長した君が見たい。


 恭子はすぐに、英次の携帯電話に電話をした。もちろん、この詩の内容を聞くためである。
「もしもし。英次」
「あぁ。さっきは、なんて言うか、ごめんな」
 英次は怒って電話をしてきたと思っていた。
「どうして誤るの?」
「いや、ちょっとやり過ぎたって言うか・・・」
「別に減るもんじゃないから良いよ」
 恭子は、英次が思っているほど、キスにはこだわってないようだ。それに、この電話もそのためにしたのではない。
「じゃぁ何だよ」
「誕生日カードと一緒に入っていた、もう1枚の紙は何?」
「詩のことか」
「そう。なんなの?なんの意味があるの?」
「別に、たいした意味はないよ。ただ時計を買ったからね」
「ウソ。英次がそれだけで、こんなことしないでしょ」
 恭子には、全てお見通しだった。確かに、英次のこの詩には、彼女へのメッセージが含まれているのだ。
「たまには、自分で考えろよ」
「わかんないよ。教えて」
 恭子は、そう言われるとますます聞きたくなるのだ。
「じゃ、3行目と5行目を読んでみろよ」
 英次は照れているのか、全てを教えるのを拒んだ。
「分かった。時が悲しいことも・・・・」
 恭子は、英次の送った3行目を読んだのと同時に英次が。
「俺が君の悲しいことも寂しいことも忘れさせる。次読んで」
「時を刻む音が君を守り」
 恭子は、英次の言われるままに5行目を読んだ。
「俺が君を守る。後は自分で考えろ」
「えーやだな」
 そう言いつつも、恭子は英次のこの詩の意味を大体感じ取っていた。そして、自然と笑みがこぼれていた。
 英次も恭子の顔が目に浮かんだ。今までに見せたことのない笑顔だった。英次にとってその笑顔のために 、今まで努力していたのだと、その時初めて気付くのであった。
「今日、10時に仕事が終わるんだ。もし予定がなかったら、その後会えないかな?」
「分からないから電話して」
 恭子は、耕作との約束を思い出していた。いつもの恭子なら、予定があると断るのだが、この言葉が 英次に対する思いやりなのである。
「分かった。じゃ10時半頃電話する」
 そう言って、英次は電話を切った。もちろん、英次にとって、この数時間が待ち遠しく思えるのだ。


1999年作 SUGAR F